幕間 お隣の愛也奈 2話構成
第25話 三戸部 愛也奈 前編
私は
今はパティシエの専門学校に通うもうすぐ20歳だ。
突然だが私にはとっても素敵な元彼がいる。
優しくて、紳士的で、温かくて……。
そして何よりエッチがあり得ないくらい上手♡
ぶっちゃけ男性経験は元彼しか知らないけれど、たぶん彼以上にセックスが上手な男はいないってくらい、私は幾度となく絶頂させられてた。
いっぱいイカされて、幸せを身体に覚え込まされた。
もう彼無しには生きていけないくらい、本当に素敵な素敵な、最高の彼氏……だった。
そうだ。彼は元彼なのだ……。
出会いは高校一年生の頃……高校の新入生オリエンテーションで同じグループになったのがきっかけだった。
彼と、その親友の男がいたんだけど、そいつと何人かでよくつるんでいた。
色々あって、二年生のある事がきっかけで急速に距離を縮めた私達は彼からの告白で付き合うことになった。
私は天にも昇るような気持ちだった。
実は密かに彼を狙っていた女子生徒は多かった。
自分への自信のなさから告白する勇気が無かったんだけど、幸いにして私達は共通の趣味や価値観の共有によって他の女子生徒より一歩先の距離感で接することができていた。
彼の親友たる男の存在も大きかった。
まあ私とはかなり相性悪くて犬猿の仲ではあったけど、悪い奴じゃないのは知っていたから元彼と一緒になって遊びにいくことが多かったのだ。
そいつは常に女をとっかえひっかえしているようなチャラい奴で、手が早いことでも有名だったが、私の気持ちを知ってか手を出してくる事はなかった。
実家が金持ちらしいし、交友費はいつも奴持ちだったことが多い。
まあ元彼も私も断っていたが、奴のワガママで遠出をする時は払ってもらっていた。
あいつには金目的で近づいてくる奴が多かったけど、元彼だけはそういう色眼鏡では見ていなかった。
二人ともイケメンだったから、よからぬ妄想をする腐った女子も多かった事でも校内で有名だった。
元彼と付き合って、デートを重ねて、少しずつ距離が近くなって、初めてキスをした。
彼のお誕生日に初めてお泊まりして、処女を捧げた。
そっから二年弱。私達は順調に付き合っていた……かに思えた。
だけど私は、彼に対して少しずつ劣等感を感じるようになっていった。
あまりにも高すぎるスペックに対して、自分の貧困な精神がだんだんと追いつけなくなっていった。
元彼は私の事を愛してくれた。それはもう一心に愛してくれた。
私にはその愛が重かった。いや、私の方が劣りすぎて引け目を感じてしまっていたのだ。
愛されて愛されて愛され過ぎて……フッと、自分みたいな軽いノリの女がそばにいても良いのだろうかと思い始めた。
こんな女がそばにいちゃいけない。彼の本当の幸せを邪魔してしまう。
その頃の未熟な私には、彼のそばにいることがたまらなく惨めになってしまったのだ。
相変わらず優しくて、気遣ってくれて、最高の彼氏なのは変わらない。
彼には何の落ち度もない。だけど、私には耐えられなかった。
彼の瞳に映った自分の姿が、みずぼらしくみえて、惨めだった。
それを見破られるのが怖くて、些細なことでイライラしてしまい、彼に八つ当たりするようになった。
今思い出しても申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
彼は私がどんな理不尽な怒りをぶつけても、聖人君子のように怒りが収まるまで慰めてくれた。
ほっといてほしいという私の意見を無視して、悩みがあるなら相談してほしいと、ずっとずっと気遣ってくれた。
心っていうのは凄く面倒くさくて、ほっといてほしいと言いながら、絶対にほっといてくれない彼の優しさがたまらなく嬉しかった。
なのに、その優しさが自分の惨めを加速させて耐えられなくなってしまう。
彼が嫌いになった訳じゃない。そんな要素は一ミリも存在しない。
むしろ、成長できない自分が嫌いで、彼のそばにいるとそれを自覚させられてしまうことが辛かった。
だから私は、彼に別れを切り出した。
自分の心の内を全部
彼は、とっても寂しそうに……でも、私の気持ちを尊重して別れを承諾してくれた。
それが間違いの始まりだった。
離れてみると、だんだん分かってくる。
手放してしまったものの大きさに気がついてくる。
普段はものが言えるくせに、いざ恋愛のこととなると途端に奥手になってしまう私は、よりを戻そうという一言が言えなくなってしまったのだ。
一度心が逃げてしまうともう勇気を出すのが不可能になってしまう。
私は逃げた。
本当はきっちりとお礼と謝罪をして、さようならを言うのが人の道だと思う。
だけど、私は、肯定されて見送られることも、否定されて引き留められるのも辛かった。
だから、黙っていなくなったのだ。
それで彼がどれだけ傷ついたのかも考えず、自分の後ろめたさと向き合えない事を言い訳にして逃げるように引っ越した。
ほんの一言、「ごめんッ! 私が間違ってたっ! また彼女にしてくださいっ!」
