第45話 大事なのは常識じゃなくて俺達の気持ち

「うん、うん、そうなんだ。食事をした店で偶然アヤちゃんと会ってね。今から一緒に帰るから」

『うん、分かった。気をつけて帰ってきてね』

「ああ。それじゃ後で」


 高彦と別れた俺たちはマンションに向かって二人で歩いていた。


 その際に佳純かすみちゃんに連絡を入れ、二人でマンションに向かうことを告げておいた。


「ゆう君……さっきの話だけど」

「さっきの話って?」

「その、愛人とか、そういうの。本気にしなくて良いからね。ウチは、もう覚悟はできてるから。全部終わったらゆう君の思ったとおりに……」


 俺としてはもう何度も言葉にしたつもりだったが、やはり自信のなさから伝わりきっていないようだ。


 予定より少し早いけど、きちんと言葉にしておいた方がよそうだな。


「アヤちゃん。高彦の話を聞いてさ、思ったことがあるんだ」

「なに?」


「俺は今まで、世間の常識ってものと戦おうとしてた。だけど、本当に大切なのはお互いの気持ちだってこと……」


「うん」


佳純かすみちゃんとの事があるから、まだちゃんとはできない。でも」


「え、あっ、ゆう君……」

「大丈夫、予め佳純かすみちゃんには許しをもらってる」


 俺はアヤちゃんを抱き寄せる。


 佳純かすみちゃんの事を思うとそれが許されるだろうか、とも思ったが、アヤちゃんが伝えてくれる気持ちに応えるために精一杯の表現をしたかったから、佳純かすみちゃんには許可を取らせてもらった。


 佳純かすみちゃんも嬉しそうに「そうしてあげて」と言ってくれた。


 それだけで佳純かすみちゃんがアヤちゃんとの関係をどうしていきたいのか、その本心がよく分かる。


 今まで心の中でずっと言い訳を繰り返してきたが、話はそう難しいことではない。


 俺が覚悟を決める。ただそれだけいいのだ。


「俺としては、ちゃんとしたいって思ってるからさ、安心して罰を受けてよ。まあ、おかしな表現かもしれないけどさ、俺だってアヤちゃんのこと、大切にしたいって気持ちはあるんだから」


 俺の中ではもう二人ともを愛することは確定事項だ。


 二人の気持ちがそれを望んでいる以上、俺は二人ともを幸せにする覚悟で佳純かすみちゃんの願いを聞き入れなくてはならない。


「ゆう君……」


「ねえアヤちゃん」

「なぁに、ゆう君?」

「もう一回確認するけど、俺、嫌われた訳じゃなかったんだよね?」

「うん。ゆう君に不満なんて何もなかった……。今でもそう。前よりずっと格好良くなってるし、付き合ってる時だって毎日幸せだった……幸せすぎて、怖くなっちゃっただけだから」

「そっか……良かった。安心したよ。それなら、俺は今からどれだけでも頑張れる」


「うん、私も、もっとゆう君に相応しくなれるように頑張るね」

「俺としてはありのままのアヤちゃんは十分魅力的だと思うけど」

「ありがとう。でも、頑張らせて」

「分かった。応援するよ。俺も君とカスミちゃん、二人に相応しくなれるようにする。それに、今更君を他の男に渡すのは、なんか嫌だしね」

「ぁ……えへへ、そっか。うん」


 アヤちゃんの身体がポスッと胸板に沈む。ポニーテールになった髪を撫でながら背中に手を回す。


佳純かすみちゃんのために真剣に怒ってくれてたこと、嬉しかったよ。やっぱりアヤちゃんが強くて優しい女の子だって分かったから」


「私は、そんなに強くないよ。本当は卑怯者なの」

「まあそうだね。その優しさは俺には発揮されなかった訳だし」

「あう……だよね」

「でも、俺だってアヤちゃんが弱さを見せても安心できる存在になれてなかった訳だし」

「そ、そんなの……」


「全ては結果論だ。だからこその罰だからね。それが終わったら、君のこともちゃんと考える。だから安心して苦しんでくれ」


「ゆう君」


「今日から早速お仕置きだ。俺と佳純かすみちゃんが愛しあうところを、しっかり見ててくれ。この間言ったことは訂正する」


「え?」


「どれだけ苦しくても、もう絶対に逃がさない。沢山苦しんで、ちゃんと許されるまで罰を受けてくれ。いいねアヤちゃん」


「はい……。ありがとうゆう君」


 今はまだこれ以上を語るべきではない。俺はそれだけ告げてマンションへと足を進めた。


◇◇◇◇◇◇


「お帰りなさい二人とも。待ってたよ」


 佳純かすみちゃんのマンションに到着した俺たち。

 アヤちゃんは部屋に荷物だけ置いてすぐに合流してきた。


 いよいよ撮影が始まる。


 俺たち三人はそれぞれに緊張の面持ちで準備を進めていた。


 俺はシャワーを浴びに浴室へ。アヤちゃんはビデオカメラのチェック。佳純かすみちゃんもアヤちゃんと待機になった。


 元カノの前で今カノを抱くという前代未聞の状況に若干興奮している自分がいる。


 いやいや、興奮している場合じゃない。


 だが二人とも俺のパートナーとなる以上、過剰に肩の力を入れても意味がないかもしれん。


 そうだ。目的を間違えるな。


 アヤちゃんに罰を与えるのは、あくまで便宜上のことだ。


 俺はアヤちゃんを苦しめたいとは思わないし、佳純かすみちゃんだってそれを本当の意味で望んでいる訳ではないだろう。


 要はアヤちゃんが自分を許せるまで、俺たちは側で見守ることをするだけなのだ。


 早めに決着を付けて、早めに三人で歩いて行く関係性の構築を始めよう。


 どうせ世間には受け入れられないんだ。


 だったら俺がしっかりしなきゃな。

 


 俺は意を決してシャワーから出て行く。

 既に準備の整っている佳純かすみちゃんも流石に緊張の面持ちで、ベッドに座っている。


 その横でカメラのチェックを行なっているアヤちゃんも俺の姿を見て顔を赤らめた。


「さあ、始めようか」


 ベッドに近づき、赤く火照った佳純かすみちゃんの隣に座る。


「アヤちゃん、準備はいいかな」

「うん」


 カメラを構えたアヤちゃんに確認を取り、撮影ボタンが押されたのと同時に佳純かすみちゃんを後ろから掻き抱いた。

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