第30話 秘めたる気持ちを伝えれば


佳純かすみちゃん……君に伝えたいことがある」

「……はい」

「俺は、君が好きだ……」


 俺はテーブルの向かい側に座る彼女の目を真っ直ぐ見て、自分の秘めていた思いを告白した。


「勇太郎君が、私を……ッ」


 彼女を真っ直ぐに見つめ、俺の言葉がまったく冗談ではないことをしっかりと伝えるため、身を乗り出してテーブルに投げ出されていた彼女の手を取る。


「一人の女性として、君に憧れていた。ずっとずっと、恋い焦がれていた。だから俺は、高彦から本気で奪い取りたい気持ちで、今日ここにきた」


「そう、だったんだ……」


 佳純かすみちゃんの水晶のような瞳が揺れる。

 それは戸惑いでも、困惑でもなく、喜びであることが、どういうわけか理解できた。


「もちろん、最初はそうじゃなかった。佳純かすみちゃんの幸せになれる一番の形を実現させたい。その一念でやってきた。それが高彦と一緒にいることなら、俺は喜んで協力しようと思った。それは決して嘘じゃない」


「うん、それは、もの凄く伝わって来た」


「それとは別に、俺は君が好きだった。だから、高彦と付き合ってるって聞いたとき、もの凄くショックだったんだ。悔しかった……本当に悔しかったんだ。入試の会場で再会したのが、どうして俺じゃなくて高彦だったんだろうって」


「勇太郎君……」

「それでも、祝福してきた。でも……」


 思えば、元カノのあの子に振られたショックから立ち直れていないタイミングでその事実を知ったもんだから、余計にダメージが大きかったような気がする。


「うん……」


「この1ヶ月、君の気持ちの動きを見ていて、どうやら佳純かすみちゃんは高彦との関係について疑問を持ち始めていることに気が付いた。あの日のセックスで俺が聞いたこと、覚えてる?」



「……うん、動画を見て、思い出した……」


「あの時も聞いたけど、敢えてもう一度聞こう。佳純かすみちゃん、君は、本当に高彦のことが好きなのかい?」


 佳純かすみちゃんの表情は暗い。


 暗いというよりは、自分の気持ちに気が付いてしまったが、心が追いつかずに言葉にすることをためらっているようにも見える。


 だが、高彦のためだけではなく、彼女自身に踏み出してもらうためにも、ここは敢えてハッキリと指摘するほかないだろう。


「それは……多分、違ったんだと思う。確かにこの一年間、楽しいところはあった。高彦君との時間は自分なりにかけがえのないものにしてきたつもりだった」


 確かに、大学内での高彦と佳純かすみちゃんは有名なカップルだ。


「でも、本当は、どこかで無理してたんだと思う」


 美女とイケメン。誰もが納得のお似合いの二人。

 それが周りの認識であるが、内情はだいぶ違っていたということだ。


「彼氏を好きであろうとするあまり、高彦君への不満を無かったことにして、無理やり自分を納得させてた。でも、本当は、もっと寄り添って欲しかった。私のこと、分かって欲しかった…」


佳純かすみちゃんは立派だと思う。相手を好きであろうと努力してきたんだ。寄り添おうとしてきた。だけど、それは自分を殺してまでやっても、お互い不幸になるだけだったんだと思う」


「うん。私は、この1年の高彦君との関係を、否定したりはしたくない。本当はもっとやるべき事はあったと思う。不満に目を逸らさないで、はっきりと高彦君に伝えたり、二人で相談したりしなきゃいけなかった」


「それは高彦にも同じことがいえる。多分、アイツも初恋の女の子と結ばれて、舞い上がっていたんだと思うよ」


「うん。人生で初めて好きになった人だったって、口説かれた時に言われた。私は、それが凄く嬉しくて……自分のことをあんなに好いてくれる人なんて、もういないって思ったから」


「高彦の凄いところはそういうところだと思うんだ。自分の気持ちに蓋をしない。好きな気持ちを包み隠さず伝えることが出来るっていうのは、俺にはできなかったから、そういうところは素直に凄いと思う」


「うん」


 もし仮に俺が入試会場で先に再会しても、きっと勇気が出せなくて告白なんてできなかっただろう。


 それに、俺はあの子と別れたばかりと言うこともあり、そんなに直ぐに次の恋に気持ちをシフトさせるような割り切りをするのが不誠実のような気がしていたのもある。


 だからどっちにしろ結果は同じだったかもしれないけど、もしもの未来なんて考えるだけ無意味だ。


「だけど、アイツも佳純かすみちゃんに寄り添わなきゃいけなかったんだ。自分のやりたいことをゴリ押しする欲望のストレートさは、利点でもあるけど最大の欠点でもある」


「そう、かもしれないね。わたし、自己主張するのが苦手だから……勇太郎君は、全部気がついてくれた」


「自分の好きなことに付き合わせるのだって、アイツなりに佳純かすみちゃんに喜んで欲しかったのだと思う。やり方が不器用で自分本位だったのが問題なだけで。それで上手くいくカップルもいるかもしれない。実際、佳純かすみちゃんだって不満ばかりだったわけじゃないだろう?」


「もちろんそうだよ。高彦君のこと、好きになろうとして、彼の好きなものは出来るだけ好きになろうと思った。それは確かに楽しかったし、本当に好きになれたものもあった」


「でも、やっぱりストレスは溜まっていた……」


「そうだと……思う……本当は、あんまり好きになれなかったものもあったけど、それでも我慢して好きになろうとおもってた。高彦君に喜んでほしかったから。ううん、一緒に喜びたいって思ったから」


