第2話
私フレデリカ・ローレンツは学院に通わず飛び級で卒業した後、
魔道具研究室は、国が運営する魔法研究機構の一研究室だ。
魔法研究機構──大きな三階建ての研究機関で、王宮がある城下町から少し
魔道具研究室は魔道具の
新たな魔道具の発展に貢献する人材を……と言っても、実際魔道具を研究することは重要視されておらず出世コースからも外れている。世間はいかに魔法の
魔道具は生活
魔道具研究室には私を
時は数ヵ月前に
ある日の午後、そんな
その人物は背が高く細身で色素が
(確か、今日から入室すると言われていた──)
「皆、少し良いでしょうか?」
ガチガチに
「今日よりエミール・フィッツジェラルド
「はじめまして。今日から
彼は研究室を軽く見回し、私と視線があったかと思うとすぐに目を逸らした。
研究室に女性がいることを
元々魔道具を研究する女性は世界的にも少ないし、魔法研究機構の建物内部で働いている女性もかなり少ない。そもそも働きに出る女性は
「えー。フィッツジェラルド公爵閣下は、自国で魔石への伝導効率を上げる研究をされていたそうで、こちらで採れる魔石との伝導率の
「あの、公爵閣下は
「はっ! 申し訳ございません!」
室長が青ざめ
「いえ、ここでは僕は
彼は室長にお願いすると研究員達の方を向き、
「皆さんも僕のことは先ほども言った通り、新人の研究員として
研究員達は彼の言葉に対して
「では公爵閣下……あっ! 申し訳ございません!」
室長がペコペコと彼に謝ると、彼は困った顔のまま
「ええと、フレデリカ君。こっちに来てください」
急に室長から手を振って名指しで呼ばれ二人のもとへ
「彼女を紹介いたします。とても
室長から紹介を受けた私は、彼に向けて決まりきった貴族的な笑顔を作り、カーテシーをして
「はじめまして、フレデリカ・ローレンツと申します」
「はじめまして、よろしくお願いします」
彼は胸に手を当てながら頭を下げると、パァッと
「彼女の研究内容は……」
室長がチラチラと私を見るので、続けて自分の研究内容を紹介する。
「今の私の研究テーマは人工魔石の開発です。その中で魔石の
「人工魔石を?」
「ええ。魔石は天然物で、今は魔素の
「限界を超える……。今の魔道具の限界は、魔石に構造魔法式を書き込める容量によって決まっていますからね。薬品を用いて魔石を連結させることにより容量を増やすことは可能ですが、魔石自体が個体の
彼は口元に手を当てて考え込んでいるが、私が言おうとしていることを理解してくれて嬉しくなり、つい早口で言葉を重ねてしまう。
「その通りです! 人工で魔石を作ることが可能になったら、
さらに話を続けようとしたが、視界の端にいた所在なげな室長に気づいて、話を打ち切った。
「で、ではフレデリカ君、公爵閣下にご案内をお願いします」
「はい。わかりました……。それでは、ここの研究室の案内と、その奥にある実験室、次に魔道具工作室の設備の説明を私からさせていただきます」
室長はほっとした様子で私に案内をまかせ私達に頭を下げると、
デイトン室長は
室長は気が弱く強く出ることが出来ない性格で、特に身分が上の人物に対して
彼の担当をまかせられたのも、私がこの研究室で一番身分が高いからだろう。
私は彼に向きあうと、
「フィッツジェラルド公爵様ではなく、何とお呼びしたらよろしいでしょうか?」
「では、エミールと」
「エミール様ですね」
「様もなくてかまいません。それから、出来れば敬語もなくていいです。もっと気楽な感じで接してもらいたいと、後で
彼は
「……エミール様と。私のことはフレデリカと呼んでください」
「フレデリカ……さん」
彼は私の名前を口にすると、わずかに顔を赤くした。
「はい。私も敬語はなくて構いません。研究員の皆には敬語を止めてもらうようにしています。研究のためにも効率化が最優先なので」
「効率化……」
「ええ。身分差を気にして回りくどい言い方をされたり、
私が研究室に入った当時は、室長を始め周りの皆も私に対して
「なるほど。そういう観点から。フレデリカさんらしいですね」
彼はそう言って、クスリと少し笑った。
「私らしい?」
「いえ、なんとなくそう思っただけで。ここでは貴族的なことは止めましょう。フレデリカさんも、無理して笑わなくてもいいです。
私は少し
「そう、それがいいです。僕に対しては、単なる研究室の
「……でも流石にエミール様は公爵というお立場ですし、
私は今年十八歳だが、彼はとても私より下には見えない。
「確かに僕は
確かにまず私が彼に対して扱いを改めないと、周りの皆も気安く接することは出来ないだろう。彼は半年しか
「わかっ……た」
私が敬語を止めると、彼は
「良かったです。出来れば、『エミール様』も止めてほしいです。他の皆さんを呼ぶ時と同じ感じでお願いします」
「他の人と同じように……? では『エミール君』ではどう?」
「はいっ! それでお願いします!」
彼はニコニコと嬉しそうに喜んでいる。
「エミール君も私に対して、敬語を同じように
「僕はずっと
「そう……楽ならかまわないけれど」
私はそれから彼に今いる研究室の説明を行う。ここは研究の他、居室も
「僕のデスクはフレデリカさんの
「ええ。無理矢理デスクを増やすために、私のデスクと並べたから少し
「ここがいいですっ! 替えなくて
彼は食い気味に言うと、持っていた
