第26話 三戸部 愛也奈 後編

「ね、寝取らせ……って、つまり、カスミンを他の男とセックスさせたっていうこと?」

「う、うん」

「はぁああああっ!? 何よそれっ! バッカじゃないのっ! その彼氏バカだろっ! 死ねよそいつッ!」


「あ、あの、一応私の彼氏……」

「そんなの絶対に断らなきゃダメだよッ! なんでそこで流されてるのっ! っていうか、そんな奴すぐにポイッしなきゃっ!」


 私はあまりにも愚かな彼氏も腹立たしかったが、それを流されてイヤイヤながらも受け入れてしまったカスミンにも同じくらい腹が立って仕方なかった。


 なんでカスミンがバカな男の欲望のために傷つかなきゃいけないのか。


 巫山戯ふざけるにもほどがある。


「今まで言えなくてごめんなさい……でも、この一ヶ月、私は凄く楽しかったよ。ある人のおかげで」


 そこで私は疑問が浮かんできた。

 確かにここ最近のカスミンはとっても楽しそうだった。


 てっきり彼氏と上手くいっているものだと、違和感は感じつつも思うようにしていたのだが……。


「ある人って?」

「うん……彼氏の親友の男の人なんだけど、私が知ってる中で一番信用できる人だから、相手役はその人を指名したの」


 そしてカスミンはこの一ヶ月で起こった出来事を並べ始めた。


「はあ……なるほどねぇ。っていうか、もうその人が彼氏でいいんじゃない?」

「……うん……そうかもしれない。でも」


 カスミンは迷っている。

 そこで彼女が今抱えている心の葛藤について聞かされた。


 自己矛盾とも言える感情に苛まれて心が疲弊していると思った私は、彼女の自己評価の低さに他人とは思えない共感をせざるを得なかった。


 もともと彼女と意気投合したのは、自分と同じ感覚を共有しているからだと思っていたが、ここまでとは思わなかったのだ。


「うん、じゃあ私から一つ提案があるんだけどさ」

「なに?」


 自分では決められないという彼女に、私は一つの打開策を提示する。


 きっと、話に聞いている相手役の人はカスミンの事を大切にしてくれるに違いない。


 まあ寝取らせという異常性癖の提案に乗っかるような人だから完全に信用はできないけど、少なくともカスミンを守ろうとしてそうしたのなら一応筋は通る。


 私はその相手役に「このようにメールをしてみて」と提案した。


「それって……彼に選択を任せるってこと、だよね」

「うん。カスミンが自分で決めきれないなら、もう一度その人にお願いするしかないでしょ」


「だけど、私は何も成長してない」

「そんな事ないよっ。だってカスミンはずっと彼氏に寄り添おうとしてきたじゃない。それを受け止めるでもなく、分かろうともしなかったんだったら決定的に相性が悪いとしか言えないじゃない。カスミンは何も悪くない。少なくとも十分過ぎるほど努力した筈だよっ」


 そうなのだ。

 カスミンは「自分で努力してない」「彼氏に寄り添おうとしていない」、なんて主張し続けてるけど、それは大きな勘違いだ。


 だって寄り添ってないのはそのバカ男の方じゃないか。


 カスミンは必死になって彼氏の好みに染まろうとした。


 そりゃ確かに不満を言わないカスミンにも責任はある。

 言葉にしなきゃ分からない事だってあるのは私だって知ってる。


 それでも、その男はあまりにもカスミンの気持ちに無頓着ではないだろうか。


 そんな反応しかしない男に、自分の気持ちを素直に表現しようと思うだろうか?


 寄り添うにしたって、話し合うにしたって、相手が土俵に立とうともしないのだから、カスミンだけに責任があるなんてどうしても思えない。


 いや、一方的に元彼を振ったお前が言うなって思われるかもしれないけど、その失敗があったからこそよく分かる。


 カスミンはもう十分すぎるほど頑張った。

 だったら自分にそれだけ寄り添ってくれる他の男になびいたって、誰が悪いと言えようか。


 確かに恋愛においては順番が大事だ。


 恋人関係を解消もしないうちに他の男性と関係を迫ろうとするのは健全とは言えないだろう。


 ネトラセなんて絶対ロクなもんじゃない。

 小説とか同人誌の人気ジャンルにそういうのがあるけど、アレは創作物だからこそ、現実に持ち出しちゃいけないって分かっているからこそ人気なんだ。


 寝取る、寝取られる、寝取らせる、全部現実に成立しちゃいけない。


 何故ならそれは、だもの。


 なんか脳の構造的にそういうのに興奮してしまうメカニズムってのがあるらしいなんてことを聞いたことがある。


 自分が好きか嫌いかに関係なく、そういうのに一定数興奮してしまうのなら、それは本能に組み込まれているメカニズムなんだろう。


 でも、やっちゃいけないことをやらない選択をするのが理性のある人間だ。


 それを現実に持ち出して、ましてや大切にしなきゃいけない恋人に強要するヤツなんざ八つ裂きになって死ねば良い。


 本来ならこのネトラセプレイに乗っかっている相手の男だってロクなもんじゃないし、それをさっさと辞めたいとハッキリ言わないカスミンにだって責任はある。


 だけど、私はカスミンを応援する。そう決めた。


愛也奈あやなちゃん……うん、ありがとう。じゃあ、私なりに文面を変えてその人に送ってみるね」


「うんうん。それが良いよ。彼氏に寄り添おうとするカスミンは立派だけどさ、その彼氏はちょっと業が深すぎる気がするからさ。人には相性ってものがあるんだし」


 そして彼女は「その人」に救難信号とも言えるメールを送ったらしい。


 できたらその人とカスミンが上手くいくことを願って元気づけるのだった。


 だけど、私はこの時「その人」の名前を聞いておかなかった事を後悔することになる。



 私は知らなかった。カスミンの彼氏が、私のよく知っている悪友と同一人物であったことを。


 なんで今までカスミンの彼氏の名前を聞いておかなかったのか。一年も一緒にいて一度も名前を聞かなかったのはバカとしか言い様がない。


 うん、分かってるよ。言いたいことはよく分かる。


【いや気付けよっ!!】って言いたいんだろ?


 私だってそう思うよ!


 そうなのだ。気が付く要素はいくらでもあったのに。気が付かなかった。


 いや、違う……。違うんだ。


 私は、気付きたくなかったんだ。

 もしかしてという想いを押し込んで、違う違うと自分に言い聞かせていた。


 それが私のよく知っている人物であり、そのそばにずっといたであろう「その人」が……。



 ……。




――――――――――


ここまでの読了ありがとうございます

新たな展開を迎える第2章。次回より始まります。

佳純との恋の行方は? 元カノ愛也奈の想いは?


ますます盛り上がる物語。第2章もよろしくお願いします!

次回から1話更新に切り替えます。じっくりとお楽しみにください。


毎日朝の6:05に更新です。


★★★レビュー、ご意見ご感想お待ちしてます!

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