第11話 不審者認定

   王都ハリドライブの西端に存在する“サモニタント・ステラビーチ”はG.O.Dの中でも屈指のアミューズメントビーチだ。


 約5㎞に渡って続く海岸線にどこまでも広がる太平洋……紺碧の海からは絶えず力強い波が押し寄せ、砂浜では観光客がゆったりと過ごす。桟橋を軸に広がるレトロな遊園地はカップルにも人気のデートスポットになっている。


「ゲームの世界って事を忘れそうになるわね」


 “現実世界”のタイヤメーカーが作った“VR世界内の格付けガイド(Vシュランガイド)”で★★★三ツ星の評価を受けた高級高層ホテル“ザ・ハートリー”。


 その最上階フロアに警備ギルド“慈悲の無鋒剣ザ・ロイヤルカテナ”のギルドハウスは存在する。


(眼下に広がる景色は高級リゾートその物なのに……ここの連中と来たら!) 


 表のラウンジとは違う、小ぶりのカウンターテーブルの中でグラスを磨くのは、普段のマント姿とは違いカマーベストに蝶ネクタイを締めたギルドマスターの一人だ。


「ゲームの楽しみ方は人それぞれさ。実際、ゲームの中でを知った人達が現実リアルの西海岸に訪れる事も多いらしい」


 磨き終わったグラスを光にかざしながら“魔術師ザ・マジシャン”が私の独り言に反応した。


現実リアルでねぇ……ワザワザ時間とお金をを使って?」


「価値観も人それぞれ……ということさ。実際この世界のクオリティーはある意味じゃ現実世界を超えてる。だが……」


「「ここの酒や食事は完璧に現実の味を教えてくれるが……では楽しみも半減だ」でしょ?」


 私にセリフを取られた彼は両肩を竦めてグラス磨きを再開した。彼の口癖は、既にギルドメンバーのプライベートジョークと化している。

 

「そういえば……コロッセオの珍事は聞いたかね?」


だけはね……」


「そうか……試合の動画は?」


「観戦モードだけはね。彼女、スキルを使った時の試合は“主観モード”を公開しないし……」


 ― カランッ ― 


 その時、オーセンティックバーを模したこの部屋の扉が開き、のっそりと入って来た者がいた。


 外にたむろする組合員達に酒や食事を供するカウンター……その奥に存在するココの扉は、ギルドメンバーの中でも更に腕利きだけがくぐる事を許されるハイドアンドシーク知られざる者達の場所だ。

 

「邪魔をするぞ」


 そこに居たのは……大きな男だった。


 身長は高い……が目算で185cm程、確かに長身だが目を見張る程じゃない。その男の大きさを印象付けているのは……腕が太い、脚が太い、胸板が厚い、眉が、唇が、鼻が……身体を構成するパーツの全てが太く堅く引き締まりその印象が寄り集まって彼の事を巨大に見せている。


「遅かったわね。珍しい」


「待たせたな、戦乙女ラ・ピュセル。レイドモンスターとの戦闘が長引いてしまった」


「その呼び名は嫌いなのよ……」


「ならば何故プレイヤー名を“ジャンヌ・ダルク”なんて名にした?」


(コイツ嫌い!!)


「アンタこそ“セイキマツハオウ”って何よ! 人の事言えた義理?」


「俺は好きで名乗ってるぞ!」


 駄目だ……嫌味が通じない。メンタルまで硬いのかこの男は!


「そのへんにしたまえ……オーダーは?」


「……光武酒造場の芋焼酎“我が生涯に一片の悔い無し!”を……ロックで」


 オーダーを聞いたマスターが渋い顔をした。


「たまには他の酒を試してみてもいいんじゃないかね?」


「また今度な……で話とは?」


――――――――――


「丁度その話を彼女としていた所だ。君は昨日の闘技場で起こった珍事を知っているかい?」


 ……??