続けて研究室の奥にある実験室に移動する。実験室では、
安全上のルールや機材の説明をし終わると、研究室を出て
「後は……」
工作室を出て、廊下を進んだ隣の少し小さめの部屋に入る。
「ここは
ここに元いた教授は、私に色々な魔道具の
「ありがとうございます」
「わからないことがあったら、その都度私に聞いてもらえれば。建物内にある他の研究室と共有のカフェテリアとか資料室、図書室などの説明は受けた?」
「はい。午前中にハンゼン理事長から色々と案内してもらいました」
ハンゼン理事長は魔法研究機構のトップで、過去に魔法省長官でもあった人だ。私も何度か会ったことがある。魔法が至上と思っている典型的な貴族で、会う
「そう。じゃあ、大丈夫だね」
私達は自分のデスクに
「大型の物は除くとして……魔力波形測定機は少し時間がかかる……。
何を見せれば、効果が目に見えてわかりやすいだろうか……と悩みつつ自分のデスクの
これがあったと、いつも持ち歩いているメモ用の魔道具をポケットから取り出す。私の横に座った彼にその魔道具を
「簡単な物で申し訳ないけれど、私がアイデアをメモするためにいつも持ち歩いている魔道具」
「金色の
エミール君はキラキラとした目で、私が渡した魔道具を色んな方向から観察している。
「
「なるほど。このリューズ部分に読み取り部分がついているから……。押すと画面に信号が印加、画面はライラル混合物? ああ、そうか流動性があるんですね」
説明するよりも先に彼が理解してくれたのが嬉しくて、興奮して早口になってしまう。
「そう! 流動性を持たせることにより……っ! いや、使ってみた方が早い! このリューズ部分のボタンを押しながら、頭の中で何でもいいから形を想像してみてほしい。花でも何でも……」
そこまで言って私はこの魔道具の問題点を思い出し、彼の使用を止めようと手を
しかし、彼は無事に魔道具を起動出来たようで、画面にジワジワと映像が
これは『使用者の脳内イメージを画像として表示する魔道具──
ある程度形が完成したところで、ボタンから手を
画面に表示されたのは、長い
「これ、
エミール君が興奮しながら目を
私は少し得意げにメモリーリーダーの説明をし始めた。
「実は単純な仕組みで出来ていて。魔法を唱える時に脳内にイメージを浮かべて、魔法を発動させるでしょう? 魔道具を作る手順で言えば、イメージを構造魔法式に置き
「……単純? ……表示させるだけ?」
エミール君は目を見開き固まった。少し説明を簡略化しすぎたかもしれない。それからより
「なんとなくは理解出来ましたけれど……。全然単純ではないじゃないですか」
「え? 子どもでも作れるような技術しか用いていないでしょう?」
「技術の面で言ったらそうかもしれませんが……。どうやったら、そんな発想が……。色んな理論が複合的に
彼は興奮して凄いと
「そんなに単純にはいかないよ。人間の脳内の映像は凄くあやふやなものだし、想像するにも限界がある。同じ物を見て脳内に思い浮かべたとしても、人によって
「……そうですね」
「現に君が想像したこの私の姿も、現実の姿とは少し違うはず」
先ほどエミール君に使用してもらい私の姿が表示されたメモリーリーダーを、対比させるように私の顔の横に持ってくる。
彼はメモリーリーダーに映し出された私と、現実の私を見比べると
「現実の方が美人ですね」
「……ありがとう。その
「でも、毎年世界的に
「そんな大層なものではないよ。それに、これにはもう一つ
「え……」
「私の専門じゃないから原理はわからないのだけれど、脳内イメージを外に出す能力の個人差によるのかもしれない。イメージを外に出せないから、体内にある魔力にも
貴族である私やエミール君は魔法が使える。ザックリと貴族は魔法を使える人。平民は魔法が使えない人が多い。なので、魔法を使えることが貴族のアイデンティティでもある。
先ほど、私はエミール君が魔法を使えない体質であった場合を失念していて
貴族の中でも
「魔道具は
「でも、これで魔法が使えない人の原因が究明出来るかもしれないじゃないですかっ! 将来的に今魔法が使えない人も使えるように……あ」
彼もそうならないことに、言っていて
「だから
その後は、エミール君からヴィルヘート国の魔道具を見せてもらったり、最新の魔法工学について語りあったりしていると、あっという間に終業の
「……もうこんな時間」
私はもう少しエミール君と
「帰るんですか?」
「終業の鐘が鳴ったら帰って
「はい。ありがとうございます。では、また
「……また、明日」
そういえば……私はこの研究室に来てから、誰かに帰りの
帰り道、馬車の中でエミール君との今日の会話を思い返していた。こんなに喋ったのは初めてかもしれない。いつも、他の研究員とは最低限の研究の話しかしない。皆も私のことは身分差があって
彼がクルクルと表情を変えて、喜んだり残念そうにしたりしている様子が犬っぽく感じられて、少し
昔、私が初めて魔道具の勉強をした時、犬のぬいぐるみを
自分が言ったことを理解してもらい、さらに同じテーマについて語りあえることは、なんて楽しいことなのだろう。早くも明日が待ち遠しい。
「こんな生活がずっと続けばいいのに……」とポツリと一人で
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