第23話 彼女からの救難信号

 数日後……。


「いやぁ、最高だったよっ!! 本当に最高だったッ!! ゾクゾクしたよ。もう本気で心変わりしてしまったのかと思ったくらいだったっ!! 冒頭のやり取りだけで5発はヌイたッ!!」


 俺は高彦と二人で講義を受けた後、行きつけのファーストフード店へ訪れ、先日の動画の感想を聞いていた。


 いや、聞きたくもなかったが強制的に連行されたのだ。



「声がでけぇよ。それで、佳純かすみちゃんとは上手くいったのか?」

「ああ。あの後すごく興奮しちゃってさ。今までで最高のセックスができた! 本当に最高だった!」


 だから声がでけぇってのっ。


 そう訴えたが、興奮しすぎた高彦は聞いちゃいなかった。


「この一ヶ月、ものすげぇヤキモキさせられたよ。本当に佳純かすみがお前に取られちまうんじゃないかって。心変わりしちゃうんじゃないかって」


 そう思うのなら、阿呆な提案しなきゃ良いのに、と思ったが、彼にとってはそういうことじゃなかった。


「その焦燥感がたまらねぇんだ。普段のさ、いつもと変わらない佳純かすみと、お前のデート日の前日になるとウキウキしてる姿とか、楽しそうに出かけて行くアイツのギャップが凄くて、俺のことなんてもう興味なくなってるんじゃないか、本当に奪われちまったんじゃないか、俺に気取られないように演技してるんじゃないかッ、それでも隠しきれないほど勇太郎と会うのが楽しみなんじゃないかってッ」


 そうか、佳純かすみちゃん、俺とのデートを楽しみにしててくれたのか。


 そういうのを聞くと、少し救われた気持ちになる。

 まあ、結局高彦のもとへ戻っていったわけなのだが……。


 女心はよくわからんな、本当に……。俺の予想は当たっていなかったのか。


 それとも、まだ思い出せていないのだろうか。


 プラスチックのコップに入った氷をストローでカラカラと掻き回しながら、そんなことを考える。



「それでも佳純かすみが向けてくれるいつも通りの笑顔が眩しくて。焦燥感と安堵と、その裏に出てくる疑心暗鬼の気持ちが入り交じってゾクゾクしちまうんだよ」


 普通はそこで後悔しそうなもんだが……性癖というのは本当に度しがたいものだ。


 普段以上に饒舌になっている高彦の話を半分以上聞き流しながら、俺は佳純かすみちゃんの事ばかり考えていた。


「そこに来てあの動画だよ。俺のセックスって本当に独りよがりで佳純かすみを気持ち良く出来てなかったんだって思い知らされてさ。これからはもう佳純かすみに痛い思いはさせないって誓ったよっ!」


「逆に今まであれだけ女と付き合ってきて気がつかなかったのかよ……」


 そういえば、こいつはモテるのに短期でフラれることが多かったが……。


 高彦はアレを見て自らの過ちに気が付いてくれたってことか。


 それが本当なら、良かった。

 良かった……んだよな……。




「だから勇太郎、本当にありがとう。人生でこんなに興奮した一ヶ月はなかったよっ!!」


 のべつ幕無しに喋り倒す親友に若干呆れながら、彼らが如何に幸せな時間を過ごせたかを聞かされた。


 正直なところ、複雑である。

 結局俺は道化を演じただけではないか。

 そんな思いが沸き上がってくるのだ。


 佳純かすみちゃんのことは、正直いまでも好きだ。

 割と本気で寝取ってしまいたかったという思いは、確かにあったし、その手応えもあった。


 だが、結局俺は二人の関係修復に重きを置いた。

 だって俺が本当に寝取ってしまったら、きっと高彦は悲しい思いをするだろう。


 俺は寝取りも寝取られも寝取らせも全部全部大ッ嫌いだ。


 なぜなら、それは『相手の不幸の上に成り立っている快楽』だからだ。


 いつか誰かが不幸になるリスクの上で成立する快楽なんてものは、どっかのタイミングで必ず破綻する。


 今は楽しんでいる高彦だって、佳純かすみちゃんが本気で他の男のものになることを望んでいるわけじゃないのがその証拠だ。


 今後はこれに懲りたら彼女を不幸にする提案はしないように言っておかねば。


「そうか、まあ二人が幸せそうで安心したよ。じゃあこれに懲りたら――」


 俺がそう言おうとした瞬間、被せるように高彦の暑苦しい顔が迫ってくる。


「それでな、勇太郎ッ」


 これに懲りたら二度と……、なんて言おうと思ったら、やはりというか当然というか、予想した通りの言葉が出て来たのである。


「もう一度だけ、頼みたいッ!!」


 案の定である。こいつは本当に……俺が文句を言おうと口を開きかけた時、次の言葉でそれを呑み込まざるを得なかった。


佳純かすみがな! そんなに気に入ったのなら、勇太郎にもう一度頼んでくれるって、言ってくれたんだよっ!!!」

「お前が先に言ってどうするんだよ……」


 俺は呆れるしかなかった。


 佳純かすみちゃんの真意は分からないが、これはもう本当に寝取ってしまえと神様に言われているのだろうか。


 その時、俺のスマホにメールの着信があったことを告げる電子音が鳴る。




 それは、いつものグループではなく、俺個人にひっそりと送られてきたメール。


 興奮と喜びで再び熱弁する高彦を差し置いてメールを開くと……。


「これは……なんともな」


 どうやら高彦にとっては自業自得というか、そういうことを告げる内容だった。



【差出人:柳沼 佳純かすみ

 [件名:もう一度お願いします]

【本文:あれからずっと勇太郎君との時間が忘れられないです。この気持ちをハッキリさせたい。だからもう一度お願いできませんか?】


 どうやら、佳純かすみちゃんは自分の気持ちの揺らぎに気がついたらしい。


「おいたかひ……」


 その内容を告げようとして、やめた。

 彼は、二回目の寝取らせを願った。それは佳純ちゃんの方から提案されたという。

 

 そしてこのメール。彼女の心情はいかばかりか。

 

 この責任は取らないといけないな……。


 そして、俺自身の気持ちも、ハッキリさせる。


 もう迷う必要はなさそうだ。俺も今度は手加減しない。


 そう決意する俺。二回目の寝取らせへの想いを嬉々として語る高彦。


 大切にすると誓ったはずの女を、再び喜んで差し出そうとするこの男に、溜め息をもらすしかなかった。


 だけどその熱意の裏に、高彦の密かな"決意"があったことを、俺は後で知ることになる。




――――――――――――


※高彦君びいきの作者より補足

ここで高彦君を「こいつどうしようもねぇバカだな。結局性癖に抗えてないし、何も反省してねぇじゃん」と思った方、第2章の彼を是非みてやってください。

ここで言っている事の裏で何を考えていたのかを。


 ここまでの読了ありがとうございます

 第1章最終話は、本日17:05に投稿されます。

 どうぞお楽しみにッ!


★★★レビュー、ご意見ご感想、お待ちしてます★

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