第20話 寝取らせの後


「ううっ、佳純かすみ……俺の佳純かすみが……」


 とある高級マンションの一室。

 学生の身で一人暮らしするには不相応すぎる広い部屋で、一人の男が無我夢中で映像を凝視していた。


 パソコンのモニターに映り込んだ可憐な女性は、その男のパートナーである【柳沼佳純かすみ】である。


 カメラに向かって大きく足を広げる自分の恋人が、自分以外の男と嬉しそうに睦み合っている姿を見て、男の背徳的な欲望は最高潮を迎えていた。


 佳純かすみの口から明かされる自分との交際の真実。

 如何に独りよがりで、如何に相手が不満を抱いていたか、反省することしきりであった。


『痛くて乱暴なだけの高彦君より、優しくて、温かくて、気持ちイイのいっぱいくれる勇太郎君の方が……』


「うぅああ、佳純かすみぃいっ!!」


 高彦はそこで目が覚めた。

 目の前にはつけっぱなしのパソコンがファンの回転音を鳴らしている。


 そして再生した動画は終了しており、恋人の寝取らせ動画を見ながら、何も履いていない下半身を投げ出したまま気絶してしまっていた。


 椅子とパソコンデスクの周りには、自分が解き放ったであろうものが大量に付着してカピカピに乾いていた。


「気絶するまでやっちまうとは……。ははは、俺って奴は……」


 満足だった。

 背徳感と敗北感。


 男の機能で勝っている筈の自分が、自分よりモノが小さな親友に自分の大切な彼女を寝取られてしまった。


 興奮は沈静化し、気怠げな満足感と共にやってくる強い恐怖。


 あれだけの不満を並べられ、果たして本当に自分の元へ戻ってきてくれるのだろうか。



 結果として佳純かすみは戻ってきた。


 その男、寝取らせた側の当事者である高圓寺高彦は、強い後悔と共に愛しい恋人が戻ってきてくれたことに安堵し、誠心誠意謝罪した。


 

 これからは佳純かすみのことを思ったセックスを心がけて頑張るから、どうか見捨てないで欲しい、と。


 佳純かすみは少し笑いながら、泣かないで欲しいと告げた。


 その日、高彦は今までに無いくらい佳純かすみを熱烈に求めた。


 それは今までよりも、激しく、情熱的に、しかし丁寧に。

 佳純の反応は今までとまったく違っており、それが勇太郎によって引き出されたものであることを自覚し、更に興奮が募った。


 高彦はこれまでの自分では有り得なかったくらい、何度も何度も求めた。


 しかし、その興奮が再びせり上がった頃になって、佳純かすみは、生理が始まったことを理由に高彦とのセックスを断った。



 高彦は残念そうにしながらも、興奮と熱情と愛しさが募り、動画で彼女が言っていた前戯に対する不満を学習し、これからは必ず満足させられるように努力すると誓いを立てた。


 その日、佳純かすみは高彦から宣言される『これからはもっと大事にする』という発言に、自分の思いを言い出せずにいた。


 高彦が半笑いで喜ぶ姿を見て、佳純かすみは声にならず微笑みを浮かべるしかなかった。


 その代わり、あの後動画を見てどう思ったのか、その感想を求めた。


「高彦君……私と勇太郎君のセックス、どうだった? 興奮、してくれた?」


「あ、ああ。最高だったよ。こんなに興奮したのは初めてだった」

「そっか……良かった。高彦君に喜んで貰えて……」


「約束、だからな……もうこういうことは……」



 人の欲望というものは拡大するものである。



 後悔と共に二度と佳純かすみを失うようなリスクは犯すまいと思う一方で、ほんの一回しかセックスシーンがなかったことに若干の不満を覚えていたのも事実だった。


 その僅かな不満が、高彦の言葉を少しだけ鈍らせる。


 だが彼にとって佳純かすみは絶対に失いたくない大切な人であることに変わりは無い。


 だから自分の欲望は封印して、二度とこんな無茶なお願いは言わないからと、そう、宣言しようとした。


「金輪際こんな無茶なお願いは――」


 だが――


「そんなに気に入ってくれたのなら、もう一度、やってみようか……」

「え?」


 それは高彦にとって嬉しくもあり、また想定していなかった言葉でもあった。


 その衝撃的な発言に驚きを隠せない。


大丈夫だって分かったから……。は絶対に嫌だけど、もう一度勇太郎君にお願いしても、良いよ?」


「か、佳純かすみ……やっぱり勇太郎に心変わり――」


 その言葉に被せるように、佳純かすみは高彦を焚き付けるように言葉を続ける。


「わたし、高彦君に喜んで欲しかったから。だから頑張ったの。だから、もう一度頑張らせてくれないかな?」


 それは自分の事が好きだから。そう解釈した高彦は、飛び上がって喜びながら肯定の意を示した。


 高彦は気が付いていない。

【喜んで欲しかった】【頑張った】

 全て過去形だったことに。


『他の人とは無理だけど、勇太郎君なら』


 その他の人の中に、自分自身も含まれていることを。


 そして佳純かすみの【もう一度頑張る】の真意は……。




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