勇者が転移してきたのは良いとして、遊び人にジョブ変わってない?
夜葉
第1話 普通に過ごしていたら、勇者がやってきました
部屋の中に風が吹き巻いた。
「おおおおおなになになになに⁉︎」
椅子から転げ落ち、部屋中の小物が宙を舞いながらぶつかってくる。
なんだ? 何が起きている?
窓は開いていない。ドアも同様。竜巻なんかに似ているが、まさかこんな小規模で起こるものじゃないだろう。いや知らんけど。
どのみち原因無しに起こる事態じゃない。
見回し、風が吹く要因を探し、新たに魔法陣が現れていることに気がついた。
「これのせい……なのか?」
よく分からないが、風が吹くと同時に現れたのだから、関係無いなんてことはない。
「そもそもなんそれ」
当然分かるはずもないが、それでも導き出せる答えは、今すぐ逃げた方が良いということ。風で動きにくいが、無理にでも部屋から出るべきだろう。
「魔法陣がある部屋になんか居られるか、俺はリビングに戻らせてもらう……っと……えっと……通してもらえません?」
ダメだ逃げられない。
魔法陣に入れないのは良い。結界があろうがそもそも入る気が無いのだから。だが、その魔法陣に部屋の中央で鎮座されるのはとても困る。壁と魔法陣に挟まれて身動きできなくなっちゃうよ。
「こうなったら窓から出れば……」
七階から降りられるわけがない。
どうしたら良い? 魔法陣に入ってないからギリセーフ? それとももう終わり?
稲妻が暴れる。本格的に魔法陣が起動し出した。
えーいままよ、というわけにもいかないこの状況。俺はただ、目を固く瞑るしかできない――
「魔王貴様ぁぁぁぁぁ!」
……目を開けると、そこには全体的に金ピカなお姉さんが居た。
えっと……鎧着てるし、剣持ってるし、魔王とか言ってたし……いや分からん分からん、一体誰よ。
「あのぉ……」
「誰だ⁉︎」
「ヒェッ」
振り返り剣を向けてくる騎士さん。いつの間にか魔法陣も結界も無くなっているので、いつ殺されるかも分からないやべー状況になっている。
「じ、自分、この家に住んでる者なんですけど……今日はどうしてウチに?」
「なに? もしやここは民家なのか? それに、窓の外を見る限り、私が知っているものは何もない……なるほど。案外すぐに納得できた。コレは所謂異世界転移というやつだな」
所謂とか言われても分かりません。それってそちらの世界ではメジャーなことなんですか?
「その……異世界転移ってのよく分かってないんで、一回何があったのか教えてもらえます?」
「良かろう。民に迷惑をかけるとは、勇者として恥ずかしい。せめて、説明責任だけは果たすとしよう」
それから、勇者であるらしいカレンさんに話を聞いた。
曰く、世界というものはいくつもあって、中には小説なんかでよくある、勇者と魔王が戦うファンタジー世界も存在するらしい。カレンさんはその魔王と戦っている最中に不覚を取って、異世界に転移させられたとか。
「帰り方って分かります?」
「当然分からん。異世界転移だなんて、魔王にしか使えない高等技術だからな。研究だって進んでいない」
こういう時、異世界転移者はどうするんだろう。この世界じゃ異世界と違ってクエストを受けることもできないし、チート能力があったとしてもあんまり意味は無い。ようするにカレンさんは、現在どうしようもない一文無しだ。
……もしかして、普通に異世界転移するよりもキツくないか? 俺は魔術師でもなければオカルトにも詳しくないし、ましてやホームレスを助ける為の行政的な権利だって持ち合わせていないぞ。
「はい先生」
「どうした少年」
「異世界にほっぽり出されたカレンさんはこれからどうするべきですか?」
俺は頼れて優秀な勇者さんに質問する。
勇者さんはしばらく考え込んだ後、答えた。
「生きる術を手に入れる。衣食住に、稼ぎの手段だ」
じゃあ無理だなぁ。衣食住なんて金を稼がなきゃ手に入れられないし、金を稼ぐには戸籍が必要だ。
「まずは戸籍を作る方法調べるかぁ……とりあえずウチに住みます?」
「何を言うか。自分で言うのもなんだが、私は今、とてつもなく不審者だぞ?」
「ここで悪事を働いても生きていけないですし、大人しくしてるでしょうよ」
このまま外に出した方が問題になる。
「……ははっ! 確かにそうだな!」
ふむ。カレンさんが初めて笑顔を見せた。そんなに面白いことを言ったつもりはないんだが。
「よし分かった。これも神の導きだ。世話になるとしよう」
そうと決まれば、手始めに……
玄関が開かれた音が聞こえ、部屋を出る。
「ただいまーって、どしたの。めっちゃボロボロよ?」
良かった。帰ってきたのは母さんだ。まだ頼みを聞いてくれそう。
「母さん、お願いがあるんだ」
「ど、どしたの?」
カレンさんが部屋から出てくる。母さんはいきなりの不審者にギョッとした。
「……誰?」
「異世界から転移してきた勇者カレンさん」
「勇者カレンだ。頼みというのは私からでな」
覚悟を決め、頭を下げる。
「この人をウチに置かせてください!」
お母さんはしばらく黙り込み……
「いや……ダメだけど」
……ダメだったぁ。
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