第19話 複雑すぎる感情【side佳純】
私は勇太郎君の熱量を内側に抱え込んだまま高彦君を呼び出した。
高彦君は興奮した様子で私の家までやってきた。
「か、
「大丈夫って、何が?」
「その……気持ちとか……、気分とか」
「うん、大丈夫。勇太郎君、とっても優しかったよ。あんなに感じちゃったのは、生まれて初めてだった」
「ッ……そ、そうか」
高彦君は玄関の扉を掴みながら、ソワソワした表情で私を見ていた。
そんなに早く見たいんだ……。少しだけ寂しさを感じながら、私はそれを差し出す。
「これ」
「このSDカードに、入ってるのか」
「うん。一緒に、見ようか」
私が提案した言葉に、高彦君がなんとも言えない恍惚の表情を浮かべる。
興奮と、申し訳なさと、抑えきれない欲望。
そんな様々な感情がごちゃ混ぜになった複雑な表情でモニターの前に座る。
「お、おおっ……」
動画が始まり、私と勇太郎君の姿が映し出される。
ふと見下ろせば、高彦君のそれはムクムクと大きくなってきているのが分かった。
もうこんなに興奮してる。よっぽど楽しみだったんだなぁと、私はどこか冷静に見ていた。
『……ほら、カメラに向かって教えてあげて。今までこんなに感じたことがあったかな?』
『ないです……高彦君とは、こんなにいっぱい感じたこと、ありません』
『そうだね。もっと具体的に。キミが感じた快感の強さを、具体的に教えてあげなよ』
『う、うん……前戯だけで、こんなに気持ち良いこと、なかった……勇太郎君の手、高彦君より、ずっと上手、だったよ……』
「う、おおお……」
高彦君は私が勇太郎君に感じされられている所を食い入るように凝視する。
私は彼の隣にそっと近づいて股間に手を伸ばす。
「え、か、
「興奮してるよね? 気持ち良くなっていいから」
かつて無いほどに固くそびえ立っているそれを見て、ほんの少しだけ悲しくなった。
今までより、ずっと固い。
勇太郎君のとは違う、太く大きなそれは、ある意味で強い雄の象徴なのかもしれない。
私にとっては違ったのだ。
ただ怖いだけだったソレも、勇太郎君とのセックスを経た今では少しだけ違って見える。
今まで気がつかなかった高彦君の素直な反応が、感じた事のない感情を生起させる。
それは愛おしさなのか、あるいはもっと別の感情か。
まだ自分でもよく分からない。
だけど、今まで見えていなかったものが少しずつ見えてくる感覚に、私も少なからず興奮を覚えていた。
そして高彦君は果てた。自分からこんなことをしたのは、初めてだった。
まだ動画は半分も終わってない。でも高彦君はそこで動画を止め、私の方を見つめてくる。
「か、
「え?」
ティッシュで拭き終わって手を洗ってきた私に、高彦君は唐突にそう言った。
そして居住まいを正し、たぶん、付き合ってからほとんど初めてと思える謝罪の言葉を口にした。
「俺、今までずっと自分勝手だった。俺の思いをぶつければ
うっすらと浮かび上がる涙が、その思いの強さを現わしているように見えた。
「これからはもっと
私は、自分の思いは告げずに高彦君に問うた。
「高彦君……私と勇太郎君のセックス、どうだった? 興奮、してくれた?」
「あ、ああ。最高だったよ。こんなに興奮したのは初めてだった」
「そっか……良かった。高彦君に喜んで貰えて……」
「約束、だからな……もうこういうことは……」
そこまで言って、高彦君は言いよどむ。
そこで私は気がついてしまった。彼の視線が、パソコンに映った停止画面をチラリと見ていたことに。
「金輪際こんな無茶なお願いは――」
私は彼の言葉を遮って、こういった。
「そんなに気に入ってくれたのなら、もう一度、やってみようか……」
「え?」
「
「か、
彼の言葉に被せて、私は続ける。
「わたし、高彦君に喜んで欲しかったから。だから頑張ったの。だから、もう一度頑張らせてくれないかな?」
ズキン、ズキン、ズキン、ズキン……。
心の痛む音が聞こえてくるようだった。
だってそれは、きっと高彦君のためじゃなかったから。
だけど彼の顔は、歪むように笑っていた。
抑えようとしても抑えきれない興奮がにじみ出ている。
「そ、それは……」
