第5話 女神の祝福


 ……空に弾け飛んで行く赤青模様の全身タイツ男が、王国の門前を飛び回るワイバーンの口を蜘蛛糸スパイダースレッドで縛り上げた頃……トルバゴさんの馬車は門を潜り抜けて無事王国の結界の中に滑り込んだ。


「ふう、ここに入ってしまえばもう大丈夫だよ。やれやれ……」


「なあ、トルバゴさん……あのドクター・○トレンジやスパ○ダーマンって……」


「あれは王国を守っている都市警備隊ロイヤルガードのメンバーだね。一定レベル以上のプレイヤーにとってはコインゲーム内通貨を稼ぐ手段としてはわりとポピュラーな手段かな。ああ……彼等の姿は個人の趣味だよ。コイン通貨を支払えば大抵の衣装アバターは手に入るからね」


 なんとまぁ……あれはつまりコスプレ好きのプレイヤーって事か。


「このゲームの“報酬”を考えたら……プレイヤーってのはもっとガツガツしてんのかと思ってた。正直あんな風にしてる人達が居るのに驚いたよ」


 俺の言葉を聞いたトルバゴさんは“合点がいった”って顔をしてあのプレイヤー達の事を説明をしてくれた。


「ああ……私にしてもこのゲームの中じゃ商売がメインだからね。皆がみんな“運命の神”を狙ってるガチ勢って訳じゃないんだ。確かに“報酬”は魅力的だけど……このゲームの魅力はだけじゃないからね」


 確かに……G.O.Dの発表以降、同様のVRシステムを利用した無数のタイトルが発表されたが、プレイヤーの人口を始めとするあらゆる要素においてG.O.Dを超えるタイトルは未だに存在していない……


「そうだよ! 大体エンドコンテンツの提示はされているけど、未だに“運命の神”を見た人間……どころかその噂すら大半のプレイヤーは聞いた事も無いしね。これはただの妄想だけど……それこそ“ゲーム内資産を一定以上保有する”なんていうのがエンドコンテンツへの鍵……って可能性もあるかもよ?」


「やっぱり……発表されてから12年も経ってるのに未だにそんな感じなんだな。ネットに載ってる攻略情報が極端に少ないのはそれが理由か……」


 そう……俺はG.O.Dを始めるにあたってネットに存在するあらゆる情報を漁った自信があるが……結局発見出来たのはに対するテクニックや枝葉の情報のみで……“エンドコンテンツ”へ至る為の情報は皆無だった。


「このゲーム自体がとリンクしてる事を考えたら当然なのかもね……」


 ……稼働から12年の間、常にフィードバックと自己アップデートを繰り返す“パナケイアシステム”ですら眠りスリーピングビューティーを蝕む呪いを解く手がかりを見つけていない……って事か。


「まあいいか、俺はまだチュートリアルすら終わってねぇわけだし……何にしろ無事に王都に到着出来て助かったよ。ありがとうトルバゴさん、フローも色々教えてくれて助かった。で……悪ぃんだけど聖堂ってのの場所を教えてくれねぇかな?」


 俺は王都に来た最大の目的……ゲーム開始の為のチュートリアルを授けてくれる聖堂の場所を尋ねた。


「それなら心配要らないよ。聖堂は私達の拠点への道中にあるからね。っと……ほら見えて来た、あれがハリドライブが誇る3つの大聖堂の内の一つ……オールド・セント・マリーズ大聖堂よ」


 そう言ってフローが指さした先にあったのは……赤茶けたレンガ造りのな外観をした建物だった。

 

「さあ……ここで会ったのも何かの縁だ。私は馬車から離れられないから……フロー、レン君を受付に案内してあげなさい」


「そうね……行こうかレン君」


「いや、ちょっと待ってくれ。そこまで世話になる訳には……」


 ドコだか分かんねぇ草原から王都まで連れて来て貰った挙げ句そんな事までしてもらうっつーのは……


「そんなの気にしないでいいよ。ここでレン君と深く関わるのが後々私達に良いを連れて来るかも知れないんだから!」


 うーん……そういう考えもあるのか……? 確かにゲームの中の出会いが“女神”に導かれた物だとしたら……例えチュートリアルがハードモードだとしても“パナケイア癒しの女神”の用意してる“運命”はさほど悪い物じゃないかも……


