第36話 まさかの再会で今も昔も変わらぬ2人


「なんだかもの凄いガッツリエッチしてたよねぇ、うちの元彼みたいだね~」


 見知らぬ女性の性的事情を聞かされて、なんだかムズムズする。


 っていうか、声を聞いただけでどんなエッチか言い当ててるぞ。


 佳純かすみちゃんの慌てっぷりが目に浮かぶようだ。


 俺は助け船を出そうか迷ったが、ここでしゃしゃり出ると余計に話がややこしくなりそうだったので自重することにした。


「あとそこの彼氏ッ、佳純かすみちゃんは敏感体質なんだからあんまり激しくしすぎるなよぉ! 女の子を大事に扱え~~!」


 扉の向こうから聞こえてくる声。なんだか聞き覚えがあるような……。


「ご、ごめんなさい、うるさかったよね」

「謝らなくて良いけどねぇ。まあ私が提案した作戦が上手くいったのかな? それにしたっていきなりあんな激しい始めるなんて思わないじゃん」

「や、やっぱり聞こえちゃってた?」

「それはそれは廊下の端まで響き渡ってたよぉ。取りあえず誰も外にいなくてよかったね☆」


 やっぱりこれ、絶対知ってる声だぞ……。


 ま、まさか……。


 俺は声の主の正体が気になって腰を上げ、玄関へと向かう。


 玄関を遮っている扉を開いたところで玄関にいる彼女と鉢合わせすることになる。


 ガチャリと開かれたドアの向こうに立っていたのは……。


「あ……」



 そこにいたのは、俺が思っていた通りの人物だった。


 美人と言うより美少女と言った風貌。

 少し茶味掛かった色の髪。

 しかしそれも軽い感じはせず、健康的な肌の露出にはいやらしさを出さない。


「……あ……」


 長い髪をポニーテールに結ぶその姿は、俺が知っている彼女よりも少し長いものの、当時と同じ髪型だった。


「え……?」


 最初の「あ」は俺。次の「あ」は入って来た女性。

 最後の「え?」は佳純かすみちゃんだ。


 時間が止まる。


「え……あ……ゆ、ゆう、くん……」


 女性の口から漏れ出たのは懐かしい呼び名。

 人生で俺のことをそういう風に呼ぶのは、幼い頃に母親がそう呼んでいた以外では、一人しかいなかった。


 俺は当時と同じ呼び方で、懐かしさを込めて彼女のあだ名を呼ぶ。


 努めて普通に振る舞い、穏やかな声を心がけて、人畜無害な笑顔で声をかける。


「久しぶりだね、アヤちゃん」


「え? え?」



 混乱する佳純かすみちゃん。絶句する女性。


「ああ……あはは……さっ……さ……」


 苦笑いを浮かべる女性。


「さ?」

「さいなラッキョ!」


 レトロなギャグを放ちながら大急ぎで扉を閉めようとする女性の動きを速攻で予測していた俺は、それよりも早くその動きを封じる。


「待てやこらっ……」

「イダダダダッ!! ポニテ引っ張らないでぇ。勘弁してくだせぇ旦那ぁ! うちにはお尻ピリピリ病に掛かったセキセイインコが待ってるんですぅ」


「その病気は直ちに死んだりしないから心配するな」

「っていうかここペット禁止だよ……」


 俺達は別れる前、付き合っていた頃、付き合う前。


 好き合う前から接していた時と全く同じやり取りをした。


 バカやって、ふざけ合って、笑い合って、愛し合った。


 俺が大好きだった女性。


 佳純かすみちゃんと離れ離れになり、初恋を諦めていた俺を、優しさとぬくもりと、太陽みたいな明るい笑顔で包んでくれた大好きだった彼女。


「えっと、その……おひさしぶり、ゆうくん……」



 俺の元カノ【三戸部みとべ 愛也奈あやな】その人であった。


 なんという偶然だろうか。


 高校の時、俺が初めて付き合った恋人。


 明るく、眩しく、太陽みたいな笑顔が可愛かった彼女。


 その様相は月日を経た今でも変わっていない。


 100人中100人が一目惚れするくらいの美少女。俺が夢中になった女の子。


 俺にはどうしようもない理由でいなくなってしまった女の子。


 どこも変わっていない。相変わらず友達思いで、優しい女の子。


 しかし体付きは、華奢だが健康的で、スポーティで、ラフな格好で、当時よりも非常に豊かに育ったナイスバディになっていた。


 出会って速攻で逃げようとしやがったこいつをひっ捕まえて部屋の中へ連行する。


「あ~、佳純かすみちゃん……俺は色々とビックリしているけど、とりあえず紹介するとだね」

