第35話 朝のご奉仕は男のロマン

 

「ん……朝か……」


 朝である。朝チュンである。


 昨晩、俺は初恋の女の子である柳沼佳純かすみちゃんと、長年募らせてきた想いを成就させることができた。


[――ヌル]


 自分の親友から奪い取るという不本意な形ではあったが、俺の心にはかつて無いほどの強い達成感があった。


 まだ半分以上フワフワした意識の視界に映り込んだのは、パステルカラーのカーテンの隙間から、夏らしい強い光が差し込んでいる光景だった。


[――ヌルン……ぬルル……]


 なんだか祝福のライトシャワーを浴びているような気分で心地良い。


 マンションの最上階という場所で、蝉の鳴き声が賛美歌のように合唱しているのが遠くに聞こえてくる。


 これほどまでに感無量状態で迎えた朝は、童貞を卒業した日以来かも知れない。


 いや、フラれたあの子との思い出が劣っている等と言うつもりはないが、それでも初恋の女の子と結ばれたという精神的充足感は、人生で一番を更新したと言わざるを得ないだろう。


 しかし、それにしても……。


 [ヌルン……ヌルヌルヌル……]


 この下腹部に去来する何とも言えない心地良い感覚は一体……。


 未だまどろみから引き上がらない心地良い疲労感が身体を支配し、下腹部の中心に感じる感触がなんなのか確認するところまで頭が回らない。


 何しろ昨日は俺史上最高を記録するほどの回数、射精を行っている。

 佳純かすみちゃんの柔らかくてフワフワな女の子の身体を心行くまで堪能し、実に様々な【初めて】を経験した。


[ヌルヌルヌル……ヌルヌルヌルヌルヌル……]


 なんだか生温かい感触が下半身を包み込んでいる。

 そしてとても気持ち良い気がする。

 性的な意味で……。


 そう、このまま放置すると射精してしまいそうなほどの痺れが……。


 え、これって……ッ!?


「か、佳純かすみちゃん!?」


「あ、おはよう、勇太郎君♡」

「こ、これは」


 生温かい感触の正体。

 それは女性の……くぅう、なんということだ。


 俺の眼下でシーツが盛り上がり、スースーする感触の中で中心部だけがぬるま湯に浸かっているように温度が高まっている。



「か、佳純かすみちゃん、こ、これは……」

「えっと、朝のご奉仕、だよ。男の人はこういうことをすると喜ぶって、お隣さんが……」


 その友達の知識はだいぶ偏っている気がする。


 そしてまさかのお隣さんであった。


 そういう知識を一も二もなく信じてしまう佳純かすみちゃんが少し心配になるな。


 いや、それでも高彦にはしてなかっただけ良かったと言えるかもしれない。


 この様子では経験がありそうな感じはしない。


 どうやらまた彼女の初めてを更新できたらしい。


◇◇◇


 朝一番で感じる口内ヌルヌルのなんと心地良いことか。


 おはようのキスと並ぶ朝の憧れで五本の指に入るのは間違いない。


 いや知らんけど。


 その表情がまたエロく、再び滾ってしまいそうになる。


 佳純かすみちゃんの奉仕精神は留まるところを知らないらしい。


 全くもって感服する。



「はふぅ……朝ご飯、作るね……それとも、このまま、する?」


「非常に魅力的だけど、流石にすぐ復活は無理かな。朝ご飯をお願いするよ」

「うん。じゃぁ、すぐに作るね。勇太郎君はパン派だったよね?」


「うん。正直お腹が空いてすぐにでも食べたい」

「うん、じゃあ待っててね……ちゅ♡」


 佳純かすみちゃんはあろうことか、……何をは言わないが半分力を失っていた先端に挨拶のキスをしてベッドから立ち上がっていく。


 俺の股間も立ち上がってしまったのは言うまでもない。


 佳純かすみちゃん……可愛すぎるだろ……



 もう一度言おう。


(高彦よ、お前はなんという勿体ないことをしたのか)