「いや、昨日はレイドの準備で忙しくて闘技場には顔を出してない。何かあったのか?」


 マスターとジャンヌが軽く目を見合わせる……


「昨日、序列七位の“フレームジャンパー”が負けたわ。規定試合数の消化試合だったからランキングに変動は出てないけどね」


 なんと……


「相手は誰だ? 九位の“ブルーヘッジホッグ”がとうとうやったのか?」


 序列九位は常々“コロッセオ最速は俺だ!”と言って彼女を目の敵にしていた。以前見た時は彼我の実力にはまだ多少の開きがあったが……とうとうリベンジを果たしたのだろうか。


「残念だけど違うわ。今の所相手の情報は不明……本当に噂話すら聞いた事の無い子よ。見た目は“魔法職”の初期装備らしいけどね」


 ジャンヌの話を聞いて……思わず目を見張ってしまう。


「このハリドライブで顔の広い君を呼んだ理由が分かったかい? で、これがキャプチャーしておいた彼の姿だ。君は……何か彼の事を知らないか?」


 マスターから送られて来たキャプチャー画像をステータスに開く。画像に出たのは……本当に極初期の魔法職装備をまとった黒髪の青年だった。


「いや……見覚えが無い。彼は何処から来たプレイヤーだ? 入国手続きは?」


「それが……彼の素性は分からないんだ。昨日ワイバーンが入国審査場ゲート待ちのプレイヤーに襲い掛かった事件を知ってるかね? 群れには私と“スパイディ”が対処したから、デスペナルティを受けたプレイヤーは出さなくて済んだが……」


「その時に入国審査フィルターを“重犯罪手配犯レッドリストメンバー”以外フリーにしたらしいのよ。で、彼はその時にハリドライブに入国したらしいわ」


「なんと……しかしそれなら犯罪者では無いのだろう? 確かに彼は実力者なのかも知れんが……それほど警戒するのは何故だ?」


 実は……ハリドライブに限らず、発展している国の間では実力者が行き来する事はそれほど珍しい事ではない。新しいフィールドやクエストを求めるプレイヤーは流動的に世界を巡る物だ。


「確かにな……ただ……彼が現れてからハリドライブには普段起こらない事態が頻発しているんだ。まずは……“”が国を襲った」


「なんと……テイムされていたのか?!」


 マスターが無言で頷く。ジャンヌも、


「“賢人”に調査を依頼した調査結果だそうよ。まず間違いないでしょうね」


 と調査結果を補足した。


「そして……彼と共に入国してきたのは『Tolbago』のオーナーとその令嬢なんだ」


「むう?? ハリドライブ最大の商会長とか?」


「ああ……その後の行動はよく分からないが、そこから間をおかず彼は闘技場に現れた。と思ったらいきなり“序列七位”との試合だ。しかも……ログを見る限りあの“フレームジャンパー”が子供扱いだ! しかも試合の後、彼が“フレームジャンパー”と接触しているのが目撃された。我々ギルドからの再三の勧誘も断り続けている彼女と……だ」


 この男、優秀なリーダーなのは間違いないのだが……プライドが高すぎるのが欠点だ。彼のリアルの素性は知らないが……普段からこれでは周りの人間は大変だろう。


「事情は分かったが……それで“三人のギルドマスター俺達全員”を集めたのか? こう言っちゃなんだが過剰反応じゃないか?」


「甘い。もし……彼が これはまだ未発表だが……北米大陸に存在する複数の国が組んで“ロッキー山脈の怪物メインクエスト”を討つ計画も進んでいるんだ。もし……今彼女の様な実力者を引き抜かれたりしたら……そうで無かったとしても……」


 彼は真剣にこのハリドライブ憂いているのだろうが……俺とジャンヌは微妙な顔になってしまった。


「ゲートの件は仕方ない処置だったが、不審者を野放しにするには時期が悪いんだ。とりあえずだが……彼に接触を図りその目的を確かめる必要がある」

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