第16話 スキルの謎……➁

「なあ、そこのアンタ! そろそろ姿を見せたらどうだ? 恥ずかしいって歳でもないんだろ?」


 俺が声を上げてほんの数瞬、街道の木陰から現れたのは……フード付きの多機能タクティカルジャケットを着込んだ痩せた男だった。


「一つ聞きたいんだが……何故俺が君達を尾行している事に気付いた? 俺が知る限り、君はおろか連れの二人ものに」


 どうやら男にはこちらを尾行してた事を隠す気は無い様だ。フードの影から見えるアバターの顔は国籍不明……プレイヤーに知り合いの少ない俺には当然見覚えは無い。


「ストーカーにそんな事を教えてやる義理は無いなぁ……あの男に見覚えは?」


 男の姿を視界に捉えた俺は、二人に見覚えが無いかを確認しつつ……危険度判定を一段階引き上げた。


(なんだコイツ……武道系の体捌きじゃねぇけど……気配が……)


「私は……見た事ないわ」


 フローは知らない……


「私も知らない」


 ミューの知り合いでもねぇ……


「……ストーカー呼ばわりは酷いな。ちょっと声をかけるタイミングを失っちまっただけで、危害を加えるつもりは無いんだ……少なくとも今はな」


「なんだ……あんたコミュ障なのか? 確かに陽気な人間には見えねぇけどよ」


 おっと、気配は薄いままなのにが漏れだしてきた……器用な奴だな。


「まぁいい……君に質問だ。今後も闘技場ワンハンドレッドに参加するつもりか?」

 

(……? 質問の意味が分からん……)


 男の発言の意味が理解出来無かった俺とは逆に……


「オマエ……ギルドの関係者か?」


 ミューには男の素性にアタリがついたらしい。


「関係者……ってな随分便利な言葉だな。まぁ顔見知り程度でも関係者って言えるならそうかもな。それより……どうなんだ?」


「……そうだな、そのつもりだと言ったら……どうなるんだ?」


 男は、フードの上からこめかみ辺りを掻きながら……


「……ちっと面倒な事になる。ぶっちゃけ俺を派遣した人間は闘技場ワンハンドレッドの秩序が乱れる事を懸念してる。昨日君がやったみたいな大物ジャイアント喰いキリングはそうそう起こって貰っちゃ困るんだ。例え消化試合だとしてもな……」


「オマエ……まさか“賭け屋ブックメーカー”の遣い??」


 男のセリフに反応したミューが、即座にショートソードを抜き放つ。


「……俺があんたなら……その名前は安易に口にしないがね?」


「アドバイス……アリガトっ!」


 その瞬間……ミューが……消えた??


(いきなりスキルぶっ放した?!)


 ― ギィンンッ!! ―


「おいおい……


「……問答無用……アイツの遣いに気遣い無用」


「落ち着けよ……喋り方が下手なラップみたいになってるぞ」


(凄えな……アレを防ぐのか)


 問答無用で仕掛けたミューのスキルと斬撃のコンボが……身動き一つしなかった男ので止まっていた。


「クッ……障壁ウォール系のスキル持ち……」


 ― スッ ―


 男のフードが少し揺れて……ミューを視線に捉えようとした瞬間……


 ― バッ ―

 ― キィンッ ー


 ほぼ同時に、ミューが全力で男から身を翻し、俺の投げたクナイが男の手前で弾かれた。


「……隙をつくのが上手いな」


「……よく言うぜ」


「お前等の言う事なんか聞く必要無い!!」


 (おー……ミューの奴、激おこじゃんか……)


 これは、もしかし……無くても、ミューとその“賭け屋ブックメーカー”って奴との間でなんかあったな……


「……俺は彼と話してるんだよ。人の会話を邪魔しちゃ駄目だって、親に習わなかったか?」


「煩い!! お前等みたいなPプレイヤーKキラーのせいで……!!!」


「あ〜……ミュー、分かったからちょっと引いてくれ」


「でもっ!!」


「なっ……頼むから?」


「〜〜!!」


 ― ザッ…… ―


 俺の言うことを渋々聞き入れたミューだが……それでも俺の前で警戒を解かない。男は現れた木陰から全く動かず、成り行きのままこちらを見ている。


「で……あんた……あんたの事は何て呼べばいい?」


「……何とでも……」


「じゃあ……“あんた”で通すぜ。とっとと帰ってその親分だか胴元だかに伝えてくれ。『お前の事情なんか知らん』ってな」


「……そう言われるんじゃないかと思ってたよ。だがなぁ……正直な所、事は君が思うより深刻なんだ。ぶっちゃけて言えば“闘技場”の結果にはかなりの“掛け金リアルマネー”が動く。昨日程度の珍事ならまだどうとでもなるんだが……下手をすれば“アバター”のロスト……かも知れんぜ?」


「そりゃあ何か? リアルの俺に危害を加えるって脅しか? アンタを寄越したのが何者か知らんが、天下のFOL社のシステムにクラッキングかまして40億オーバーのプレイヤーの中から俺を見つけると?」


「……いや……そんな手間は掛けられないだろうな。だが……」


 瞬間……男の手が懐から取り出した拳銃を


「君は強いな。序列七位も自分の身は守れるだろう。だが……このゲームは


「やめろ!!! お前等またっ!」


 ミューが即座にフローへ向かう射線を遮った。フローは……突然自分に向けられた銃に若干青ざめてる……


 (ふーん、相手の弱い所を脅しの材料にする……か。典型的な反社ヤクザの手口だな。ミューが俺達との会話で楽しそうにしてる理由も……多分コイツらのせいか)


「なるほど……なぁ、あんたに一つ質問。俺達をここで皆殺しにしても所詮アバターが死ぬだけだろ? 俺達が別のアバターでまた闘技場に現れたらどうすんだ?」


「……また“ゲームに肌が合わず離れるユーザー”が出るんだろうな。まあ、俺には関係ないさ」


 なるほど……悪質だ。多分……運営に通報しても無駄だな。奴等こそアバターを変えるだけか……

 

「さあ……そろそろお喋りは終わりだ。今後君が闘技場に現れないなら何も問題はない。もし答えがさっきと同じなら……これから君や君の関係者のアバターはだろうな……返答は?」


「あんたの話を聞いて……もう一度考え直してみたよ」


 俺の答えに……驚いたのは男の方だった。


「そいつは……ちょっと意外だな。もう闘技場に未練はねぇって事か?」


「確かに闘技場にはそれ程未練はねえよ……でも考えてたのは別の事さ……」


 俺は警戒を解かないミューの前に一歩出る。それを見たミューが……


「……私との約束?」


「……それは本当に興味ねぇ」


「……ガーン……」


 ― ガチンッ ―


「おいおい……じゃあどういう意味だ?」


 俺とミューの掛け合いに苛ついたのか……男は銃の撃鉄ハンマーを起こして声を低くする。


「なに……レイドまでそれ程時間がねぇのに……って事さ」


「……何を??」


 俺は、無言でクナイを取り出した。残りは四本……


「簡単な事さ。お前等の……根こそぎ“ゲームに肌が合わなく”してやるよ」

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