第38話 寄りを戻して、寝取られる【side愛也奈】



 予想外のことが起きた。

 親友のカスミンが言っていた寝取らせ相手が、まさか元彼の勇太郎君だったなんて。


 再会したゆう君はやっぱり格好良くて、優しくて……全部分かってくれた。


 ただ罵倒するんじゃなくて、昔みたいにふざけ合った時のように、バカなことをした私にプロレス技を掛けてお仕置きする。


 それが私達のコミュニケーションの仕方だった。


 私が失敗して険悪になりそうな時は、ゆう君がこうして茶化してくれることで、私が罪悪感を感じずに済むようにしてくれる。


 全部分かった上で、ウチのことをちゃんと振ってくれようとした。


 だけどカスミンがそれを許さなかった。

 きっと、ウチが本当は未練たらたらで無理してるの見抜いちゃってるんだ。


 そして提案されたまさかの一言。


 よりを戻して、ゆう君を私から寝取る。

 そしてそれが終わったら、三人で恋人になる。


佳純かすみちゃん、自分で何を言ってるのか分かってるの?」


「うん。分かってる」


 寝取るなんて絶対に本心じゃない。

 私の気持ちを理解したうえで、なんとか引き留めようとして出した一言に違いなかった。


 ゆう君もそれが分かっているのかカスミンを強く責めたりはしていない。


 忌避すべき行為として自らがこうむった被害とも言うべき寝取りを、自分から提案してしまうくらいには追い詰められてしまっている。


 失敗だった。


 気がつく要素はあったのに、カスミンの新彼氏がゆう君だと気がつかなかったのがマズかった。


 いや違う。自分でその可能性にフタをしていただけだ。


 本当は私だって未練たらたらなんだ。ゆう君に再会できた瞬間、気持ちがごっちゃになって混乱しちゃった。


 そして運命の残酷さを呪った。

 親友のカスミンには幸せになって欲しいけど、なんでその相手がよりによってウチの元彼なんだろうって思う。


 そんな所にハイテンションのバカ丸出しでしゃしゃり出てしまった自分の迂闊うかつさに腹が立って仕方なかった。


 私はバカだ。バカで、愚かで、どうしようもなく自分勝手で卑怯者。


 だから、私は消えるべきだと思った。

 こんな女が側にいちゃいけない。罪悪感を感じる資格すらない。


 ゆう君の側にいちゃいけない。

 この優しさに甘えちゃいけない。


「考えなしって訳じゃないんだよね。どういうことか、聞かせて」


 ゆう君は冷静にそう言った。

 やっぱり凄いなぁ。こんな修羅場めいた状況でも女の子の気持ち最優先で動いてくれるなんて。


 やっぱりカッコいいし、今でも大好きなことが再確認できてしまった。


 だけど自分にそんな資格が無い事も十分分かってる。


「私ね、この一年で愛也奈あやなちゃんの後悔と懺悔をずっと聞いてきた。私が辛い時、悩みを聞いてくれたのは愛也奈あやなちゃんだった。救ってくれたのは勇太郎君……。でも、支えてくれたのは愛也奈あやなちゃんなの」


 だから、とカスミンは付け加えた。


「私は、どっちにも幸せになってほしい。ひょっとしたら、これは間違えてるかもしれない。更なる苦しみを招いてしまうかもしれない。でも、私には愛也奈あやなちゃんが苦しみと後悔を背負ったままの姿を目にして、見送ることなんてできない。勇太郎君と幸せになんてなれないの」


「カスミン、ダメだよ、それは言っちゃダメ。大丈夫だよ。ゆう君は分かってくれた、後はウチが消えれば二人を邪魔するモノはないから」


「それじゃ私がダメなの。ごめんなさい……これは、勇太郎君に途轍もない負担を強いてしまうことになると思う。だけど……」


「分かった」


 ゆう君の、強い瞳が二人を見ていた。


 ああ、そうだ。ウチは、この瞳が好きだった。

 何かを決意した瞳。他人の痛みを背負ってでも、人の幸せを考えてくれる時の、強い瞳だ。



 浅ましい自分が嫌になった。

 カスミンがもたらしてくれた提案は、もしかしたらもう一度ゆう君と繋がれるチャンスになるかもしれないと、心の内側で期待してしまっている。


 自分の恋人を、形はどうあれ他の女と共有する。


 そんな事、辛いに決まってる。自分が逆の立場なら、きっとできない。


 そんな親友をとことん愛おしいと思った。


 この一年半の間、ひたすらに彼氏のことを好きになろうと努力し続けて、それが報われない彼女をずっと見てきた。


 そこへやってきた運命の人が、ウチの元彼だってんだから驚きだ。


 そして、彼以上のベストアンサーなんて存在しないだろう。


 この一ヶ月のネトラセプレイの寝取る側がゆう君だった以上、カスミンの彼氏っていうのはアイツなんだろう。


 高圓寺高彦の野郎がそこまで度し難い性癖なのは正直ビックリだけど、あのアホならそれくらいのことはやりかねないと納得もしてしまった。


 なんてったってバカだし。


 だけど、それ以上のバカが私だ。


 バカで酷い女だ。そんな奴が、隣に住んでるからってそのまましゃしゃり出て良いわけがない。


 っていうか、元カノが今カノの前に出て行って得することなんてなにもない。


 トラブルしか起こらないのはバカでも分かる。


 このままウジウジしているとカスミンと気まずい態度を取ってしまいそうで怖かった。どっかでボロが出てしまいそうで、どうしようもなく怖かった。


 

 私は、ゆう君とカスミンを一目見て、「ああ、もう私の入り込む余地は残ってないんだ」と悟った。


 あまりにもお似合いの二人だったから。


 私が彼と別れようなんて馬鹿な考えを起こしたのは、神様が彼女とくっつけるためにそういう風に操ってやらせたのではないかと思うくらい、一緒にいることがお似合いの二人だった。


 外まで聞こえてくるくらい激しく愛し合うほど、お互いの気持ちが燃え上がっている二人。


 人知れず、私は失恋をした。いや違う、失恋ですらない。


 自業自得。因果応報だと思った。これは、自分への罰だと……そう思った。


 お似合いの二人を見せつけられることで、自分が犯したどうしようもなく愚かな選択の罪深さを思い知らされているみたいに。


 自意識過剰と言われるかもしれないけど、ゆう君は私を沢山愛してくれた。


 そんな彼を、私は"あんな理由"で身勝手に突き放してしまった。


 彼がどれだけ傷付いたか。


 それを思うと自分を殴りたくなる。


 それでも、やっぱりカスミンの事も好きだし、ゆう君のことは今でも好き。




 ゆう君だったら、私なんかいなくても全部解決できると思うから、これは本当に私のエゴだ。


 ゆう君とカスミン、どっちも幸せになって欲しい。それは絶対に嘘じゃない。


 だけど、本当は私なんか側にいない方が絶対良い。


 でも、それでも……。


 自分勝手だけど、なんでも良いからゆう君の側にいたかった。


 私はカスミンの提案を突っぱねることができず、そのまま押し黙ることしかできなかった。


――――――


※後書き※


 間もなく年末。というわけで新作始めました!

 読んでください!


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