第39話 佳純のお願い



 やれやれ……まさかお隣さんがアヤちゃんだったとは。


 世間は狭いというか、なんとなく彼女っぽい特徴してる人だという印象はあっただけに、驚きはしたが意外ではなかった感じだ。


 三戸部愛也奈あやなは俺の元カノだ。


 高校一年の頃、学内の新入生オリエンテーションで同じグループになり、そっから仲良くなってつるむことが多くなった。

 

 フィーリングが合ったとでも言うべきか。俺たちはすぐに意気投合した。


 二年生に上がるかどうかって時、高彦の当時の恋人とあいつ。それにアヤちゃんと俺。


 四人でダブルデートをしたときの事だ。


 その頃にはアヤちゃんへの想いでいっぱいになっていた俺は、意を決してデートの帰り道で告白した。


 高彦が気を遣ってお膳立てをしてくれたのだ。気がつけば高彦達二人はどこかへ消えていた。


 俺の告白を彼女は満面の笑顔でオーケーしてくれた。


 俺の高校生活はバラ色だったと言っても過言ではない。

 アヤちゃんがいたから初恋を忘れることができたし、この子を一生守っていきたいとも思えた。


 付き合って二ヶ月半くらいした頃、水族館デートで初めてのキスをした。


 緊張しまくってアタフタしてしまった俺を、彼女は優しく慰めてくれた。


 そして四ヶ月目の俺の誕生日、彼女と初めてのお泊まりデートをした。


 お互いに初めて同士の経験だった事もあり、初体験は決して上手くいったとは言いがたかった。


 破瓜の痛みで泣き出してしまった血まみれの彼女にどうして良いか分からず、とにかく慰めていた気がする。


 初めての時の失敗から、俺はセックスにおける順番の大切さを学んだ。


 雰囲気作り、前戯、言葉、そしてピロートークに普段の接し方。


 愛し合う二人が最高に気持ち良くなるには、普段の生活からセックスは始まっているのだと学ぶことができた。


 こういう言い方をするとセックスの事しか頭にないのかと言われそうだが、まあ強く否定はしない。


 俺はいつだってアヤちゃんと愛し合いたかったし、アヤちゃんもそれを望んでくれた。


 もちろん、セックスだけが男女の全てじゃない。


 学校も、プライベートも、二人で紡いでいくお互いの時間が愛おしかったのだ。


 


 だが、破局の時は突然に訪れた。


 そして卒業と同時にどこかへ行ってしまった。

 あまりにも不条理な理由。


【俺に愛されすぎて辛いから別れたい】


 いくら努力しようと、いや、努力するほどダメだったという、まさしく理不尽の極みとも言えた理由に、俺はもう絶句するしかなかった。


 最後はアヤちゃんの辛そうな顔を見ていられなくて受け入れるしかなかった。


 なんともヒドい話だ。なんでこんな身勝手な女を好きになってしまったのか。


 普通はそう思うだろう。だけど、それは彼女の本質のほんの一部でしかない。


 優しくて、明るくて、誰かのために傷つける強い女の子だ。


 さっきだってそうだ。親友の佳純かすみちゃんの為に、私は消えるからとフェードアウトしようとした。


 俺としてはそれが正解の選択だったかは分からない。

 でも、アヤちゃんがそうしようとしたのはすぐに分かった。


 アヤちゃんが何も変わっていない。相変わらず優しい女の子だったことに、俺は嬉しくなった。


 だから何も言わずに彼女を見送ろうと思った。



 先ほど俺は、彼女を 優しくて、明るくて、誰かのために傷つける強い女の子と評した。


 だがその評価は俺に対してだけ違っていたと言わざるを得ない。


 何しろ一番傷つけてはいけない筈の恋人に対してその優しさを発揮することなく、一番傷つける選択をして逃亡してしまった訳だしな。


 言葉にすると本当にヒドい話だ。許せる要素が存在しない。


 それでも、もう決着はついた。


 俺にだって責任がないわけじゃない。

 そうやって劣等感を感じている彼女に気がついてあげられなかったし、弱みを見せてもいい安心感を与える関係性を築けなかったという点では、俺も同罪だろう。


 もちろん納得なんてしていないが、今は優先すべき事がある。

 

