第2章 結ばれた想いと過去の情愛 14話構成

第27話 もう遠慮はしない

 俺は井之上勇太郎。大学2年生だ。


 さて、もう詳しい話をする必要もないだろうが、俺は前代未聞の珍事件に巻き込まれている。


 1ヶ月前、俺の親友である高圓寺高彦からこんなお願いをされた。


『頼む勇太郎ッ! 俺の彼女を寝取ってくれ』


 俺の初恋の女の子。親友の恋人でもある【柳沼佳純かすみ】ちゃんを、あろうことか他の男とエッチさせる、いわゆる『寝取らせ願望』という奴で売り渡そうとしていた。


 初恋の女の子が他の男に犯されてはたまったモノではないと、俺はこの愚かすぎる懇願を引き受けることにしたのだ。


 俺は彼女が不幸になるのを回避すべく、持てる全ての力でもって彼女とのプレイを敢行した。


 俺は自分の初恋の女の子とセックスするという大望を成就させることができた。


 佳純かすみちゃんは高彦に対して、どうやら思い込み的な付き合い方をしていたようだ。


 本当に好きなわけではないのに、自分を好きだと言ってくれる高彦をなんとか好きになろうと自分に言い聞かせていた。


 それは彼女の自己評価が極端に低く、


 また責任感の強さと、

 自己保全の強さと、

 真面目さと、

 優柔不断さと、

 意志の弱さ。

 

 あとは恋愛経験の少なさ故の判断基準の無さなど、色々な要素がごちゃ混ぜになった結果、本当の意味で惚れているわけでもない男とストレスに気が付かないまま一年間も交際するという結果となった。


 自分に自信が無いから、自分で決められない。

 失敗して傷付くのが怖いが故に、他人の価値観に基準をあわせてしまう。


 だけどそれは、結局は自分を一番傷つけてしまう価値基準にしかならないのだ。


 俺との寝取らせプレイによってその辺りの本当の気持ちに気が付きかけている佳純かすみちゃんだったが、結局は高彦の元へと戻っていってしまった。


 これで二人の仲が修復されるのかと思っていたが……。



「もう一度頼みたいッ。佳純かすみがな! そんなに気に入ったのなら、勇太郎にもう一度頼んでくれるって、言ってくれたんだよっ!!!」


「お前が先に言ってどうするんだよ……」


 案の定の二回目であった。

 いつものファーストフード店で先日の寝取らせ動画の感想を聞いていた(強制連行されて聞かされた)のだが、あろう事か再び佳純かすみちゃんを寝取って欲しいと言ってきた。


 かと思いきや、今回のことは佳純かすみちゃん本人からの提案であるという。


 一体どういう意図があっての事なのか、と考えていた時、俺のスマホにメールの着信があった事を告げる電子音が鳴った。


 そしてこの文面だ。


【差出人:柳沼 佳純かすみ

 [件名:もう一度お願いします]

【本文:あれからずっと勇太郎君との時間が忘れられないです。この気持ちをハッキリさせたい。だからもう一度お願いできませんか?】


 高彦はこのメールの事を知るまい。ということは、これは佳純かすみちゃんからの救難信号であることはほぼ間違いないだろう。


 恐らく、既に彼女の心は9割方俺に傾いている。

 まだ俺のことが好きになって貰えたのか、たまたま手を差し伸べた俺にすがりついただけなのかは定かではない。


 だが、ここで俺も一つの決意をする。

 やはりこのまま二人の関係を放置することは、佳純かすみちゃんも不幸になるし、そして高彦自身のためにもならない。


 恐らくあの動画で己の佳純かすみちゃんに対する無意識の不誠実さを学習したことであろう。


 それでも佳純かすみちゃんからの寝取らせ提案を喜んで受け入れているということは、欲望まっしぐらな本質を何も反省していないと受け取らざるを得ない。


 高彦は本当に良い奴だが、どうにも欲望に抗う意志力に欠けているようにも思える。


 恐らく男女の付き合いがすぐに破綻してしまうのも、セックス下手が原因というより、こういうデリカシーの無さが要因なのではないだろうか。


 だとしたら、今度の事で徹底的に反省してもらわねば、今後の高彦自身のためにもならないはずだ。


「分かった。佳純かすみちゃんがそう言っているなら断る理由はない。今回も引き受けよう」


「そうかっ! やってくれるか勇太郎ッ! ありがとうっ! 恩に着るよッ。絶対お礼するからよっ」


「そういうのはいい。前にも言ったがこれはお前じゃなく、佳純かすみちゃんのためなんだ。お前の性癖は普通の人間には受け入れられるもんじゃない。だからこそ彼女の気持ちをしっかりと確かめる必要がある。まあそこら辺は俺に任せておけ」


「お、おう。よろしく頼む。なあ勇太郎」

「なんだ?」


 高彦は、今までにないくらい、それこそ知り合ってから今日までで、一番と言っても良いくらい真剣な表情で俺の目を真っ直ぐ見据えてきた。


 そして、口を開いて出てきたその言葉に、どうやら単に二回目の寝取らせを喜ぶバカではないことを示すのだった。


「俺はバカだけどよ……。佳純かすみの事は本気で惚れてるんだ……」

「……」


「言いたいことは分かる。でも聞いてくれ」


 俺が何も言っていないのに高彦はこちらの心中を図ったように続ける。


「こればっかりはどうしようもないんだ。俺だってこの一年悩んださ。忌避きひされる性癖だってことくらい分かってる。だけどよ」


 だったら病院でカウンセリングでも受けた方が良いのではないだろうかとも思うが、それでもどうしようもないことだってあるのかもしれない。


「ああ、分かってるよ。コントロールできねぇんだろ。本気で好きだからこそ、彼女が他の男に染まっていくところが見たいんだな」



「お前、分かってくれるのか?」

「許容はしていない。だが俺もこの一ヶ月でその性癖って奴を抱えている人がどんな気持ちなのか調べてみたよ。ネットだけどな。創作物の話じゃなくて、現実にそれでしか興奮できない人は確かにいるらしい」


