第22話 強い者が正しい?……④

「本当にそう思うか?? ? お前が“迂闊な判断”をして無くすのは……コインやアイテム……?」


――――――――――


 ― ドクン…… ―


 硬く……冷たい木の感触に跳ね返るおのれの拍動……それを感じる度に半生が脳裏を駆け抜ける。


(何故だ……どんなにリアルでも……コレはゲームだぞ?! どうして? ……なぜ走馬灯フラッシュバックが??)

 

 ……これでも、物心がついてからずっと善良な人間として生きて来た。だが善良な人間が、善良な人生からドロップアウトするには、たった一つ曲がり角を間違うだけで十分であり……人生はいつも……クソゲーだ。


 そして……曲がり角を曲がった先にあった暗い陰の中は……意外な事に私と同じ様な人間がぬるま湯の様な世界だった。


 これは善良な人間には想像し辛い事だろうが……そこ物陰には、私がそれまで想像していた様な“強固な悪意をもつ人間”など居ないのだと知った。


 そこに居た大半の人間は、僅かなを持つだけの……ただただ弱く愚かな連中だったのだから。


――――――――――


 最初の私は……すぐにでもこんな所物陰から抜け出すつもりだった。これでもエンジニアとしては長いキャリアを誇っていたからな。安いプレハブ食堂ダイナーの片隅で残飯みたいな飯を食いながら“今は雌伏の時だ”なんて呟いて……な。


 だが……その時の私はまだ知らなかったんだ……ってのが……どんなに心地良いかを……


 陽が登り切ってから目覚め、僅かな小銭を稼ぐ為にどんな汚い事も厭わず、周りの善良だが弱い者を小馬鹿にしながら酒を浴びて眠る生活……


 そこに浸りきり……


 あと僅かでに疑問すら浮かばなくなる……


 そんな時だった。


『やあ……ここは空いてるかい?』


 更に濃い陰の住人本物の悪党が声を掛けて来たのは……


 ……人は明るい所にいると、闇の中に化け物が見える。


 だが、今の私は知っている。本当は明るい場所から見る闇など……薄暗いに過ぎないって事を。


――――――――――


 結局……私はそいつが用意したを使ってVRの世界に流れ付き、ク○がベッタリと付いた金を、使洗濯し続けた。


 命を賭けない命のやり取りを繰り返し、“効率的な攻略法”を謳うギルドを作った。大した疑問も持たずに加入したメンバーを動かし、したコインで強くなったアバターを称賛される度に……私のプライドはねっとりした黒いモノで満たされていった。


 邪魔なプレイヤーは汚い手段でゲームから締め出し、強いプレイヤーには甘い汁を用意して取り込んだ。リアルの世界じゃ借金取りチンピラにビクビクする腰抜けも、VRの世界なら、例えシチュエーションでも躊躇なく飛び出して行くヒーローになれる……そう……私はヒーロー……


「馬鹿な!……馬鹿な!!……バカな!!!」


 その私が……強さを求め続けた私が……ここまで……ここまでなど……


(認められるか!!)


 私は……動かないアバターに力を込めて魔法スキルを起動しようと試みる……だが……


 ― ズッ…… ―


 肩に掛かるプレッシャーが増す。


 なんだコレは??


「ふーん……俺はアンタ達が変に絡んで来なければそれでいいんだが……それがアンタのなんだな?」


 男の口調は平坦で……脅す様なニュアンスも無い。なのに……


(………… ……)


 私のアバター身体が……ガタガタと震え出す。私の前に立つのは……ごく普通の青年だ。少なくとも明らかなマフィアや精神異常者には見えない。だが…


(無理……だ。たとえ野生のライオンの前に丸腰で立っても……!!)


「分かっ……た……もう……君らには……関わらない……」


――――――――――


「ハァハァハァハァ………」


 私が彼等への不干渉を告げた瞬間……私を含めてフロアに居たギルドのメンバー達は、まるでかの様にプレッシャーから解き放たれた。


「よし……帰ろうか」


 そう言った男は……連れの“フレームジャンパー”に向かって振り返り、一度も使わなかった木刀を血振りしてローブの中に収めた。


「待ち……給え……」


 私は……まだよく分からない震えが、舌に伝わろうとするのを必死で噛み殺し、連れだってエレベーターへと向かう二人を呼び止めた。


「ん? まだなんか用か?」


 正直に言えば……これ以上彼に関わるべきではない。だが……彼は私の様なニセモノではない……本物の魔術師マジシャン……いや本物の魔法使いウイザードだ。


 しまうと……後悔しそうな予感がした。


「君達は……私の言葉を信じるのかね? こんな口約束を私が守るとでも?」


 彼は……面倒くさそうに頭を掻いて……


「…………

 

「……は?」


 どういう意味だ??


「もし……お前等が同じ事をしたら……。それこそ……いつでも……


 その目……黒い瞳が……三日月の様に細まる。


「まっ待ってくれ……何故だ。それだけの力があれば……私達を従える事も、もっと自分に有利な要求を通す事も出来るじゃないか? 何故そうしない??」


 なんだその顔は? 何をそんなに驚いてる??


「はぁ……なぁアンタ……結構な大人だよな? そんな人間に改めてこんな事言うのもなんだけどさ…… ここは最先端VRの世界だってのに中の奴等は原始時代の流儀かよ? まったく……よし、さっき俺が言った事は訂正する。何度でも……ってのはちょっと?」


 男はフロアの人間に向き直った。


「次……


「………?!」


 男は……そのまま這いつくばる私だけではなく、フロアのメンバー達に向かってそう言った。


「お前等、俺がお前等の事を赦したと勘違いするなよ……お前等の中には薄々気付いてた奴もいるんじゃねえのか? まったく……気の合う人間が集まってのはいいけどよ……や」


 フロアに居たメンバーの幾人かが……青年の言葉に目を逸らした。


「はは……耳が痛い事を……」


「いいか?  俺は、ぜ?」



 ― チンッ…… ―


 

 それは……私が、彼のに打ちのめされた時だった。


 いつの間にかギルドフロアに上がってきたエレベーターが開き……


 そこには……

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る