第2話 学校に行こうと言ったら、断られました
カレンさんがやってきてひと月ほど。いろんなところを駆け回り、なんとかカレンさんの戸籍を作ることができた。これで働きにも出させるし、必要なら学校にだって行かせても良い。つまり、俺達花見家で養ってやる理由もそろそろ無くなってくるわけで……
「カレンさん。いい加減ゲームはやめてさ、求人誌でも読んでくださいよ」
「まあ待て草太よ。働くのはまだ早い。私はつい一ヶ月前まで、文字通り命を賭けて戦っていたんだぞ? もう一年くらいの休養は必要だろうさ」
勇者(笑)のカレンさんは、パジャマで寝転がったまま、ゲーム機から目を離さずに答えた。
あーあ、どうしてこうなっちゃったんだろうか。
初めは母さん達も不審者扱いしていたけれど、その真摯で真面目な性格を認められて、居候も許された。しかしこの一ヶ月間、俺が戸籍問題に奔走している間にイケナイ遊びを覚えてしまったようで、結果このザマ。まあ理由は分かっている。勇者という過酷な仕事をしていた反動だろう。一度休み始めると、もう止まらなくなってしまったのだ。
「ところで草太」
「なんですかー?」
「ポテチが無くなった。追加を頼む」
民に迷惑をかけちゃいけないんじゃないの? 勇者カレンのセリフとして、それは本当に正しいものなの?
「もう買いませんよ」
「なっ、なんでだ⁉」
飛び起きるように立ち上がり、こちらへと詰め寄ってきた。そんなカレンさんを押し退け、すっかりぐちゃぐちゃになったベットを整える。
「あのですねぇ、働かない奴に食わす飯なんかありませんよ。これが家事炊事なんかをやってくれるってなら、まだ許せましたよ? でも、カレンさんずっと部屋でゲームしているだけじゃないですか。せめてなにかしらの貢献をしてください」
「そんなっ、私は勇者だぞ!? 民の為に戦い、平和を守ってきた勇者だ!」
守ったって言っても、ゲームの中の世界じゃないか。そんなの俺達には関係無い。そして、それは当然、異世界も同様だ。
「あなたが立派な人だということは認めてます。多少の休みを与えるくらいしてやりたいとも思ってます」
「なら――」
「しかしその休みは既に与えました」
そんな絶望的な表情しないでくれよ。一ヶ月も休めれば十分じゃないか。俺達だってよく妥協した方だと思うよ?
「別にただ意地悪しているわけじゃありません。これからカレンさんは、この世界で生きていかなきゃいけないんです。だったら前にも言っていた通り、稼ぐ手段を手に入れなければ、でしょう?」
「うぅ……」
涙目。そんな嫌? どんだけ働きたくないの? 異世界ってそんなに大変だったの? そりゃモンスター蔓延る世界が大変じゃないわけがないけど。
「ま、前に鎧や剣を売って手に入れた金は? それはあと何ヶ月持つ?」
やっぱそれ聞いてくるかぁ。実際、あの金が尽きるまでは家に居ても良いってのが両親の条件。それを俺がなんとか、戸籍ができるまでは無償にしてもらえないかとお願いしていたのだ。そして戸籍ができてしまった今日から、カレンさんの貯金が減っていくことになる。
「……まあ、一年は持ちますし、持たせますよ」
「だったら良いじゃないか!」
「良くないですよ! 問題は親からのイメージです! こんなに情けない姿晒し続けたら、本当に追い出されちゃいますって! 親父なんて言ってるか分かります? 金があるなら一人で暮らせば良い、ですよ!? お金があっても一人じゃ多分生きていけませんから!」
本当にマズい状況なんだ。真面目じゃなくなったカレンさんなんて、傍から見れば不審者当然。今じゃ俺がダメな女にたぶらかされているとか脅されてるんじゃとか言われてるし。
「カレンさん。せめてそれなりにちゃんとした生活をしてくだされば良いんです。何かやりたいこととかないんですか? なんなら異世界に帰る為の研究とかでも良いんで、目標を作りましょう」
目標。その単語を聞いてカレンさんは……ポカンとした表情をした。なんで? 何か分からないことあった? そんな難しかったかな、俺の話。
「目標……魔王討伐……嫌だ!」
トラウマになってらっしゃる。
「よし、異世界に帰る為の研究はナシです。カレンさんはこの世界に骨を埋めることにしましょう」
「か、帰りたくないわけじゃないんだ……でも……やっぱりこの家に居たい」
カレンさんは、とても怯えた様子で呟いた。
……そんなこと言われたらどうしようもないじゃないか。
カレンさんには毎日のように言っていた口癖がある。それは、この世界は温かい、というもの。どうやら異世界では誰かと食卓を囲むなんてことをしてこなかったらしく、母の作るご飯は異世界のどの料理よりも美味しいらしい。
だから、一度ぬるま湯を覚えてしまったカレンさんは、抜け出せなくなっているのだ。
「ならせめて、普通の大人として生きていけるようにしましょう。まずはバイトからで構いません。興味のある仕事とかないですか?」
「仕事……私は勇者だ。魔王を倒す為に生まれ、魔王を倒す為に生きてきた。ハッキリ言って、戦う以外にできることは何もない」
この世界で生きるには不要な特技しか持ち合わせていない、ということか。
「それに、ネットで見たぞ。私のようなものはニートと言い、経歴の無いニートは働かせてもらえないんだろう? 私の十六年の記録。それはこの世界に存在しない。不器用で役立たずで経歴すらない私を、誰が雇ってくれるだろうか」
それは確かに。これまで何をしていたのとか言われて勇者をしていましただなんて言うわけにもいかないし……
「ん?」
さっき、何年の記録って言った?
「カレンさん、今何歳?」
「なんだ急に。十六だよ。お前も同じだろう? もしかして、気づいていなかったのか?」
し、知らなかった。俺はてっきり、二十代だとばかり……
いや、今はそんなことどうでも良い。ようするにカレンさんはまだ子供だ。子供なら猶予も残されているし、交渉だってこれまでよりも上手くいきやすいだろう。十六歳で勇者という経歴。同情すら引けるかもしれない。
「……決めた。決めたよ。カレンさんが社会人デビューする為の第一歩」
「本当か!? 私は何をすれば良い!?」
「カレンさん……学校に行きましょう」
「嫌だぁぁぁぁぁぁ! また地獄の学校通いは嫌だぁぁぁぁぁぁぁ!」
発狂した。すげぇ近所迷惑。角部屋最上階で良かった。
そうか? そんなに嫌がることか? 学校とか働くよりも何倍も楽じゃないか。異世界の学校ってそんなにヤバいの?
「お、落ち着いてよカレンさん。学校に対して一体どんなトラウマがあるっていうんですか」
「だってアイツら、私が勇者だからって容赦無く嬲ってくるんだぞ! こっちはまだ十歳にすらなってなかったというのに、大の大人が指導と称して虐めてくるんだ!」
それは異世界がクソなだけだよ。
「大丈夫だって、この世界はそんな冷酷な奴はそう居ないから」
多分。
「いいや、私は信じないぞ! 学校になんか絶対に行かないからな!」
この人本当にめんどくさいな。とはいえこんな可哀想な人を見捨てるのもまた可哀想だし……
「一体どうしたものかなぁ……」
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