「う、うん……もしかして、愛也奈あやなちゃんが話に聞いてた元彼女さん……」


「うん、まあそういうことになるねッ」

「勘弁してくだせぇお代官様ぁ! イダダダダッ!! まってるッ、まってるからぁあ」

「いやぁ再会できて嬉しいよアヤちゃん。あの時から夜も眠れない日々が続いていたからねぇ。ストレスで禿げそうだったよ」


 俺はアヤちゃんにコブラツイストをキメながら説明を求める。


「謝るぅ! 何度でも謝るから勘弁してよゆーくぅんっ!!」


  彼女との出会いは、もう四年ほど前になる。

 高校生だった俺達は、一年生の時にオリエンテーションで一緒になり、すぐに意気投合した。


 当時は高彦もイケイケで彼女をとっかえひっかえ遊んでいた頃であり、毎回違う女性だったが、俺、アヤちゃん、孝彦とその彼女の四人でよく出かけていた。


 二年生になってから――「とりあえずモノローグに入る前に技解いてよ~~っ、ダメダメッ、ホントにもげちゃうからぁああ」


「あ、あの勇太郎君、もうそのくらいで……」

「そうだよぉ! こんなスーパープリチーな女の子に乱暴なことしちゃいけないっておばあちゃんに習わなかったのッ!」

「自分で言うことか」


 仕方ない。佳純ちゃんの手前でもあるし、あまり当時と同じ過ぎるのも良くないか。


「逃げたら追いかけてバックドロップだからな」

「……はいです」


 当時の俺としてはめちゃくちゃショックでもの凄く落ち込んだのだ。


 その辺の恨みも込めさせてもらった。


 フラれた身の俺が未練がましく昔の彼女にどうこうするのはみっともないことこの上ないが、どうしてもこうせずにはいられなかった。


 俺達がいつもじゃれ合っていたこのやりとりで、俺は彼女に昔と気持ちが変わってない事を伝えようとしていたのかもしれない。


 技を解き、改めて向き直ろうとした瞬間、アヤちゃんは突然俺に飛び込んできた。


「ゆ、ゆうくぅううんっ!!」

「ごはっ!?」


「ええっ!? ちょ、ちょっとっ愛也奈ちゃんッ!?」

「ごめんねぇっ! ごめんねゆうぅくぅんっ!」


 佳純ちゃんの悲鳴にも近い叫びが部屋中に響き渡る。

 それはそうだろう。

 結ばれたばかりの男に隣に住んでいる女性があろうことかダイビングハグを決めたのだ。


 突然飛びかかって俺に抱きついてくるアヤちゃんを咄嗟に受け止める。


 夏らしい薄手のTシャツ一枚隔てた向こう側に感じるのは、なんと言うことだろう、ノーブラの乳首の感触であった。


 それはとても懐かしく、俺が何度も愛撫して、何度も吸った乳首であり、泣きながら俺のあだ名を叫ぶその唇に何度キスしたか分からない。


 いや、あの頃よりも非常に豊かに膨らんでいるし、あの頃よりも大人っぽく色気のある形をした唇も艶めかしい。


 元気印がモットーだった彼女も、俺の知らない1年の間で大人になったと言うことだろう。


 元恋人で俺の方がフラれている以上、こんなことを言う資格は全くもって皆無であることは分かっているが、俺の知らないところで、彼女が俺の知らない成長を遂げていることが、少しだけ寂しかった。


 彼女は俺におっぱいを押し付けて泣きじゃくり、ひたすら「ごめんなさい」と繰り返しながら俺の胸で声を上げる。


「アヤちゃん……」

「ゆうくん……ごめんなさい、ゆうくん」


 俺はアヤちゃんの肩に手を置く。


「泣かないでアヤちゃん。俺は君の笑顔が好きだったんだから」

「うん……ゆうくん、やっぱり優し、ごはっ!? あががががっ」


 泣き顔で目尻の涙を擦るアヤちゃんを優しく撫でながら、その流れで直ぐさま足を取って逆エビ固めを行う。


「なんて言うとでも思ったかッ!! 誤魔化すことがあるとぶりっ子するの全然変わってねぇじゃねーかっおおんっ(#゜Д゜)!?」


「ほげげげっ!! すみませんっすみませぇえん!! ホントにごめんってばぁあああ!!」


 やっぱりこいつ変わってなかった。身体だけ育って中身はそのまんまだ。

 

 俺の寂寥感かえせッてんだ。

 

 だけどきっとアヤちゃんも同じ気持ちだったと思う。


 なぜなら技をかけられながら、痛がって、泣いている。


 その涙がうれし涙であることを、俺は誰よりも知っていたのだから。

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