「勇太郎君以外は嫌。でも、勇太郎君なら大丈夫なの。私、高彦君に喜んで欲しかったから、もう一度お願いしてみる。それにね、言ってくれたの。高彦君がもう一度をお願いしてきたら、遠慮無く言って欲しい、って」
「勇太郎が、そんなことを……」
「だから、勇太郎君になら何度でもお願いできるんだよ。願いを叶えてくれるの」
ズルい。卑怯者。ズルい。卑怯者。ズルい。卑怯者。
自分の中でそんな言葉が繰り返し浮かび上がってくる。
私は、自分の本心を覆い隠して高彦君の言葉を遮りながら再びのネトラセを提案する。
勇太郎君となら平気。
他の人とは嫌。
その真意に含まれた意味は……。
「
「きゃっ」
高彦君に抱きしめられ、嗚咽を漏らす彼の背中を撫でる。
何度も何度もありがとうと呟く彼の言葉には、喜びと悦楽が含まれている気がした。
「
「あっ……た、高彦君……」
覆い被さってきた身体が体重を掛けて押し倒してくる。
「
そして、私は高彦君とセックスした。それは今までの痛いだけだった苦痛ばかりのものではなく、確かな快感を感じる事ができたのだった。
だけど……。私は一度も高彦君の「愛してる」に返事をすることができなかった。
◇◇◇
「
「高彦君……」
高彦君は、今までよりも一層激しく、でも私の体を気遣った丁寧なセックスを心がけてくれた。
それはこの1年で感じてきた、どのセックスよりも、彼の体温をちゃんと感じる事ができる、最高のセックスだった。
私は、ここで選択しなければならなかった……。
ズキズキと心が痛む。
(勇太郎君……)
高彦君に抱かれながら、私の心に去来するのは、勇太郎君との比較ばかりだった。
数時間後、私は高彦君に手料理をご馳走し、多分、付き合ってから初めてと言えるくらい、カップルらしい時間を過ごした。
「
高彦君は、これまでには有り得なかったくらい何度も私を求めて来た。
「んっ、んんんっ、た、高彦君、待って」
「どうした
押しのけてしまった私は、とっさに嘘をつく。
「ごめんね、実はついさっき生理が始まっちゃって……。今日はセックスは無理そう。だから、ほら。これ持って帰って」
私はパソコンから外したSDカードを高彦君に渡して握らせる。
「まだまだいっぱいエッチなことしてるから。私はこれ以上自分の姿を見るのは恥ずかしいけど、私のエッチな姿を見て、いっぱい気持ち良くなってね」
暗に「もう帰ってくれ」と言っているようなもので、私の心に暗い影を落とした。
「あ、ああ、分かった。じゃあ持って帰るよ」
高彦君はそれ以上は求めず、帰り支度を始める。
心臓がチクチクと罪悪感で締め付けられるが、今日はもう高彦君とセックスをする気分じゃなかった。
でも、心のどこかで安堵していた。
「じゃあ、また明日、大学でな。朝、迎えに来ようか?」
「ううん。大丈夫。ありがとう」
「ああ、じゃあ」
そう言ってソワソワとしながら、急ぎ足で帰って行く高彦君を見て、複雑な思いがわき上がる。
(よっぽど楽しみなんだな……)
廊下を小走りで駆けていき、いそいそとエレベーターに乗り込む彼はこちらを
(私より、寝取らせ動画なんだ……)
自分で帰らせておきながら、そんな風に思ってしまう。
でも、やっぱりどこかで安堵していた。
「ごめん高彦君……
それは、この身体に残った勇太郎君の熱量をこれ以上、上書きされたくなかったから……。
私は急いで全ての衣服を脱ぎ払い、勇太郎君からプレゼントされたワンピースを抱きしめる。
「勇太郎君……」
そしてパソコンに向かってスイッチを押し、
罪悪感を抱きながら、再び勇太郎君の姿に見入ってオナニーを始めるのだった。
【他の人とは嫌】の中に、確実に高彦君が含まれ始めていることを、私は無意識のうちに行動に出してしまっていた。
ここが、運命の分岐点だったんだと思う。
後になって思えば、高彦君が一瞬でもあの動画に未練の視線を向けなければ、私はここで彼に寄り添う未来の選択に迷うことはなかったかもしれない。
そんな気持ちに、この時は気が付いていなかった。
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