「俺には良く分からんけど……じゃあ頼んでいいか?」


「任せといて! じゃあ行って来るねお父さん」

 

「ああ……行ってきなさい。私はここで帰りを待ってるから」


――――――――――


「さあ、ここから先は一人でだけど……まあレン君はこれからチュートリアルを受けるだけだから心配ない思うよ」


「ありがとう……助かったよ。じゃあ行ってくる」


「オッケー、私は受付の外で待ってるからね」


「ああ、また後でよろしく」


 俺はフローに案内されて聖堂の受付を訪れ、設置された手形にそっと手を置いた。ちなみに聖堂には牧師や神父みたいな聖職者は居ない。というか……このG.O.Dにはいわゆるの“N・ノンP・プレイヤーCキャラクター”は発見されていないらしい。


 ― Byuoown ―

  

俺の眼前に独特の稼働音と共にステータスウィンドウが開く。俺はシステムが提示する沢山の選択肢の中から“託宣の議チュートリアル”をタップした。瞬間……視界に映っていた古いレンガ造りの聖堂は消え去り……俺は果ての見えない無限の空間に立っていた。そして……背後には何者かの気配(電脳世界ヴァーチャルなのに凄い再現度だな)……


「やあ、初めまして。君はこの世界にやって来た49億8993万4521人目のプレイヤーだ。しかも……珍しい事にチュートリアルスキップを引き当てた強運との持ち主だね」


 俺はゆっくりと声の方へ振り向いた。噂の癒しの女神とは……

 

「やあ……初めまして“パナケイア”さん。どうもあんたの言う通りおれは託宣を受けずにこの世界に来てしまったみたいなんだ。改めて……あんたの話を聞かせてくれないか?」

 

 なんとまぁ……女神と言えばそれっぽいドレスを着た金髪の美女が後光を纏ってフワフワしてるのかと思っていたのだが……


「ふふ……勿論だ。何しろ仕事が忙しすぎて他者との会話に飢えているのでね。コミュニケーションは大歓迎だよ」


 そこには……木製の大型デスクに書類を積上げ、事務服にアームカバーを着けたメガネのが座っていた。


「えっと……正直に言ってもいいのか……あんた本当に女神パナケイアなのか?!」


「ああ……イメージと違ったかい? 普通のプレイヤー達は基本的に私のアバターが表示されて、ウィンドウ処理でチュートリアルが終わるからね。メインフレームの統括である私が出張る事は無いんだが……たまに君の様なタイプがこの世界にアクセスすると私の出番という訳だ」


 なんとまぁ……眼の前に座る赤毛の美女が女神本人なのは間違い無いらしい。確かに目鼻立ちはありえない程の美女なんだが……格好はどう見てもベテランの事務員さんだ。


「さあ……お喋りは後にして先ずは仕事チュートリアルを終わらせよう。……んッんッ……『さあ……果て無き世界に夢想と希望、強欲と恩寵を求めて飛び込んで来た新たな勇者よ。その旅路に幸あらん事を!!』……よし、祝福は終わったよ。自分のステータスウインドゥを確かめてみたまえ。そこに君が獲得したジョブとスキルが表示されている筈だ」


「えっと……思ったよりあっさりしたもんなんだ」


 何しろ……彼女は俺の方に視線すら向けていない。


「がっかりしたかい? まあ、ここまではルーティンだからね。さあ、とりあえずは確認が先だよ」


「分かったよ……『ステータスオープン!』」


 俺は改めて自分のステータスウインドゥを開いて内容を確認する。そこにはRPGなんかでおなじみの自分の能力が数値化されたパラメータが並んでいて……最後に“New!”が付いた項目が……


「って?!? 何だこれ??」


 俺は……自分が得たジョブとスキルを見て驚いた。


「なあ、女神様……確かこのG.O.Dって、をスキャンしてそれがジョブに反映されるシステムなんだよな?」


「ああ……概ねその認識で間違い無いが? どうしたのかね?」


「おいおい……俺はこれでも古流剣術と古武術を伝える一族の伝承者なんだぜ?? なのに……どうして俺のジョブが“魔法使い”なんだよ???」

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