「本当に凄いと思うよ。一年間付き合って、ずっとそうあろうと努力し続けてきたんだ。高彦がもう少し佳純かすみちゃんと同じ目線に立てる努力をしていれば、二人はきっと良いカップルになれたと思う」


「そう、かな……」


「まあ、もちろん俺が見えていなかったところで、もっと沢山の問題点はあったかもしれないから、一概には言い切れないだろう」


「うん……まだ私も気が付いてないけど、沢山のストレスはあったと思う。でもそれは全部高彦君が悪いんじゃなくて、私が何も言わなかったから……高彦君は一生懸命なだけだったのに」


「本当は、これからそれを二人で話し合って、本当の意味で寄り添っていけるカップルになっていくのが順当なんだと思う」


 俺の当初の思惑はそこにあった。


 例え自分の好きな人が他の男のものになってしまったとしても、好きな人が本当に幸せであるなら、俺はそれをどれだけでも応援する覚悟だった。


「でも、俺にはもうそれを手伝うことは出来なくなった。俺も、高彦のように自分の気持ちを素直に表現しようと決めたから」



「うん。私も、不満に気が付いたからお別れなんていうのは、卑怯だと思う。もっと高彦君に寄り添って、本当の意味でお互いを解り合う努力も、必要だと……思う。でも、もう自分に嘘はつけないから」


「うん」

「怖いの……。また寝取らせをお願いされたらどうしようって……どんなに高彦君のことを考え直そうとしても、ずっとそれが頭から離れない。もし勇太郎君だけじゃ満足できなくなったらって考えたら……怖くて」


 やっぱりな。寝取らせのことが、佳純かすみちゃんの酷いトラウマになっている。

 もともともうアイツの所に戻すつもりはなかったが、こうなってしまっては、ますます後戻りするわけにはいかなくなった。


「ああ。だからこそ、俺は君を奪い取りに来た」


「勇太郎君……」


「もう一度言おう。君が好きだ。一人の女性として、愛してる。高彦と別れて、俺の恋人になって欲しい」


「勇太郎君……はい……私も、私も……好きです……ッ」


「中学の頃から、多分高彦よりももっと早く、最初に同じクラスになった時から、君が好きだった。中学の頃の俺は、今よりもっと意気地が無くて、好きだと伝えることができなかった」


「嬉しい……私もね、中学の頃は今よりもっと人見知りで、男の子とまともにしゃべることも出来なかった。その中で、勇太郎君とは唯一、対等に話すことが出来ていたと思う。気楽に付き合ってくれているからだと思ってた」


 確かに中学の時の佳純かすみちゃんは、もの凄く可愛い女の子だったけど、引っ込み思案で人見知りが強く、特に俺と高彦以外の男子生徒としゃべっているところは見た事がなかった。



「けど、今思えば、勇太郎君の前でだけ、私は素の自分を出すことができた。自然体でいられたから……それは多分、好き、だったのかもしれない。高彦君と話すことができたのも、勇太郎君が隣にいてくれたからだと思う」


佳純かすみちゃん。嬉しいよ。こんな事なら、もっと早く言っておけばよかった」


「私を好きになってくれる人、こんなに近くにいたんだね……私も、もっと、もっと早く気が付けば良かった……私に、もっと勇気があれば……高彦君との関係を、否定したくはないけど、それでも……」


「巡り合わせってのは残酷なものだよね。でも、過去は変えられない。高彦との時間も、君の成長のためには必要だったのかもしれない。だからこそ、未来を決めることができるから。今から二人で歩んでいこう」


「うん。勇太郎君……私を好きになってくれた人。そして、私が自分の意思で、好きになった初めての人。もっと、もっと早く気が付きたかった。お願い……私を、奪い取って」


「ああ。今から君を俺のものにする。高彦から奪い取るよ。本当はもっと順番を守るべきなんだろうけど、ちょっとこらえることができそうもない。今から君を抱きたい……君を寝取りたい。受け入れてくれるかい?」


 今日はセックスの為に来たのではないと誓っておきながら、このていたらくだ。


 だけど、もうこの気持ちを抑えることはできそうもない。


「嬉しい……お願いします……もう貴方しか考えられないの……もっともっと、勇太郎君の色に染めて欲しい」


 思いは通じた。二人の瞳は絡み合い、自然と唇が寄せられていく。


 俺はその興奮を隠すことなく、彼女に全てをぶつけるつもりで近づいていった。


◇◇◇◇◇◇


【side佳純かすみ


 想いは通じた。願いが叶った。勇太郎君も、同じ想いでいてくれたんだ。


 私の身体は熱くなり、全身がとろけるような甘い熱量に包まれたのが分かった。


 勇太郎君の抱擁は、前回のような優しく気遣う柔らかいものではなく、溢れ出る情熱を全力でぶつけるような、激しいものだった。


「本気で奪い取る」


 その言葉がどれだけ嬉しかったか。

 高彦君に申し訳ないと思いつつ、溢れ出る喜びに震える心に嘘をつくことができない。


 私の全身は熱くなり、胸が早鐘を打つように激しく高鳴り、子宮がシクシクと疼いている。


 愛を求めてる。この人に抱かれたいって思ってる。


 私の身体が、セックスを渇望している。


 絡み合う情熱的な視線がそれを助長し、私は瞳を閉じて彼の唇を受け入れた。


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