第42話 なんでここに⁉

「今回の趣向は、ズバリ行方不明だ」

「ほ、ほう……それは一体……」

「なあ高彦よ。NTRマイスターのお前ならそう言ったジャンルのテンプレートは俺なんかよりずっと詳しいだろう」


 と、俺が前置きを話そうと思い、余計な言葉を付け加えたのが失敗だった。


 奴の目がカッと見開いて高速で口が動き始める。


「その通りだ。そもそも寝取り文化とは新しいジャンルと思われがちだが、古くはギリシャ神話、日本でも源氏物語のような著名作にも含まれているほど奥が深い一つの文化だ。江戸時代の俗語に『一盗いっとう二婢にひ三妾さんしょう四妓しぎ五妻ごさい』というものがある。この中にある一盗いっとうの部分がいわゆる寝取りに関する行為を指した意味であり、他の男の嫁を「寝盗る」シチュが最もジャスティスだということでつまり――」


 NTR探求者である高彦に火が付き、怒濤の説明が始まってしまう。


 大声で叫ぶ事が多い高彦が真顔でつらつらと超高速早口で説明する様は恐怖すら感じるほどだ。


「因みに言うなら二婢にひの婢とは婢女ひじょ、つまりメイドさんに該当し――」

「ストップストップッ! お前の知識量は分かったから、話を続けるぞ」

「むぅ、ここから更に奥深い話になっていくのだがな。更にいうならメイドさんも良いものなのだが……」

「寝取りから完全に脱線してるじゃねぇか」


 あまりにも静かに淡々と、しかも熱く語る高彦にドン引きであった。


 こいつの性癖はどこまで業が深いんだろうか。

 ちなみにメイドさんはちょっと共感した。


「おほん、続けてくれ」


 俺は一呼吸置き、というか溜息をつきながら話を続ける。



「付き合ってる彼女が突如行方不明になり、ある日突然ビデオレターが届く。ここまで言えばどういう展開かは読めるだろう?」


 研究したシチュエーションの中にこういうモノがあったのだ。


 吐き気がするような内容で何度パソコンをたたき割ろうと思ったことか。


 まあ良い。ともかく今回の趣旨は、俺と香澄ちゃんが一緒に行方をくらまし、そのあいだ彼にはずっとヤキモキしてもらう。


 その後で届く寝取り動画。

 というか、まあ、このくらいの展開しか思いつかなかったのだがな。


 香澄ちゃんも同様で、俺と一緒にシチュエーションを考えてはいたものの、やはり高彦のように好きなジャンルというわけでもないので、テンプレートを引っ張ってきた。


 まあそもそもエロのジャンルを漁るという発想が佳純かすみちゃんにはないのだが……。


 高彦にどんなシチュでして欲しいか聞くことも考えたのだが、これほど拗らせている男がスタンダードなものを要求してくるとは思えなかったので、その選択は敢えてとらないこととした。


 内容を知らない方が興奮できるだろうという判断もあった。


「丁度今日から夏休みだ。大学の課題は行わないといけないから大学へ全く来ないということは出来ないが、時期としては丁度良い」


 これは香澄ちゃんを高彦と切り離す意味でも必要な措置だ。


 外面的には二人の関係はカップルだ。

 


 寝取るまでの期間、前回とは違って二人には完全に接触を断ってもらう必要がある。


 アヤちゃんの存在を秘匿する狙いもある。


 高彦とアヤちゃんは犬猿の仲だった。

 本当に嫌い合っている訳ではなかったが、ことあるごとに口げんかをしていた。


 寝取りにおいてそういう相手が撮影に参加していたと気がついた時、高彦にはどんな感情が芽生えるだろうか。


 セオリーにはないパターンだが、コイツほど極まっているなら別種の興奮が生まれるのかもしれない。


 ただ、今の時点ではアヤちゃんとセックスする事は考えていない。


 俺が積極的にアヤちゃんとの関係を改善させることを考えてしまったら、贖罪にはならない気がするからだ。


 そこら辺はやりながら考えていく必要がある。


 初めからこうだと決めつけてしまうと、柔軟な対応ができない。


 ちょっとだけ3Pができるかも、なんてヨコシマな考えが頭をよぎってしまうが許してほしい。


 俺の気分的にはそれを念頭に置いてしまうとアヤちゃんのためにならないだろうと考えているので基本的には外している。


 まあなるようにしかならないだろう。


佳純かすみとは、どうなったんだ?」

「それはまだ答えを出さない方が良いだろ。解答編から見たら問題編がつまらなくなるじゃないか」


「お、おう、確かにそうだな」


 まあ、別にここで答えを言ってしまっても構わないし、アヤちゃんとの問題に注力するならこっちはサッサと終わらせるという選択肢もある。


 だがせっかく始めた事なので中途半端に放り出すことはすまい。


 一応こっちの条件と向こうの条件が合致して同時進行できるシチュエーションは揃っているのだ。


 そんな感じでコイツが求めているシチュエーションなんかをさりげなく聞き出しつつ、食事を楽しみながら談話していると、半個室のカーテンが持ち上がって次の料理が運ばれてくる。


