第31話 本当は悔しくてたまらなかった

「ねえ佳純かすみちゃん」

「ん……なぁに?」

「好きだ……大好きだ」

「私も……私も好き……こんなに温かくなれたのは、生まれて初めて……」


「高彦とも?」


 俺の質問に、少しだけ困ったようにはにかんだ佳純かすみちゃん。

 だけど俺はその続きを聞きたかった。


「言って……高彦と、どれだけ違うのか」


 俺は少し強く訴える。知りたかった。

 独占したかった。


 佳純かすみちゃんが思っている事を全部知りたいと思った。


 初恋の女の子が抱いている感情が、奪い取る相手よりも確実に優れている事を言葉にして欲しかった。


「全然違うの……勇太郎君に伝える"好き"は、こんなにも温かい……。やっぱりそういうことだったんだって、分かったよ」


「そういうことって?」

「勇太郎君は、私が、"自分の本当の意志"で好きになった人だったんだって」


佳純かすみちゃん……嬉しい、本当に嬉しいよ」


 初恋の想い人と、本当に気持ちが通じ合って重ねる唇は、これまで味わったどんな甘美よりも甘くとろけるような感触がした。



「勇太郎君、好き、好きぃ」

「大好きだ佳純かすみちゃん……もっと早く勇気を出していれば、この唇を高彦に奪われる事もなかったのに」


 そう思うともう止まらなかった。


 だけど、それでも足りないくらいに溢れた感情が心の内側にわき上がってきた事を伝えたがる。


「さっき過去は変えられないって言ったばかりだけど、少しだけ、愚痴っても良いかな?」

「うん……聞かせて。私も、勇太郎君の想いを全部聞きたい」


 佳純かすみちゃんは俺の胸板に身を寄せて抱きしめてくれる。

 下腹に伝わる柔らかい感触の奥には、トクン、トクンと温かい鼓動を脈打つ心臓の音があった。


「温かい……心臓が、トクトク脈打ってる……こんなにも早い」

「好きな人と抱きしめあってるんだって思ったらさ」

「嬉しい……私も……こんなにドキドキしてる……こんなに温かいドキドキは、初めてだよ」


 彼女もまた、俺との抱擁に心臓の高鳴りを覚えてくれているのだ。


 俺は、自分の内側に秘めていた醜い部分を包み隠さず彼女に伝えたかった。


 自分の持っている想いの何もかもを、彼女には伝えておきたい。


「俺の気持ち、知ってほしい。正直、迷惑な話かもしれないけど」


 ふるふると首を振る佳純かすみちゃんは、俺の全てを知りたいと目で訴えている。


 だから俺は自分の秘めた"とある悔しさ"を佳純かすみちゃんに告白することにした。


「包み隠さず言えば、俺は悔しい」


「……うん」


「過去は変えられない。それは分かってる。それでも、俺は君の人生唯一の男でありたかった。誰にも触れて欲しくなかった」


「うん」


「下世話な言い方になるけど、初めてのデートも、初めてのプレゼントも、恋人としての立場も、ファーストキスも、初めてのセックスも、高彦に取られてしまったことが悔しくてたまらないんだ」


「うん」


「あの日、入試の会場で再会したのが、どうして俺じゃなくて高彦だったのか。この一年、ずっとずっと悔しかった。高彦を祝福したいのに、ほんの少しタイミングが違っただけで、どうしてあいつなんだろうって、運命が憎らしくてたまらなかった。俺だってこんなに好きなのにって……」


 溢れる思いは彼女の身体を強く抱きしめる。

 その感情を慰めるように、佳純かすみちゃんの腕にも力がこもった。


「高彦と佳純かすみちゃんがベッドで抱き合っている所を想像しただけで、悔しくて夜も眠れなかった。中学の時、なんで佳純かすみちゃんと同じ高校に行けなかったのか。好きな気持ちがあるのに、勉強を頑張れなかった自分が嫌いだった」


 俺の成績では、佳純かすみちゃんが進学した高校に行くのに一歩及ばなかった。


「高彦を憎まないように、何度も自分に言い聞かせたよ。一生懸命祝福しようとしてた……でも、でもやっぱり悔しくて、目をそらしてた。佳純かすみちゃんが感じていた不満や苦しみに気がつくこともできなかった……」


