第23話 正義は強者の理屈……①

 

 


 フロアに居た者達の大半は私の放った言葉の意味が理解出来なかったのだろう。


 こちらを向いた者達は不思議そうな表情を──エレベーターの方を向いた者達の顔には……いったいどんな表情が浮かんでいたのか?


 エレベーターの中に居たのは給仕用のワゴンを押したホテルの従業員……


 そこに居たのは全身を“耐爆服”で包んだ長身の女……


(最悪だ……“掃除屋レオン”の奴、此処に来る前に賭け屋ブックメーカーに結果を連絡していたのか!?)


 女はドレスと見紛う様な耐爆エプロンを翻し……足元にあった涙滴型の金属が載せられたカートをフロア酒場の中へ蹴り飛ばした。


(?!?!)


― カッ ―


 ……閃光がフロアを満たした。


――――――――――


 間一髪だった。


 万が一の用心の為に、たった一つしか仕込めない遅延発動魔法ディレイスペルに“結界”をセットしていたおかげで……


 私はフロアを舐め尽くすから、かろうじて身を守る事に成功した。


(クソっ!! あの女無茶苦茶だ!! ここは確かにギルドの事務所だが……ホテルそのものは国営なんだぞ?!)


 “国営ホテルのフロアβテスターの縄張り”を丸ごと爆破し、ロイヤルガードの一端を担うギルドを襲うなど……下手をすれば“アンジェロス王国”自体を敵に回しかねない行為だ。


 だが……その自殺行為を嬉々として行う奴らがこのゲームには少なからず存在する。そのうちの一人こそエレベーターの中に居た女……


 通称─爆弾貴婦人ボンベダーマと言われる“賭け屋ブックメーカー”の手駒の一人だ。


 謎の多い“賭け屋ブックメーカー”の配下の中でも……掃除屋レオン爆弾貴婦人ボンベダーマのコンビは例外的に有名だった。


 それはこの二人が賭け屋ブックメーカーの部下になる前から、凶悪なPKプレイヤーキラー……いや“テロリストローラー暴力主義者”として有名だったからだ。


 そもそも健全にプレーを楽しんでいる層は“賭け屋ブックメーカー”の名前など知らない。そういうプレイヤー達からすれば、この二人は忌避すべきプレイヤーではあるが……基本的には単なる重犯罪レッドリスト手配犯メンバーに過ぎない。

 

 だが、非合法な世界に足を踏み入れたプレイヤーにとって、彼らは“二人組の死神”にも等しい存在だ。


 元々はこの二人……反目するプレイヤー同士だった。


 “掃除屋”の通り名が示す様に暗殺者を自身のロール役割としていたレオンと……そのレオンを報復の為に追い回していた“暗殺の被害者”達が使う武器や兵器を一手に供給していた“兵器創造者アームズクリエイター”……


 この世界で“武器屋”をロール役割としている女と“暗殺者”をロール役割とする男。


 この二人の出会いは……あまりにも運命的すぎた。

 

 凶悪な威力を内包した“爆発物”を精製するスキルホルダーであり兵器開発製造を請け負う“爆弾貴婦人ボンベダーマ”と……


 確認されている殆どの索敵スキルをすり抜ける“隠形スキル”と、それ故に『大まかな所在だけを頼りに繰り返される爆弾テロ』から驚異的な生命力とプレイヤースキルで生還し続け……遂には“爆発物完全耐性”を身に付けた“掃除屋レオン”。


 最悪の出会いを持って邂逅したこの二人は……紆余曲折の後、G.O.Dの世界に居る大多数のプレイヤーが防御不可能な“最悪の自爆テロリスト”を産み出したのだ。


 ― ザグッ…… ―


 あちこちに築かれたコインとアイテムデスペナルティの小山を踏み散らす音が、私の意識を過去からフロアへと引き戻した。


「何のつもりだ?! 爆弾貴婦人ボンベダーマ!!」


 私は一目で大口径だと分かる拳銃を両手に握った防爆服ドレスの女へ怒号をあげた。


 だが、彼女は私の声を完璧に無視してフロアを見渡し……


「ぐっ……や……めろ」


 ― ドンッ ―


「ひぃっ?!」


 ― ドンッ ―


「くそったれが!! 殺られてたまる……」


 ― ドンッ ドンッ ―

 

 フロアを舐め尽くした爆炎か生き残ったプレイヤー達を……狩り始めた?!

 

「貴様!!」


 私は彼女の手に握られた拳銃を叩き落とす為に両手に風の魔法陣を展開しようとした。が……


「無駄だ……命が惜しければ大人しくしておけ」


 背後から聞こえる声……


掃除屋ぁ!レオン! これはいったいどういう事だ?!」


 真っ黒に焦げたカウンターバーへの扉から現れたのは……今、フロアで暴虐の限りを尽くす女の相棒パートナーであるレオンだった。


「さあな? 俺は何も知らん。だが、アイツが自ら手を下してるって事は……それが彼の意思なんだろうよ」


「まさか? あれは……賭け屋ブックメーカーの指示だとでも?」


「それ以外は考えられんな。とはいえ……ダム!!」


 フロアに居た私以外のギルドメンバーを全てコインとアイテムの山に変えた爆弾貴婦人ボンベダーマが……レオンの声に始めて反応を示した。


「俺は迎えを頼んだだけなんだがな……こりゃあ彼の指示か?」


 ― コクッ ―


 鏡面シールド防爆ヘルメットで覆われた女の顔が……小さく頷いた。


――――――――――


「ふう……助かったよミュー」


 俺達がギルドから立ち去ろうとした丁度その時……上がって来たエレベーターに乗ってた女が問答無用でフロアに金属質のを蹴り入れて来やがった。


 状況からして爆発物であろう事は容易に想像がついたのだが……あの瞬間、俺が取れた回避行動の選択肢は殆ど無かった。


 ミューが咄嗟に自身の“遊戯編集者スキル”を発動し、不干渉領域へと退避させてくれなければ確実に大ダメージを喰らっていただろう。


「まだ初心者のレンはステータスも紙装甲。先輩としては放っとけない」


 俺達以外、すべてが止まった灰色の世界で……ミューはあまりボリュームの無い胸を精一杯そらして先輩風を吹かした。 


「恩に着るよ先輩」


「うむ!」


(とはいえ……草原で襲撃を受けた事といい、やっぱり範囲攻撃対策は必須だな)


「おい……これは何だ? どうしてお前が私のを踏んでいる?!」


 そして、このミューが許可しない限り何人も入れないはずの空間には……俺以外にもう一人の来客が居た。


「うん……たまたまレンの近くに居たから偶ぜ……いや助けてやったんだからのが当然。序列も下だし……」


「てめぇ!! 殺すぞ?!」


 そこには……青髪を振り乱し、尻尾の先をミューに踏まれたままの闘技場序列九位ギルドの受付が座り込んでいた。

 

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