第12話 忘れたのか?

「よう蓮……って……ああ、そうだったな」


 信号待ちで隣に自転車を停めた陽翔はるとが……俺の目元に浮かんだ隈を見て勝手に納得している。


「ああ、初めてのログインだってのに、ついしちまった」


 信号が変わって俺と陽翔はペダルに力を込めた。俺達が通っている高校は高台の上に建っているので自転車で通う生徒は極一部だ。


「ぎ…ぎ……毎日毎日、こんな坂を自転車で登るなんて……我ながら正気を疑うぜ」


「ぐ……変速機ディレイラーが使えるだけマシだろ……」


 我等が母校に至る激坂の1/3を残す辺り……自転車というお荷物を抱える生徒は、徒歩で坂を登る生徒に抜き返されるポイントに差し掛かる。ここを過ぎれば多少は傾斜も楽になるんだけどな……


「ギアを……お前と……一緒にするなっ……よ! ……よし!! 抜けた!!」


 難所は抜けた! ここから正門迄は傾斜も緩い、俺達は一気にペダルを踏み込……もうとした瞬間、


 ― ズン… ―


「なんだぁ??」

 

 急に車体が重くなった?! 反射的に振り向くと……


「おはようございます師範! 修行お手伝いします!!」


 部活の後輩で……道場の門下生でもある荒木しほりが、ちゃっかりと荷台に乗り込んでいた。


「はは……じゃあな蓮。昼飯の確保はお前の仕事な!」


「あっ……待て陽翔!」


「悲しいけど……コレ勝負なのよね」


(お前はス○ッガーさんかよ?)


 “特大の荷物”を抱え込んだ俺を残して加速していく陽翔。一気に引き離された俺は……陽翔に追いつく事を諦めて変速機ディレイラーを一つ落とした。


「お前のせいで買い出しパシリ確定だ……」


「勝負は時の運ですよ師範。それに……道場で“いつ何時なんどき、誰の挑戦でも受ける!!”って豪語してませんでしたっけ??」


「……それは師匠じいちゃん戯言たわごとだろ」


「師匠の言葉は師範の言葉では?」


 もう慌てて行っても仕方ない……俺は、大きな溜息を一つ吐いて、多少軽くなったペダルを踏み込んだ。


「それでも“降りろ”って言わない師範を私は尊敬してますよ!」


 コイツ……完全に俺を舐めてるな。


「勘違いするなよしほり……俺は必要なら無理やりヘリを乗っ取ってパイロットを叩き出せる男だぞ……」


「メタリックな質感のまま『降りるんだ』って言うんですか? セリフはともかく……師範なら木刀一本あれば出来そうですね!」


「嬉しそうに言うなよ……ほら、もうすぐ正門だ。そろそろ降りないと香織先生生徒指導に見つかるぞ」


 なんだかんだ言いながら、ちゃっかり正門一つ前の角まで荷台に居座ってたしほりがパッと飛び降りた。きれいに着地した姿は体軸のぶれを感じさせない鮮やかさだ。コイツ、性格に難はあっても運動神経は大したもんだ。


「はーい! それでは放課後、学校の道場で待ってますので!」


「おう……じゃあな」


 俺は、そのまま正門を抜け……自転車を指定の駐輪場に滑り込ませた。


――――――――――

 

「へぇ、スタートはハリドライブか。俺は蓮の事だから……もっとヤバい所から始まるんじゃ無いかと思ってたよ」


「どういう意味だよ?」


 俺は昨日と同じく屋上でパンを噛りながら、陽翔に初G.O.Dの感想を語った。


「いや……お前なら人跡未踏の地からサバイバルスタートでも大丈夫かなと……」


 そう言うと、陽翔はストライプ状にチョコがトッピングされたデニッシュパンを開けながらスマホをいじり始めた。


「で……このパンはなんだよ? 初めて見たけど?」


「ああ……そいつは購買のディーラーさんが用意してた“今日の推しパン”だよ。なんでも関西限定の商品らしいぜ」


 ウチの購買部はちょっと変わっていて……どんなコネがあるのか商品に地方の特産品や限定パン等がちょいちょい並ぶ。


「“サンミー”? 俺は食い物ではギャンブルしない事にしてるんだけど?」


 ジト目で見るなよ。そう言うのはお前みたいな爽やか系には似合わんぞ?


「気に入らないなら俺のと交換するか?」


 因みに……俺の手元に残ってるパンは何の変哲も無いアンパンだ。


「いや……何事も経験だからな……って?? マジか?」


 パンを一口齧った陽翔が固まってしまった。おいおい……


「なんだよ?! そんなに美味いのか?」


「………そうじゃねぇよ! 蓮……コレお前じゃないのか?」


 そう言って陽翔が俺に見せたスマホには……昨日の闘技場コロッセオの対戦が映っていた。


「おっ……こんな風に映るのか。自分が闘ってる所なんて初めて見たけど、ちょっと恥ずかしいなコレ。って……顔なんて殆ど見えないのに、よく俺だって分かったな?」


 俺の感想を聞いた陽翔が……片手で顔をおさえて天を仰いでいる。


「お前な……プレイヤーネームがそのままだろ! って言うか、その動画の再生回数見てみろ!」


 ……? 俺は何の気無しに画面の左下に目を向けて……???!


「何だこれ……いち、じゅう、ひゃく、せん……??? 257万回??」


 ちょっと……動画配信の事はよく知らないが、この再生回数が異常なのは、陽翔の様子からなんとなく分かった。


「あのな……お前はG.O.D.のメインコンテンツの事以外興味無いから知らないんだろうけど、例えばコレがユーチューブのゲーム配信だとしたら……報酬が100万円を超えててもおかしくねぇよ」


「はぁ???」


 マジかよ??


「お前は……やらかすんじゃねぇかとは思ってたけど、初日からか……」


「そんな事言われても……俺は


 だって俺はシステムパナケイア様だけなんだぜ?


「……お前は……ちょっとは自分が普通じゃねぇって自覚しろよ。一年の時に高校総体インターハイ予選でやらかした事忘れたのか?」


 ……おぼえてる。


「仕方ねぇじゃんか……それにウチは早々に敗退したし……」


「それは他のメンバーが負けたからだろ……前年のインターハイ個人総合優勝、準優勝、三位の全員をコテンパンにしたせいで……」


 おぼえてるよ!! コテンパンにした上に俺が個人戦にエントリーしなかったせいで、個人戦が異様に盛り下がってしまった事もな……


「あれは不可抗力だ……それに次の年からは大会には出てねぇし……」


 正確には顧問から遠慮して欲しいと懇願された……


「お前ね……ちょっとはお前に勝ち逃げされた奴等の気持ちも考えろよ……」


 俺が個人戦にエントリーしていない事を知った前年個人優勝者は、顔を真っ赤にして怒ってたな……


「まあ、ウチの流派は高校剣道の理念には向いてねぇし……奴等だってとっくに忘れてるさ」


 忘れてるよな?


「まったく……マジにちょっと自重……ってこれ???」


 もう一口パンを齧った陽翔の手がまたしても止まった?


「何だよ?? また何か見つけたのか??」


「いや……このパン美味いな!」


 そっちかよ!


―――――――――――


 その動画を見つけたのは本当にただの偶然だった。


「………間違いない。目配り、足さばき、太刀筋……そしてこの人を鹿にした立ち回り……絶対に奴だ!」

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