 俺だって高彦の事を悪く言えるような立場じゃない。


 祝福しようと浮かべた笑顔の裏で、どうしようもないほどみにくい嫉妬と憎悪が煮えたぎっていた。


 そのせいで彼女から目をそらしてしまった。


「そんなこと……」


「分かってる。それは思い上がりだし、佳純かすみちゃんだって高彦と幸せだった瞬間があるはずだ。俺の思いは、そんな佳純かすみちゃんの過去を否定してしまうことになる」


「勇太郎君……」


「俺にだってかつて恋人がいたし、その子のことも、確かに好きだったから、俺の思いは、彼女の存在も否定してしまう」


 うぬぼれかもしれないけど、俺がもっとよく見ていれば彼女の苦しみにも早く気がつけたかもしれないのに。

 そう思うとやりきれない気持ちにもなったのだ。


「その人とは、どうして別れてしまったの?」

「情けない話だけど……俺にはどうすることもできなかったんだ」

「え?」

「彼女は、ある日突然別れを告げてきた。俺といるのが辛いって。惨めになるって。だから俺のせいじゃないって言ってたけど、別れたくなんてなかった。本当は引き留めたかったけど……どうしようもなくて、そのまま」


「それって……」


「気がつかないうちに彼女を傷つけてしまったのかもしれないって、何度考えても分からなくて、俺にはどうすることもできなかった」


「そう、だったんだ」

「卒業と同時にパティシエの専門学校に進学した事だけは人伝ひとづてに聞いたけど、親元も離れてしまって、俺も怖くなって、聞くこともできなかった……追いかける事も」


「パティシエの専門学校……」

「うん。料理は苦手だけど、お菓子作りが好きな子でね……」


「……(やっぱり)」

「どうしたの?」


 佳純かすみちゃんは何かを考え込むように目を左右させ、キュッと唇を結ぶ……ように見えた。


「う、ううん。なんでもない……元カノさんのこと、大好きだったんだ」

「うん。正直、今でもその気持ちは変わってないくらいだ。魅力的な子だったし、俺は結婚してその子と……っと、ごめん。元カノの話はやめよう。嫌だよね」


「ううん。勇太郎君が誰を好きだったとしても、今の私を好きでいてくれるなら、それでいいと思ってる。デートもエッチなことも、私が経験したことないこと、勇太郎くんはたくさんプレゼントしてくれた」


「うん。だから、俺はこれから君の沢山の初めてをもらう。高彦との記憶を完全に上書きして、俺だけの君に染め上げたい。ごめん、気持ち悪いよね……こういうの、処女厨って言うキモい奴の考え方なのに」


「そんなことないよ……勇太郎君は、もう沢山の初めてをくれたよ……私も、私もあげる。まだ経験してない沢山の初めてを、勇太郎君に捧げたい」


「ああ。もちろんセックスだけじゃない。佳純かすみちゃんが嬉しいこと、これからも全部経験させてあげたい。佳純かすみちゃんが好きなものは、全部好きになりたい。俺で良かったと思って貰えるように」


「私も……私も、勇太郎君に全部あげる……高彦君とはしなかった全部、勇太郎君にあげる。私も勇太郎君の経験したことないもの、欲しい。元カノさんができなかったこと、全部私がさせてあげたい……。だから、なんでも言って……私、勇太郎君のためなら、どんなことでもしてあげたい……!」