 男の悲しいサガか、次なる料理よりも、それを持ってきたであろうバニーガールの女の子が気になって視線を向けてしまう。


「お待たせいたしました。メインデッシュ牛ホホ肉の……」


 だがそこにいたのは予想外の人物だった。


「え?」

「は?」

「げッ」


 そこで会話が止まった。


 最初の「え?」は俺。

 次の「は?」は高彦。


 最後の「げっ」はバニーの女の子。


 ゲッと言った女の子は高彦の方を注視していた。俺の方は見ていない。


 おそらくそれがゲッと出た理由だったのだろう。


「お、お前ッ!」

「ぐぇ、こ、高圓寺高彦ッ……はっ!? ぁ、って事は」


 そうして彼女が俺の方を向く。


「やあ、ここでバイトしてたんだね」


 俺は努めて冷静に応対した。彼女が取り乱すことがないように。


 だが一方で高彦はそうもいかない。

 

 俺のために怒ってくれる友情に厚い男。

 どれだけ性癖が歪んでいても見捨てられない理由がそこにある。


「お前ッ、三戸部みとべじゃねぇかっ!」

「ちょ、大声で名前呼ばないでってっ」


 そう、バニーガールの女の子はアヤちゃんだった。

 魅惑の谷間が眼前に晒され、俺は思わず声を失う。


 なんでこんなところにアヤちゃんが?


 混乱する俺を余所よそに高彦とアヤちゃんが言い争いを始める。というより高彦の大声がシックで静かな店内に響き渡って慌てて止めた。


「大きい声出すなって。アヤちゃんが困ってるじゃないか」

「お前なんでそんな普通にしてられるんだよっ! あんな理由で逃げた元カノが目の前にいるんだぞッ!」


「そうじゃなくて、だとしてもアヤちゃんを困らせる理由にはならん。とにかく落ち着け」


 俺のたしなめに舌打ちしながら席に座る高彦。


 アヤちゃんは途轍もなく申し訳なさそうに口ごもっている。


 俺は彼女に助け船を出すことにした。


「アヤちゃん、久しぶりだね。バイトの邪魔しちゃ悪いから、色々あるけど後で話そう。この後予定空いてる?」


「う、うん。そうしてもらえると助かるかな」

「邪魔してごめんね」

「ありがとう……やっぱり優しいね、ゆう君……あ、あの」

「どうしたの?」

「私、ここでバイトしてる訳じゃなくて、友達にどうしてもって頼まれて今日だけヘルプで入ったの。普段は駅前のカフェだよ」

「そうなんだね。でもその衣装凄く似合ってるよ」


 なにしろ際どい角度のバニースーツを着た元カノだ。


 とんでもなく複雑な思いはあったが、ここで騒いで彼女を困らせるのは俺の本意ではない。


 照れ笑いをするアヤちゃんは申し訳なさそうにしつつ、バイトに戻っていった。


 俺達は料理を平らげ、ブツクサ文句を言う高彦をたしなめながら閉店時間まで待つことになった。


◇◇◇◇◇◇


「気持ちは嬉しいけどさ、そんなに怒るなって」

「あぁ!? っていうか、なんでお前はそんなに落ち着いていられるんだよ! あんだけ好き合っていたにも拘らずいきなり別れを告げてそのまま逃亡した女だぞッ、もっと怒れよ!」


「お前、俺のために怒ってくれてるのか?」

「他に何があるんだよ!! お前めちゃくちゃ傷付いてただろうがっ!」


 なんていうか、こいつのこういう熱いところは本当に良い奴なんだなって思う。


 性癖と女性に対するデリカシーの無さは痛いが、男友達としては、やはりこいつは親友と呼べる奴だ。


「偶然ってあるんだな」

「まさかこんなところでアイツと再会するとは思わなかったぜ」


 一応説明しておくと、これはマジの偶然だ。


 高彦は「ここであったが百年目」と言わんばかりに激高し、何が何でも話を聞かないと気が済まないと鼻息荒くしている。


 店で騒ぎを起こしてはマズいので高彦をいさめつつ、俺は彼女にアイコンタクトを送った。

 

 俺の目を見て何かを察したアヤちゃんは後で話すから店の外で待っててほしいと告げて仕事に戻っていった。


 さて、ここからはアドリブを効かせていかないとな。


 もういっそ全部打ち明けても良いのかもしれないが、どうしたものか……。



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