 俺には大切にしたい女性がいるのだから。



 佳純かすみちゃんが寝取るとか言い出した時は思わず喉に唾液が詰まって咳き込みそうになったものだ。


 変な意味で高彦に影響を受けているのかもしれないと考えると非常に複雑だった。



 俺たちは一度自分たちの置かれている状況を整理することにした。


 まず、アヤちゃんがどこまで知っているのか。それを確認する必要があった。




「アヤちゃんはどこまで知っているのかな」

「うん、カスミンから聞いてる」


 結果的に、彼女はここまでの一連の流れをおおよそ把握しているようだった。


「アレだよね。くだんのメールの送り先がゆう君だったってことは、カスミンの彼氏ってのは……」

「お察しの通り、高彦だ」


「あ~、やっぱりなぁ……。あいつっぽい感じだなぁとは思ってたんだよねぇ。まさか本当にそうだとは……」

「事情は全部聞いてるってことで良いのかな?」


「まあね。バカだバカだとは思ってたけど、あの野郎がそこまで度し難い性癖の持ち主だったとは流石に予想外だったよ。いや、ウチが言うなって話しだけどさ」


「どんな風に聞いてたの?」


「カスミンいわく優しくてイケメンで金持ち。いろんな所に連れてってくれて新鮮な刺激に満ちた人。だけど、ウチに言わせればデリカシーがなくて自分の事しか考えてないエッチが超絶下手くそなハイスペックポンコツ彼氏。そんなアンバランスな男はウチの知る限りじゃあいつくらいのもんだよ」


「ははは、酷い言われようだな高彦の奴。だがまあ、その認識で合ってるよ……なあ、アヤちゃん」


「なぁに、ゆう君」


「良かったよ。全然変わってなくて元気そうで。ずっと心配だったんだ。まさか佳純かすみちゃんの親友になってくれてたなんて、凄く嬉しいよ」


「相変わらず優しいんだねゆう君は。カスミンが心奪われちゃうのも分かるよ」

「どうかな。俺は必死なだけだよ。アヤちゃんが感じていたような、余裕のある男じゃない」


「ゆうくん」

「現に俺は、今日までずっと君のことを引きずりっぱなしだった。忘れる事ができた日なんて1日もなかった。そんな未練がましくて、弱い男なんだよ」


「それでも、他人の為に痛みを背負おうとするゆう君は、すごくカッコいいと思う。ウチは、そんなところに惚れたんだよ」


「アヤちゃん……」


「二人とも、凄くお似合いだと思う。お互いがお互いの事をわかり合って、長年連れ添った夫婦みたいだよ」


「カスミン、それは」


「もちろん、私だって勇太郎君の事が好きだよ。この思いはもう偽りたくない」



「ああ、佳純かすみちゃんの気持ちは分かった。その上で、アヤちゃんの事も考える。だからねアヤちゃん、こっから、君は凄く辛い目に遭うかもしれない。それに耐え抜いたら、俺は君をちゃんと許すよ」


 佳純かすみちゃんはアヤちゃんとよりを戻せと言ったが、それはできないとハッキリ告げる。


「ただし、俺の恋人はあくまで佳純かすみちゃんだ。だから、アヤちゃんにはしばらくお仕置きの名目で俺たちの恋人としての姿を見続けてもらう」


「ゆう君とカスミンが愛しあう所を、間近で見ないといけない……うん、それは、ウチにとってこれ以上ないくらいのお仕置きだ」


 俺は自分の考えたその趣旨をアヤちゃんに伝えた。


 具体的には、これから撮影を行なう俺とカスミちゃんのネトラセ動画の撮影係を担当し、俺とカスミちゃんが愛しあう姿を間近で見続けること。


 それが彼女が行なう贖罪行為となる。


 アヤちゃんが俺の事をまだ好きでいてくれるなら、他の女の子と愛しあっている姿は、何よりも見たくないモノの筈だ。

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