第一章 太陽と月①
「シャルロットだな?」
男の金色の瞳に、情けなく放心する自分の姿が映っていた。
お
「あなたは、
男が小さく
王立魔法研究院が大魔法使いに支給する漆黒のローブを着ていたことで察しはついていたが──だとしたら彼にはつがいがいるはずなのに、なんで私と
大魔法使いと魔封士は
「俺の名前はヴィルジールという」
あまりに突然の出来事にぼうっとすることしかできないでいる私に気を
「シャルロット、です」
二度も名前を呼ばれているのに改めて名乗るのはなんとも間抜けだった。
私は、魔封士の力が暴走する前に自害を試みた。しかしヴィルジールと名乗った目の前の男の──恐らく魔法だろう、それに
ヴィルジールと、ヴィルジールの手の甲に浮かぶ紋章と、自分の手の甲に浮かぶ紋章を何度も見て、ようやく彼とつがいになったことを実感し始めていた。
「立てるか」
ヴィルジールが手を差し
生きている実感が
十歳の時にミレイユ先生のつがいになって六年。これまでミレイユ先生以外の人と話したことは全くと言っていいほどなかった。
アンとの文通は、私があまりにもミレイユ先生以外との
ならば顔を合わせない手段ならどうかと言われて始めたのが、アンとの文通。おかげで多少は他人との接し方を身につけられた……と思う。
そんな私の身を案じてか、ミレイユ先生は自ら王立魔法研究院に
ようやく我に返ってみれば、男と二人きり。私がここまで人と話さなかった原因が
ヴィルジールは青い満月のような
「
「えっ……ああ、鞘……」
彼が手にしていたのは私が首を
「歩きながら説明する。行くぞ」
「は、い」
説明。なんの説明だろう。わからないことが多すぎる。
ヴィルジールが
前を歩くヴィルジールの歩調は
「ミレイユ先生が以前王立魔法研究院にいたことは知っているか」
「はっ、はい」
この人、口を開くのに
確かにミレイユ先生はこのロザンジュ王国が建てた魔法を研究する
大魔法使いと
「俺は以前彼女に魔法を教わっていた。その
「私のことを……ですか?」
「大魔法使いのお前が、シャルロットのつがいになれと」
土混じりの雪のように、私の頭の中はぐちゃぐちゃだった。
ヴィルジールは大魔法使いで、ミレイユ先生に私のことを頼まれていて。少なくとも、彼が本当に大魔法使いなのだということは、手の甲の
「でも、あなたのつがいの魔封士は……?」
つがいがいなければ力が制御できないのは大魔法使いも魔封士も同じだ。力が見つかれば国によって厳しく取り
ヴィルジールは何も言わなかった。彼の背中しか見えない私は、彼がどんな表情をしているのかわからず、言葉を続けるべきか
「死んだ」
雪を踏みしめる音にかき消されそうな小さな声でヴィルジールはそう言った。今度はこちらが言葉を失う番だった。
なにがなんだかわからないが、私と彼は同じく、つがいを
私と彼がつがいの契約を結べたのは、お互いに独りだったから。でも、こんなに都合のいい話があるのだろうか? ミレイユ先生が亡くなったのと同じ
いつの間にか私達は森を
「
ヴィルジールが
気付いたら私は立ち止まっていた。
大丈夫か、って何。体調が? それともさっき死のうとしたこと? あなたとつがいになったこと? 先生が死んだこと? 大丈夫って何。
頭の中にぶわっと言葉が
するとヴィルジールは立ち止まって、身体の正面を私に向けた。私と同じくらいの背だったミレイユ先生よりずっと背が高い。どんよりとした
「シャルロット。お前は俺のつがいになった」
ヴィルジールが再び
それを見れば
「だから大丈夫」
──大丈夫って何。
私のつがいは、ミレイユ先生だけだったのに。
お屋敷に戻ると、外に出ていた研究院の人達が私達を見つけて
「ヴィルジール様、一体なぜ、いつこちらに?」
研究員の一人が
そういえば……ミレイユ先生が亡くなったことで、私は周りが見えていなかった。このお屋敷にどれくらいの人数がやってきたのか、その中にヴィルジールがいたかなど、いまいち覚えていない。だがこの研究員の口ぶりだと、どうやら彼は王都から単身私のもとへやってきたようだった。
ヴィルジールは無言で研究員を
どこに行っていたのかと今にも
「申し訳ありませんでした」