たったそれだけで、私は幸せを取り戻せるはずだった。
私はパティシエの専門学校に通うために親元から離れ、このマンションにやってきた。
そこで出会ったのが、後の親友となる女の子【柳沼
私達は同い年だったこともあり、すぐに意気投合した。
お互い恋愛に不器用だったこともあり、性格は真逆なのに馬が合った。
お人形さんみたいに可愛くて儚げで、お淑やかで物腰柔らかな『THE女の子』って感じのカスミン。
きっとこういう女の子が元彼にはふさわしかったんだろうなって、また劣等感を抱きそうになった。
でも話してみると彼女はとっても恋愛に奥手で、思った以上に不器用な性格をしていた。
そこに共感した私は、彼女が付き合っているという男の話を何度となく聞くことになった。
何というか、女というものをまるで分かっていないバカ丸出しのクズ男って感じがする。
だけどカスミンが好きだって言うし、自分だって恋愛で不器用なまねをし腐ってきたバカ女なんだから強く言うのもはばかられた。
なんだか元彼の親友だったあのバカ男にそっくりだとも思っていたけど、そんな偶然あるわけないし別人だろう。
だけど、なんだか最近その様子がおかしい事に気がついた。
まるで別人なんじゃないかって思うくらい、あり得ないほど紳士的な男になっている感じ。
まるであのバカ男が元彼になったかのような。そんな印象すら受けるほど別人の話をされているみたいだった。
だけどカスミンが凄く嬉しそうで、楽しそうで、見たことのない顔で笑っているのを見ると何も言えなくなってしまう。
◇◇◇◇◇◇
「うん、それでね、あんなに気持ち良くなれたのは生まれて初めてで、セックスってあんなに気持ち良かったんだって、ようやく分かったんだ」
それは夏休みも間近なある日のこと。
いつものようにカスミンと夕食を一緒に摂っていた時のこと。
くだんの彼氏とようやく気持ち良いセックスができたんだと、はにかんだ顔で報告してきたカスミンに違和感を覚えていた。
なんだか、これほど違和感のある話はない。
だってあまりにも唐突に変わりすぎなのだ。
私が聞いている限りじゃ、カスミンの彼氏はセックスが絶望的に下手くそだ。
しかも欲望に素直で自制が利かない猿男。
生でやろうとしない所だけは評価できるけど、カスミンが拒んでいるからだし、セックスの仕方は身勝手そのものという印象だった。
それがどうだろう。まるでウチの元彼のようなあり得ないほどのテクニシャンに変貌しているかのような……。
これはもう彼氏が交代したのだと確信した。
カスミンはそれを何らかの理由で言いたがらないけど、噂に聞いていたダメ彼氏では、ある日突然そのような手練手管を身につけるなんて不可能だと思う。
だから私はそれを素直に疑問としてぶつけてみた。
どう考えたっておかしい。
カスミンは嘘がつけない子だと思ってたけど、それでも本当のことを言わないのはよっぽどの理由があるからだと今までは深く突っ込まなかった。
だけど今回だけは見逃せない。
だって彼女は今、酷い顔をしている。
落ち込むとか悩むとかそういうレベルじゃない。
心が葛藤しすぎて疲弊しきってやつれてすらいる。
「ねえカスミン。正直に答えて欲しいんだけどさ」
「な、なに?」
「カスミンが言ってるこの一ヶ月のデート相手、私が聞いてきた彼氏とは別人だよね?」
「そ、それは……」
「今までなんか理由があるんだと思ってあんまり突っ込まなかったけどさ、絶対おかしいって、いくら何でも分かるよ」
「……ッ」
あまりにも分かりやすい反応に、やはりという確信を得た。
私は心配になって突っ込みを入れずにはいられなかった。
「あのさ、まさかとは思うけど浮気とかじゃないよね? 彼氏と別れたって話聞かないし、今までの彼氏とあまりにも別印象だし、私心配で」
「う……、うん。浮気、じゃない、と思う」
浮気じゃないと彼女は言う。だけど恐ろしく歯切れが悪いのは何故だろう。
それはまともな理由じゃないからに違いなかった。
「ねえカスミン、私カスミンの親友だと思ってる。困ってることがあったら力になってあげたいって思ってるよ。誰かに脅されたりしてない? 変な奴につきまとわれてたりしてないよね?」
「そ、それは大丈夫ッ。うん、ごめん、実はちょっと説明にしにくい状態だったから、上手く言えなくて、今までごまかしてた……ごめん」
やっぱりか、と納得がいった。
取りあえず脅されてたりしている訳じゃないことに安堵するも、まだ疑問は晴れていない。
こうなっては引き下がる訳にはいかなかった。
私は徹底して理由を聞き出すまで帰らない事を決めた。
「実は……うちの彼氏がね……その」
カスミンはポツポツとこの一ヶ月ほどで起こっていた事態について説明を始める。
「……はあ?」
「えっと、だからね……」
そして私はその内容に、あまりにも酷い内容に絶句してしまった。
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