「そうなんだ。矛盾してるのは分かってる。でも」


「大切で、本気で好きだからこそ、汚されていくところ、あるいは自分の知らない乱れた性に目覚めていくところが見たいんだよな?」


 ある意味で愛情と憎しみの裏返しのような関係である気がするな。


 破壊衝動というか、ある種の破滅願望とでも言おうか。


 大切なものだから壊してしまいたいという矛盾した感情。


 だけどそれは表裏一体の感情であり、実は矛盾してはいないモノなのかもしれない。


 まあそれでも俺は大好きな人は大切にしたいし、自分だけの人であって欲しいと思っている。


 新しい性癖だってお互いに寄り添い合って自らの手で開拓していきたい。


 ここら辺は本当に何を基準に価値観を置いているかの違いになるのだろう。


 守りたいと思うのか、壊したいと思うのか。


 どちらも大切だからこそ抱く感情だ。


 だが高彦に関しては致命的にダメな部分がある。

 それは佳純かすみちゃんの気持ちを汲んでいないという点だ。


 ある意味で、究極の自己矛盾がもたらす苦悩と快楽であるとも言える。


 だがこれが何故忌避きひされるのかと言えば、高彦が優先しているのが自分の欲望であり、当の佳純かすみちゃんの気持ちをくみ取れていないことにある。



 自分の欲望の事しか頭にないから相手のことが考えられない。


 だけど、こいつだってバカだけど愚かではないと思う。


 本当に性癖をこじらせただけの真性クズなら親友なんてやっていない。


 良い奴なのだ。だからこそなんとかしてやりたい。

 普通で言うなら、「そんなのは別れろ」で終わる話なのだから。


 こいつはこいつなりに自分の性癖と向き合おうとし始めていると信じたい。


 だからこそ俺に相談してきた筈なのだ。


「それでな勇太郎。もしもの時の事を相談しておきたい」

「もしも、とは?」


「今回あいつは二回目の寝取らせを提案してくれた。でももし、これが俺に対する別れの手向たむけだったとしたら……愛想を尽かした俺に対する義理果たしのようなものだったら……」


「……」


 覚悟の決まった男というのは、目の色が変わるというか、目つきそのものが変わる。


 俺はそれを体現している奴を初めて見た。


「その時は、佳純かすみの事、お前に任せたい」

「高彦……お前」

「説得力ないかもしれないけど、俺は俺なりに佳純かすみのこと大切にしてきたつもりだ。幸せにしたいって思っていた筈だった。でも俺は自分の欲望に負けた。そんな俺があいつのそばにいる資格はとっくに失っているんだろう。だけど、あいつが本当の意味で誰ともしれない男のものになってしまうのは許容できない。だから」


「それは佳純かすみちゃんが決める事だ。俺の裁量ではないよ。だが、まあそうだな。そこまで腹が決まってるなら、俺もその意気に応えよう」


 まだ俺の気持ちそのものは吐露すべきではない。

 

「お前に対する最後の手向けだ。俺が盛大に寝取ってやるよ。せいぜい脳を破壊される準備をしておくことだな」


「お、おう……頼むぜ勇太郎」


「なら、あのグループは解散しよう。こっからは俺と佳純かすみちゃんの二人で、秘密裏にやり取りをさせてもらう。真実を知るのは佳純かすみちゃんか、俺の口から伝える。それでどうだ」


 その時の野郎の顔と言ったら、酷いものだった。


 俺はある意味でいさぎよい性癖に苦笑してしまう。

 歪んだ口元を隠そうともせず、ゾクゾクと身体を震わせていることを、本人は気がついているのだろうか。


「じゃあ確認だ。俺はもう手加減しない。前回は二人が歩み寄れるように色々と気遣ってセーブしたが、今度は佳純かすみちゃんも覚悟あっての事だろう。俺は俺のやりたいようにやらせてもらう。これからお前は完全に寝取られた彼女を大学で卒業までそばで見続ける事になるかもしれん。もしそうなっても本当に良いんだな?」


「お、おう……覚悟はできてるぜ」


 ある意味で諦めが付いているのだろうか。

 だが俺はそれを責めようとは思わない。


 こいつなりに佳純かすみちゃんを大切に思っているからこその決断なのだろうからな。


 恐らく他人には理解されまい。


『何を自分勝手な事を』と揶揄やゆされ、非難されることだろう。


 だって普通の感覚でいうなら、ここは寝取らせを断って「これからは佳純かすみを大切にしていく!」と宣言するのが本物の誠実さというものだからだ。


 俺も親友ではない第三者であったなら、こいつの心情には同情の余地もなかったと思う。


 それくらい他人には理解されない感情だし、赤の他人からすれば「そんなのはさっさと別れて病院へ行け」で片付けられてしまう話だ。


「よし、それじゃあそろそろ出るか。俺からこの件は了承したことを伝えておこう」


 今後の方針めいたものを二人で相談しながら店を出るのだった。

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