第55話 世間知らずの不思議ちゃん
「ところで、余計なお世話ついでにどこか探していたように見えましたが」
それ以上話題に突っ込んではいけない予感がした俺は、咄嗟にさっきみた光景を思い出して別の話題を振った。
本当はサッサとその場を離れるべきだったのだろうが、なんとなく放っておけない感じがしたのだ。
「あ、はい。実は探している場所があるのですが、どうもこの"すまーとほん"の使い方がよく分からなくて困っていたのです」
独特のイントネーションでスマホを指さして困った顔をしている。
これは、もしかして本当に箱入りのお嬢様で世間知らずが家を飛び出したパターンだったりして。
「よければ一緒に探しましょうか」
「いえいえ、そこまでご迷惑を掛けるわけには」
「まあこれも何かの縁ですし、行き先の大まかな行き方を見るだけでも」
「何から何までありがとうございます。ではお言葉に甘えて、ご教授願えますでしょうか」
「大丈夫ですよ。ちょっと見せて頂いてよろしいですか?」
「はい、お願いしますわ」
俺は彼女に地図アプリの使い方を教えたのだが、どうもこの子は要領が悪いというか、そもそもスマホそのものを使い慣れていない、いや、触ったことすらない様子だった。
さっきの予想が真実味を帯びてくるな。
何度か説明しても中々理解してもらえず、やむを得ず俺が現地まで案内することにした。
「申し訳ありません。わたくし、機械音痴の方向音痴でして」
「いえ、まあ得手不得手ってありますから……。ちょうど時間もありますので現地まで案内しますよ」
「何から何までありがとうございます」
幸いにして目的地はさほど遠い場所ではないようだった。
彼女が行こうとしているのはここからほど近い住宅街であり、俺もそれなりに馴染みのある場所なので案内しやすいという理由もあった。
彼女は目的地の場所を大まかにしか把握しておらず、どうやら人に会いに行きたいのだが場所が分からないそうだ。
今の時代、そんなんで出かけようとするのも珍しい感じではあるが、どうも話している感じだと浮世離れしている印象を受ける。
やっぱり箱入りのお嬢様で世間知らずなのかもしれない。
これは放置すると何をしだすか分からないので、なんとなく放っておけなかった。
我ながらお節介にもほどがあるが、放置してまたナンパでもされたらと思うと喉に何かがつっかえたような心地悪さを感じる。
「目的の場所で誰かと会う予定なんですか?」
「はい。実は知り合いの家に行こうと思っていたのですが、何せ直接行ったことがない場所だったもので」
「マンションとかです? それとも一戸建ての家? あるいは会社の事務所とか?」
「あ、そうですわ。マンションに住んでいると聞いています」
そこすら曖昧なのか。本当にどうなってるんだか……。
「マンション名とか分かりますか?」
「えっと、えっと……なんと言いましたでしょうか……」
本当に曖昧な情報だけで会いに行こうとしていたんだな。
これでは目的の場所が地図の方向にあるのかも怪しくなってきたぞ。
「あ、思い出しましたわ。確か……」
彼女が思い出したというマンション名には聞き覚えがあった。
曖昧な思い出し方ではあったが、ニュアンスで覚えていたワードを自分のスマホの地図アプリで検索を掛けたところ、一つのマンションが浮上してきた。
「あれ、ここって……あの、ひょっとして目的の場所って」
俺は心当たりがあるマンション名を告げてみる。
すると彼女の顔がパアッと明るくなり、そこが目的地であると笑顔で教えてくれた。
「そうっ、その名前で間違いありませんわっ!」
「良かった。ここは知ってる場所なので問題ありません。行きましょう」
「ありがとうございますわっ! 助かります」
なんでこのマンションに覚えがあるかというと、ここは高彦の住んでいる高級マンションだからだ。
大学に入ってから住み始めた所であるが、およそ大学生の一人暮らしをするような場所ではない。
前にも言ったが、高彦は大学生にして既にいくつもの会社を経営しており、本人はコンサルだけ行なって出社はほとんどしていないらしい。
それでも月収はサラリーマン10人分に匹敵するほどであり、家賃の支払いに親を頼ったことは一度もないらしい。
本当に何から何までハイスペックな男なのだ。普段はフリータイム千円そこらのカラオケでハイテンションなヤツなのに。
そんなヤツと親友をやっていられるのは昔なじみというところが大きいだろうな。
金目的で近づいてくるヤツばかりだからアイツもアイツで人間関係に悩んでいた時期がある。
それはともかく、そんな馴染みのある何度も行った場所に偶然にも行こうとしている金持ちお嬢様風の少女という組み合わせは、なんとなく目的が高彦なのではないかと予想してしまう。
まあそうだとしてもあまり詮索する意味もない。
俺は敢えて目的の人物の名前は聞かずにマンションの前まで案内した。
「着きました。ここですよ」
「まあっ。本当に助かりましたわっ! 何から何までありがとうございました」
「いえいえ、目的地に着いて良かったです。それじゃ俺はこれで」
俺はそれだけ告げてその場を立ち去ろうと背中を向けるが、彼女の手がそれを阻んだ。
「あの、是非お名前を。今度お礼をさせてくださいまし」
「いえいえ、たいしたことはしてませんよ。お礼をされるほどのことじゃありません」
「それでは私の気が収まりませんわ。これだけ親切にされてタダで返したとあっては
元野宮と名乗った彼女はこちらが名乗るまで絶対に帰さないと言わんばかりに行く手を阻む。
背丈が非常に低いので小動物のようなつぶらな瞳で上目遣いされると男としては非常に断りにくい。
その情熱に押し切られる形で俺は自分の名前を告げてスマホの番号とメッセージアプリの連絡先を交換することになった。
「井之上、勇太郎様……うふふ、素敵なお名前ですわ♡」
自分の名前を褒められるなんて滅多に経験することではない。
割と凡庸な名前の筈だが、どこにそんな褒めポイントがあったのだろうか。
「申し遅れました。わたくし、【
お上品にスカートの端を持ち上げてしゃなりと挨拶をするお嬢様。確かカーテシーというらしいその仕草は堂に入っており、まったく違和感のない見事な佇まいだった。
やっぱりどこか金持ちっぽい感じの名字だ。彼女の浮世離れした雰囲気と相まって妙に似合っていた。
アレ?
珍しい名字だし一度会ったら忘れなさそうではあるが、彼女本人に心当たりはない。
ここで「どこかで会ったことありませんか?」なんて聞こうものならさっきのナンパ達と大差なくなってしまう。
思い出せないが大したことではないのだろう。気にしないでおくとする。
「分かりました。そこまで言われては断れませんから、本当に軽くで構いませんからね」
それ以上話しているとお礼とやらを決めるまで返してくれなさそうだったので話題を切り上げてそそくさとその場を立ち去った。
接している限りはあまりにも純粋すぎて世間知らずなだけ、心根は悪い人間でないことだけは分かる。
ぽわぽわした雰囲気は
しかし中々に思考は浮世離れしていて関わると少々面倒くさそうではあったから早くこの場から離れたかったのだ。
このマンションはコンシェルジュの人が24時間体制で勤務しているから目的の部屋が分からないなんてことはないだろう。
俺はそれ以上関わることをやめ、少し遅くなりそうだった
そして、彼女とはそう遠くないうちに再会を果たすことになるのだが、今はまだ語るまい。
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