佳純かすみちゃん、嬉しいよ。大好き、大好きだッ。君に気持ちを伝えられることが、こんなにも嬉しいんだ」


 佳純かすみちゃんの身体を強く抱きしめ、再びキスを送った。


「嬉しい、私も好きだよ。元カノさんの分まで、私が勇太郎君を幸せにしてあげたい♡」

佳純かすみちゃん……君はなんて優しいんだ」


 性的な衝動とは異質の、もっともっと深い愛おしさが身体を突き動かして、力一杯彼女の細く、しかし豊満で女性らしい柔らかな身体を抱き締めた。


「私も、もっともっと、早く気が付けば良かったよ……私を好きでいてくれる人が、こんなにも近くにいたんだって分かって、凄く嬉しい……勇太郎くん……」


 もはやそれ以上の言葉はいらなかった。


 俺は、本気で佳純かすみちゃんを高彦から寝取る。



 二人の間にできた透明な繋がりを再び近づけ、今度は佳純かすみちゃんの方から唇を合わせてくれた。


「あれから、ずっとずっと、勇太郎君のことが忘れられなかった。もう一度満たしてほしくて、何度自分で慰めても満たされなくて、寂しかった」


「ああ。俺も、あの日君に本当の気持ちを伝えなかったことを後悔してた。高彦の元へ戻ってしまう君を引き留めて、そのまま奪い取りたくて堪らなかったよ」


 顔を真っ赤にしてこちらを見つめる佳純かすみちゃんに今度はこちらから唇を重ねる。



「勇太郎くん、勇太郎くん、もっと、もっとキスして……また、子宮が疼いてきちゃうの……あれからずっと、勇太郎君に抱き締めて欲しかった」


佳純かすみちゃんッ」


 やがて佳純かすみちゃんの情熱が俺の身体を圧倒し始め、俺はベッドの上に仰向けに押し倒された。


 熱の籠もった瞳で真っ直ぐに見つめ、濡れた唇で魅力的な言葉を紡ぎ出した。


「今日は、私からご奉仕するね……私もね、エッチに受け身過ぎたと思ったから」


 それは確かにそうだった。


 でもそれは仕方ない部分もあったのだ。


 欲望をぶつけるだけのセックスで前戯も碌にしていなかった高彦とのセックスでは、もともと引っ込み思案で自分を主張できない佳純かすみちゃんでは、ただ黙って耐えるしかなかったのだろう。


「動画で、いっぱい勉強してみたの……勇太郎君、ちょっと立ってみて」

「ん、分かった」


 佳純かすみちゃんは何かしようとしているのかベッドで脱力している俺を立たせる。


「……男の人って、支配欲満たしたいんだよね? こうして女を見下ろすと興奮するって、ネットに書いてあったよ」


 それは大分価値観の偏った記事のような気もするが、確かに佳純かすみちゃんの少し媚びたような表情が男心をくすぐった。


 何よりも、彼女の【好きな人を喜ばせたい】という想いが伝わってくるのが最も興奮と歓喜を呼ぶ。

 

(高彦よ、本当に勿体ないことをしたぞ、お前は)


 彼女にしっかりと寄り添い、互いの気持ちを感じ合う付き合い方をすれば、佳純かすみちゃんは最高のパートナーであってくれたものを……。


 そして彼女の奉仕は、俺の未経験をいとも簡単に更新してくれた。


 あまりの快感と、彼女の決意の強さに止めることは適わなかった。


◇◇◇


◇◇◇


◇◇◇


「ん……ゴクッ……んっく……ゴク」


 何度も……何度も……。複数回に分けて喉が鳴り、彼女の小さな喉仏が上下に動く。


 なんという艶かしい光景か……。


 こんなことをしてもらったことは元カノのあの子にすらない。


 支配欲の満たされる光景を見せつけられ、それだけで復活してしまいそうなほどの興奮が募る。


 やがて最後の一滴まで飲み下し、彼女の唇がゆっくりと上下に開いて頬が上気する。


「ん……はぁ、はぁ……」


 唇に付着した唾液が糸を引いて架け橋を作り、ポトリと一筋の雫を作って口元から垂れていく。


 あまりの熱量に湯気が立ち上がっているような錯覚すら視認した気がした。


「んはぁ……はぁ……はぁ、全部、飲んだよ」


 全てを飲みきったことを示すために口の中を開いて見せる佳純かすみちゃん。


「少し零れちゃった……勿体ないね」



 幸せそうにはにかみながら、それでも少し困ったような笑顔を見せて、彼女は呟いた。


「ん……味は、正直……マズいけど、なんだろう、勇太郎君のためにって思ったら、凄く身体が熱くなって、興奮する味に感じちゃうね」


佳純かすみちゃん、君って奴は……」



 彼女は先ほどの俺の発言をどうにか形にしようと思ってくれたらしい。


佳純かすみちゃん、好きだっ、君のそういうところが、大好きだよ。こんなこと、してもらったことはなかった」


「えへ、じゃあ私も勇太郎君の初めてになれたんだね。嬉しい……満足してくれた?」

「ああ。凄く気持ち良かった。未知の体験だったよ」


「良かった。私も、これ飲んだのは初めてだったから。これで一つ、初めて……あげられたね……♪」


 本当に、本当に嬉しそうに佳純かすみちゃんの目が細まる。


「ああ、なんて可愛いんだ。ますます好きになったよ」


「ひゃっ、ゆ、勇太郎君……」

「そんな可愛い佳純かすみちゃんを見てたら、また滾ってきたよ。今度は佳純かすみちゃん自身を味わいたい」

「うん……いっぱい、食べて……♡」


 俺のリビドーは再び高まりを見せる。

 さっき果てたばかりだと言うのに、若さと愛しさという衝動は、無限の情愛を沸き立たせて体を突き動かした。



 そうして、俺達の熱い夜がいよいよ本格的に始まろうとしていた。


――――――――


――――――


※後書き

いつも読み下さりありがとうございます。

「おもろい」「つまらん」のひと言だけでもいいので、ご意見ご感想頂けたら嬉しいです。


もしよかったら★★★レビューなど頂けたら嬉しいです。

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