私が謝ったことで、
「問題はない。先生との別れを
先程まで何も言わなかったヴィルジールが口を開いた。大魔法使いに言われては、研究院の人達も
改めてヴィルジールは大魔法使いで、私は彼のつがいとなったのだと、手の
***
ロザンジュ王国。大陸を分断するように流れる大河の北側に位置する、雪深い国だ。
王立魔法研究院がある王都エフェメールは、私とミレイユ先生が住んでいた川沿いの村外れからは
必要最低限の荷物を転送魔法の力で王都に送り、私達人間は馬車に
馬車は三台に連なり、そのうちの一つを私とヴィルジールで
自決をヴィルジールに止められ、研究院の人達のもとに
上下左右に
「あの」
意を決して声を上げてみる。
ヴィルジールは馬車に乗り込んでからずっとこちらを見ずに窓の外を流れる景色に目をやっていたが、きちんと聞いていたらしい。居住まいを正してこちらに向き直った。
「どうした」
「ヴィルジール様、は」
「ヴィルジールでいい」
お屋敷に来ていた研究院の人達を
そもそもずっとミレイユ先生と二人、外の人と
「ヴィルジールさん」
今度はもう少し気安い呼び方をしてみた。しかしやはり不服そうだ。彼の
「ヴィルジール……」
「なんだ」
……呼びづらい。しかし彼はそれで満足したらしい。
大魔法使いと魔封士、つがいは対等……。そう先生に教えられてきた。先生とうまくやれたのは、先生が優しかったからだ。だがそんな先生の優しさに、少しずつ疑問を持ち始めている自分がいる。
「あなたは、先生から私のことを聞いていたんですか」
「ああ。時折手紙のやり取りをしていた」
その言葉に、私は息が
ずっと先生と
「──どうして……どうして先生は、私に、あなたのことを教えてくれなかったんでしょうか……」
ミレイユ先生が死んでしまうことを、私は何より恐れていた。しかし先生は私と出会った時には
心の中で、いつまで
先生の優しさはつまり、私を信用できなかったが
「……先生は」
不意に聞こえたヴィルジールの声は
「先生は……シャルロットのことを大切にしていた」
それは果たして質問の答えになっているのだろうか。
ヴィルジールは苦虫を
「シャルロットは王立魔法研究院について、どれくらい知っている?」
話をそらすようにヴィルジールは問いかけた。
「研究院は、簡単に言うと、マナの研究をする所……ですよね」
つっかえながらそう言えば、ヴィルジールは頷いた。
──王立魔法研究院。ロザンジュ王国の王都、エフェメールの外れに位置する
しかし研究院の最も大きな目的は別にある。ロザンジュ王国各地のマナの流れについて情報を集約することだ。
マナは
王立魔法研究院から各地に魔法使いや研究員が
私とミレイユ先生が暮らしていたお
「最近、どうもこの国のマナの流れが悪いらしい。俺達もすぐに仕事に
ヴィルジールは
不安だ。これからこの人と仕事をしていかなければいけない。
それはヴィルジールが大魔法使いであり、私が魔封士であり、私達がつがいである限り、望まなくともやらなくてはいけないことなのだ。
馬車が王都エフェメールに入ると道の様子は様変わりした。
私はミレイユ先生に拾われて以来、ほとんどを屋敷の中で過ごしていた。街の様子をしっかり見るのは初めてで、
ミレイユ先生はついてくるかと何度も私を
あまり
馬車は止まることなくびゅんびゅん走る。遠くに王城を見ながら、街の中央を
すると、住宅街を
ここが王立魔法研究院。
先頭の馬車が兵士が並び立つ門の前で止まり、
「シャルロット」
「は、はい」
「俺達はこれから、研究院内の屋敷に住むことになる。女性の使用人が一人いる」
「あ、そうなんですね……」
研究院には大魔法使いと魔封士が住むための屋敷がいくつかあって、ミレイユ先生も以前はそこに住んでいたらしい。話には聞いていたが、
「屋敷に行く前に研究院の本
「大丈夫か……とは」
「本棟には多くの人がいる。難しいようなら書記を屋敷に呼ぶことも可能だが」
気を
「……大丈夫、です」
ヴィルジールは
先生の言葉を思い出す。──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます