第14話 運命の誘い

「まだ運営から正式発表された訳ではないから……“運命の道標メインクエスト”かどうかはハッキリしてないけどね。ただ、状況はかなりの確率でメインクエストである事を示している。私をはじめ古参のプレイヤー達は、“ほぼ確定”だと見ているよ」


 そうなのか……理由は分からないが、判断するのはトルバゴさんをはじめとする“古参プレイヤー達”なんだから今の俺に異論はない……だが、


「確か……今まで運営が公式に発表した“運命の神エンドコンテンツ”打倒に繋がるメインクエストは三つ……でしたよね」


「そう……正確には


 第六大陸の東岸、“港湾都市バリスデン”を襲った甲殻竜人『アスピドカロン』の討伐。


 第一大陸中央、双子の巨人『凮神ヴァーユ靁神インドラ』が、竜巻と雷雲で閉ざしてしまった“交易中継都市ガイデラバルド”の開放。


 同じく第一大陸西方、地中海沿岸にある“大穴”から湧き出た悪魔の軍勢『ザルヴァタナスと10人の悪魔』が占拠した“城郭都市ジャクシオン”の奪還。


 ……この三つだね」


 トルバゴさんが語ったのは、G.O.Dのコンテンツの中で運営が正式に認めた『運命の神』打倒に繋がるクエストだ。詳細は省くが……どのクエストもゲーム内コンテンツとしては“バランスが崩壊してる”というのが討伐挑戦者の弁だ。


「その三つのクエストはですよね……アスピドカロンが初めてバリスデンを襲ってからもう七年も経ってるのに……この上、運営は更にメインクエストを増やすつもりなんでしょうか?」


「レン君……このゲームを他のゲームと混同してはいけないよ。このゲームのを考えれば……突然クエストが発生する事もそのクエストがゲームバランスを崩壊させる程の難易度でもなんら不思議はないさ。何しろ……このゲームの究極の目標は……『現実』の運命を覆すことなんだからね」


「それは……そうでした。それで……トルバゴさんは


 俺の不意の質問に……トルバゴさんは一瞬目を見開いてから……嬉しそうに笑った。


「話が早くて助かるよ」


「どうっすかね。こんなに丁寧に話題を振られれば……ね。ちょっと気づくのが遅いぐらいかも知れませんけど……断っておきますけど……俺、初心者っすよ??」


「そうだね……だが君の実力はそこの彼女が保証してくれるんじゃないかな?」


 その言葉に……俺もトルバゴさんの視線の先に居るプレイヤーに目を向けた。


「……少なくとも……戦闘技能は私より格上」


 ミューは……ちょっと不機嫌そうに俺の評価を述べた。まあ、売り込みに来た先で負けた相手の評価を求められたんだ……当然と言えば当然か……


「という事で……だ。どうだろう? レン君このレイドに参加する気はないかな?」


「も? ってことは??」


「ああ、ミューさん。君の申し出を受けよう。本心を言えばこちらから頼みたいくらいだ。ただし一つ条件がある……」


 トルバゴさんの申し出に目を光らせたミュー。だが、トルバゴさんの言葉に何かがある事を察して……表情を引き締めた。


「なん……ですか?」


「なに……このクエストに参加するにあたって臨時のパーティを組んでほしいんだ。彼と……フローとね」


「えっ?? あたしも??」


――――――――――


『ログアウトサイン確認……これより仮想世界より対象が帰還します。現実世界へ意識の切り替えを行う間、絶対に電源を切らないでください……』


 おなじみのアナウンスが流れた後……全身保護型高性能VRユニット『ハンプティダンプティ』が、使用者が離脱しやすい位置に起き上がってくる。


 ― バシュッゥゥッ ―


 ユニットが起き上がると共に……ユニット内に満たされていた高気圧高濃度のガスが排気される。このガスは人体に悪影響が出ない数値ギリギリの高濃度酸素に加え、身体能力・思考能力を高める各種の気体が混合された物で……ありていに言えば“研究の最先端”に位置する代物だ。


「お疲れ様でしたCEO」


「ああ……Msミズ.マルティネス」


 ……たった今この最先端のVRダイブユニットから降り立った初老の男性こそが、今世界中に拡がるVRMMOシステム『ワンダーワールド』を開発した男……グリッソム・G・グリーンその人だった。

 

「CEO……この『ハンプティダンプティ』の動作試験を兼ねているとはいえ……高濃縮栄養カプセルとの併用までするのはやり過ぎです。まだ生身の人間が『仮想現実』の世界でどれくらい耐えられるかは分かっていないのですよ?」


「……分かっていないからこそ試しているんじゃないか」


 “何を当たり前な事を?”という顔で私の心配を一笑に付したFOL社の絶対君主は、カプセルのかたわらに用意されたローブを身に着けスリッパに足を突っ込む。と同時に彼の膝が折れ……


「危ない!」


 私は咄嗟に彼の肩を支えようとした……が、彼はローブが置かれていたテーブルに手をついて身体を支え、そのままスツールに身を預けた。


「CEO! 」


「問題ないよ。ふむ、電気信号で擬似的に再現された『身体を動かした経験』では……実際の筋力を保つのは難しい様だな。僅か一週間の運用でこのザマとは……」


 私をはじめとしたスタッフ達が一様に安堵する様を見て……CEOが口元に苦笑を浮かべた。


「おいおい……私は君達の事を心から信用しているからこそ自ら被検体として此処に居るんだ。そんな反応をして私を不安にさせないでくれないか?」


「申し訳ありません。しかし……実験スケジュールを二日も延長するのはやり過ぎです」


「なに……フローラと離れるのが忍びなくてね。それに……面白い青年との出会いもあった」


「それは僥倖ですね……それでは……?」


「ああ……新たなクエスト『ハートの女王』を正式にリリースする。場所はロッキー山脈の最高峰エルバート山。試験運用していたを正式版にコンバートする。三日後には発表出来る様に……仔細は任せる」


「なっ……いえ、かしこまりました」


 私は……喉まで出かかった言葉を飲み込む。


(低位活動状態でも……彼女眠り姫の心臓は既に限界に近いわ。だからこそ『ハートの女王メインクエスト』の開始を早めたのでしょうけど……他のクエストと違って今回のクエストはわ……いったい……どうするつもりなんですか??)


「……心配かね??」


「……いえ。ですが……今回、場所が心臓なだけに時間が掛けられません。もし、他のクエストと同様に長期化してしまうと……お嬢様を助ける手段はに移行するしか無くなります。そうなっては……」

 

 私は……それ以上先を口にすることが出来なかった。


「……どちらにしろ……これ以上彼女の心臓は保たない。なに、状況は確かに厳しいが……少なくとも、この2日の滞在での無い賭けでは無くなったさ」

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