 だがありがとう高彦。お礼に最高の寝取り動画を撮ってやるからな……。


 などと、若干不謹慎にも聞こえるようなことを考えつつ、ネグリジェにエプロンを着用するという凶悪な格好で朝ご飯を作っている佳純かすみちゃんの後ろ姿を眺め、再び鎌首をもたげそうになるマイフレンドを懸命に諫めていた。


(そういえば……)


 佳純かすみちゃんの後ろ姿を眺めながら、俺はある人の事を思い出していた。


『大好きな"ゆう君"のためだもん♡』


(あの子もよくそう言ってくれてたっけな……)


 元カノのあの子。いつも明るい笑顔で俺を元気にしてくれた。


 俺はあの太陽のように眩しい笑顔が大好きだった。


 あの突然の別れの日まで、俺は一生この子と共に歩んでいくんだって、青臭い事を考えていたな。


(アヤちゃん、元気かな……)


「っと、いかんいかん」


 俺はもう佳純かすみちゃんの彼氏なのだ。

 今カノが愛の籠もったご奉仕をしてくれた余韻で元カノの事を思い出すなんて不謹慎にもほどがある。


「お待たせ勇太郎君。簡単なものしかないけど」

「ありがとう」


 佳純かすみちゃんが作ってくれたスクランブルエッグとミニサラダ。


 ハニートーストにミルクティー。


 オシャレな朝ご飯を堪能し、今日の予定を確認していた。


「私は今日お昼からバイトなんだけど、勇太郎君は?」


「ああ、俺もだ。佳純かすみちゃんと一緒に過ごすなら休もうかとも思っていたけど……」

「あはは。私もそうしたいけど……なんか爛(ただ)れた生活になっちゃいそうだし、お家賃も稼がないといけないから」

「そうだね。俺も休む気満々だったけど、佳純かすみちゃんがそうなら俺もちゃんと頑張らないとな。いくらカップルでもメリハリは大事だよね」


「うん……私達……もうカップル、なんだよね……」


 佳純かすみちゃんの一言で再び意識がピンク色に染まりそうになる。


 正式には高彦に別れを切り出していないため、浮気カップルというのが正解だが、アイツが寝取らせを希望している以上、これは下準備として必要なプロセスだと心の中で言い訳をしておく。


 佳純かすみちゃんも同じことを考えているのか、少し申し訳なさそうなはにかみ顔で俺の手を握ってくれた。


 お互いがお互いを意識し、自然と二人は寄り添っていった。


――ピンポーン


「あれ? 内側のインターホンの音だ。誰だろう?」


 俺達がまったりしていると不意の来客が訪れたのであった。

 佳純かすみちゃんはドアホンマイクのスイッチを押した。

 内側のインターホンってことは近所の人だろうか。


 もしかして大家さんが近所の苦情を受けて注意しに来たとか? 


 そうなってもおかしくないくらいに声は出ていた。


「はーい」


 インターホンのスピーカーから聞こえてきたのは若い女性と思われる声だ。


『ちょっとカスミン~、彼氏としっぽこしっぽこヤルのは構わないんですけどぉ~。もうちょっと声抑えてくれませんかねぇ。彼氏いない私への当てつけか? おぉん?(゜Д゜#)』


 なんだかやたらとハイテンションな女性の声で苦言を呈される。


 佳純かすみちゃんは口パクで『お隣さん』と伝えてきている。


 そうか、この声の主が例のお隣さんだったか。


 やはり声を抑えるのすら忘れて夢中でエッチしてしまったのが良くなかったらしい。


 佳純かすみちゃんも同じくらい、いや、俺よりだいぶパニクっており、アワアワしながら玄関に出迎えにいってしまった。


 扉の向こうでは甲高い声で昨日から今日にかけての、俺達の睦み合いを全部聞かされてどうしてくれるんだと文句を言いに来ているのが聞こえてくる。


 あれ? なんだろう。この声どっかで聞いたような……。

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