第29話 伝えたい想い
電話を切って俺は適当に時間を潰して
何度か家の前までは行っているが、中に入ったことはない彼女の自宅。
僅かに緊張しつつ部屋番号のチャイムを鳴らす。
「井之上です」
『うん。どうぞ入って……』
程なくして彼女の声で返事があり、オートロックが外れて自動ドアが開く。
エレベーターを昇っていく時間がとても長く感じられ、逸る気持ちを抑えて気分の沈静化を図った。
最上階まで到達し、エレベーターの扉が開き、角部屋になっている指定されていた部屋の前に辿りついた。
心臓が高鳴る。好きな人、初恋の人と二人きりになれる空間。
それが近づくたびに身体が熱くなるのを感じた。
廊下の距離すら長く感じる。
既に経験済みのことなのに。身体さえ重ねたはずなのに。
俺は童貞のように緊張していた。
部屋のインターホンを鳴らし、間隔を開けずに内鍵の外れる音がする。
「勇太郎君……来てくれてありがとう……」
「ああ。話をしたいんだ。上がらせてもらってもいいかな?」
「うん。どうぞ」
「お邪魔します……ッ」
玄関の廊下からはアロマの香りが漂い、彼女のセンスの良さが窺える。
しかし、それはリラックスさせるどころか俺の心臓を高鳴らせる要因にしかならなかった。
「いま、お茶煎れるから」
そう言ってキッチンに向かい、カタカタと音が鳴っているのを聞くだけで心臓が高鳴る。
お茶の準備をする後ろ姿すら艶めかしさを感じてしまう。
ワンピースの上から盛り上がる豊満な形をしたお尻。
あの感触をもう一度味わってみたいと思う俺を誰が責められよう。
できれば今度は服の上からじっくりと感触を確かめつつ、恥じらう彼女をたしなめながら一枚一枚脱がしていきたい……。
そして俺がプレゼントした衣服を半分だけ脱がせ、所有欲と独占欲を満たしながら喘がせてあげたい。
全ては脱がさない。一糸まとわぬ裸体もいい。
しかし、半脱ぎロマンは俺の趣味だ。許してほしい。
最後まで脱がせず、俺が彼女を抱いているんだという実感を保ったまま思い切り――
ッてっ、イカンイカン。今日は話をしに来たんだ。エロい目で見ては駄目だ(チラリッ)。
しかし、好きな人の自宅に招かれる。高校生以来の経験だ。
初恋の人ともなるとこんなに緊張するのか。
既に肌を重ねた間柄だというのに、童貞のような緊張感が生まれてしまう。
いや、肌を重ねたからこそなのかもしれん。
元カノのあの子の時も同じくらいドキドキしたものだが、大学生にもなって同じレベルかそれ以上を経験するなんて思ってもみなかった。
……実は、セックスをするために来たわけではない、と言いながら……。
薬局に立ち寄ってエチケットアイテムを購入して鞄に潜ませているあたり、俺も本当に紳士的になれていないと言わざるを得ない。
だってしょうがないじゃんっ!! 意識しちゃうじゃんっ!?
いかにも女の子の部屋って感じがする装飾が数多く存在して気持ちが高まってしまう。
床にはフワフワの絨毯が敷かれており、床に座った俺の手に心地良い毛並みが触れる。
思わずサラリと撫でて気分の沈静化を図ったが、ふわりと
俺の座っている後ろには真っ白なシーツが掛けられたベッドがあり、枕元には沢山のぬいぐるみが飾ってある。
俺が以前プレゼントしたゴマフアザラシちゃんもそこにしっかりと鎮座している。
自分がプレゼントした大きな縫いぐるみが枕元の中心に添えられていて一目でお気に入りであることがわかり、誇らしい気持ちになった。
「あ、あんまりジロジロ見られると恥ずかしいよ……」
「あ、わ、悪い……」
お盆に紅茶セットを乗せた
思わず見回してしまっていたところを咎められた。
イカンイカン。律しなければ。
「お待たせ……お砂糖はいる? うちコーヒーなくて……ミルクティー、好きだったよね?」
「ああ。ありがとう。コーヒーは苦手でね」
「うん、そう言ってたよね、よかった」
「ありがとう」
柄がオシャレな陶磁のカップに注がれた紅茶が湯気を立て、香しい匂いがミルクの甘い香りに混ざって鼻腔をくすぐる。
「頂きます……」
一口飲んで、ハーブとミルクの香りが鼻を抜けて爽快な気持ちになり、緊張で強張っていた気持ちが若干ほぐれた気がする。
ほんのりと気分が落ち着いたところで、ふと、彼女の着ている服が気になった。
いや、実はもうずっと気になっていた。
「そのワンピース、着てくれてたんだね」
「う、うん。せっかくプレゼントしてくれたし、実はこれ、私の好みにぴったりで、凄くお気に入りなんだ」
最初にプレゼントしたロングスカートではなく、デートに着ていた高彦からプレゼントされたミニスカートでもなく、セックスした日に渡したワンピースの方を着用しているのだ。
どうしたって意識はそっちに引っ張られてしまう。
だってそれは完全におしゃれ着であり、部屋で過ごす用のものではない。
デート用の一張羅ともいえるそんな服を、わざわざ俺を出迎えるために着てくれているのだから、意識しない方が無理というものだ。
ほんのりと石けんの香りがする。
よく見ればお風呂に入って髪を乾かした直後であることが分かる。
どうしたって想像してしまう。彼女も、俺と同じ思惑なのではないかと。
つまり、17時以降に来て欲しいといった真意は、彼女が俺を出迎える身支度を調える時間だったという事は想像に難くない。
いや、そうであってほしいという俺の願望なのかもしれない。
「そっか。プレゼントした甲斐が有ったよ」
再び沸き上がってくる緊張で話題が頭に上ってこない。
しかし、今日の目的はこれからのことを話さなきゃいけないと思い出し、本題を切り出した。
「
「う、うん……」
「高彦には俺のことを?」
「ううん、言ってない……。ごめんなさい」
「いや、謝らなくてもいいよ。俺もそれを分かってて言ったんだからね」
だからこれは、俺がもっとも嫌いな本気の寝取りをすることになる。
「
「……え……?」
俺は本題を切り出すことにし、その前に自分の内側に秘めていた思いを伝える決意をした。
「どうしたの?」
「実はさ……今回の一連の流れ。高彦から寝取らせを提案されて、俺は君に傷付いて欲しくなくて、デートを提案し、精一杯楽しんで貰えるように努力したつもりだ。恋人でもない男とセックスしなきゃいけないからね。精神的な距離を縮めて、少しでも負担を減らしたかった」
「うん。私も、凄く楽しかった。今まで感じたことないくらい、胸が温かくなって、凄く、幸せだった」
「言ってなかったのは、傷付いて欲しくないのは本心だった、でも俺は決して哀れみからこの提案を受け入れたわけじゃない。もっと下世話な話なんだ」
「下世話? それって……」
「俺自身の個人的な都合というか、もっとハッキリ言うなら……下心だ」
「……ッ」
(トクン……)
温かい音が聞こえた気がした。それは
意を決する。
俺は決して伝えまいと誓っていた言葉の封印を破り、秘めていた思いを彼女に告白することにした。
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