第17話 このまま君と……


「すぅ……すぅ……」


 純粋無垢な寝顔の美少女が、俺の隣で眠っている。

 この穢れない寝顔を見ていると、とても昨日淫らに喘いでいた女性と同一人物とは思えないな。


 今は既に翌朝。

 俺達は結局一回しかセックスをしなかった。


 一度のセックスに精魂を込めすぎたのか、佳純かすみちゃん自身の消耗が思ったより激しく、事後にベッドで横になった瞬間にウトウトし始め、シャワーも浴びずにそのまま眠ってしまったのだ。


「ん……あれ、わたし……」

「おはよう佳純かすみちゃん。もう朝だよ」


「ああっ、ご、ごめんなさい……私、眠っちゃったんだ」

「うん。可愛い寝顔だったよ」


「も、もうっ、意地悪ッ!! 私……あれからどうしたんだっけ……」

「覚えてないの?」

「う、うん……後半の方は夢中になっちゃって……」

「俺がどんなこと言ったか覚えてる?」


「……、うーん、思い、出せないや……もの凄く、気持ち良かったのだけは覚えてる」

「そっか。まあ無理して思い出す必要もないさ。気分が落ち着いたら記憶が蘇るかもしれないしね」

「うん、そうだね」



 どうやら高彦の事をどうして好きになったのか、という問いかけのことも覚えていないようだ。


 彼女が高彦に抱いていた好きの正体。


 それは、恐らくただの執着だろう。


 自己肯定感が恐ろしく低く、自分の意志をハッキリ伝えることができない気弱な性格が災いして、自分の気持ちというものを理解する力が弱い。


 それがここ一ヶ月で見てきた柳沼佳純かすみという女の子の性格だ。


 第三者から、例えばこれが小説などの物語の話だとして、佳純かすみちゃんと高彦の交際を端から見れば「なんでこんな奴と一年も付き合えたの?」と揶揄される事だろう。


 スッキリとした判断をできない人を端から見れば人はイライラするものだ。


 佳純かすみちゃんが物語の登場人物なら、読者はきっとイライラする人もいるかもしれない。


 確かに起こったイベントを並べ立て、他人から見れば不可解極まりないだろう。


 だがそれは当事者である佳純かすみちゃんにはどうしようもなかったのだ。


 これは彼女の非常に真面目な性格が悪い方向に影響してしまったことが原因だろう。


 本当に好きかどうかも分からないけど、それでも『初めての彼氏をと"努力した"』結果、本当に好きである気持ちと、好きになろうと努力している自分の気持ちがごちゃ混ぜになって、自分でもどっちが本当なのか分からなくなっているに違いなかった。


 繰り返しになるが、これは真面目なのに意志の弱い人によくある特徴だ。


 自分に自信が無いから、他人の言葉や他人の常識、あるいは意見、知識などに左右されてしまう。


 恐らく彼氏というものがどういうものか知識も経験もないままに、少し不満があるからといって簡単に見限ることができなかった。


 そして意志が弱いが故に、押しの強い高彦に意見をすることもできなかった。


 

 だが、恐らく今ここでそのことを指摘しても、彼女は納得できないだろう。


 混乱させてかき乱してしまうだけかもしれない。


 ならば時間をかけて彼女自身でその意味を咀嚼してもらうしかない。



 自分が本当に高彦が好きなのか。

 そうでないと気が付いた自分が、それでも高彦を好きになろうと努力するのか、本当の気持ちに気が付いて別れを切り出すのか。


 あるいは、そのことに高彦自身が気が付いて二人が歩み寄ることになるか。


 どうなっていくのかは分からない。


 俺は、自分の気持ちを伝えるべきだろうか。



 昨日のことを覚えていない以上、今ここで伝えても戸惑わせてしまうだけになってしまう気がする。


 今回はここら辺が限界だな。


 ◇◇◇◇◇


 それから寝汗を流すためのシャワーから上がり、お互い照れながら無言で衣服を着直していく。


 俺が贈ったワンピースではなく、元々着ていた衣服を着用しているのを見て、嗚呼、やはり彼女は俺の恋人ではないのだと、一抹の寂しさを感じてしまった。


 どこかで、期待していた。

 彼女がこのまま俺を選んでくれることを。


 しかし、現実は非情だ。

 彼女は、佳純かすみちゃんは……高彦の恋人なのだ。


 ベッドから起き上がった佳純かすみちゃんは、別々にシャワーを浴びる事を望んだ。


 俺は何も言わずに承諾し、各々が淡々と帰る準備を始める。


「それじゃ家まで送っていくよ」

「うん。ありがとう」


 録画したSDメモリーカードをケースにしまい、ビデオカメラを片付ける。


 心に拡がる寂しさを彼女に悟られないように隠しながら、デートを終わりまで楽しんだ。


 ◇◇◇◇◇


「それじゃあ、今日まで本当にありがとうございました。お礼は、またいつか」

「いや、俺もこの一ヶ月、本当に恋人が出来たみたいで楽しかった。正直名残惜しいけど、約束だからね」

「うん……」


 彼女の寂しそうな笑顔が突き刺さる。


 彼女も、惜しいと思ってくれているのだろうか。

 俺に、情が移ってくれたりしないだろうか。



(このまま俺と……)


 その言葉が喉まで出かかって、懸命に堪える。

 それを言ってしまったら、俺は親友と好きな人、二人を失ってしまいかねない。


 なんだかんだで、俺はまだ二人とも失いたくないと思ってしまっている。


 彼女と高彦が分かり合える可能性が残っている以上、横槍を入れるのはルール違反だろう。


 これは、俺が今回のことを引き受けるに当たって自分に課したルールだった。


「それじゃあ、動画のカードは俺から渡しておくよ」

「大丈夫……、私から渡しておくから」

「そうかい? 無理はしないでね」

「うん。ありがとう」


 だが、高彦の拗らせた性癖のことを考えると、佳純かすみちゃんには逃げ道を残しておいた方がいい気がする。


 俺はできるだけイヤらしくならないように、彼女が今後同じような提案をされて困ったら、すぐに相談するように進言することにした。


「あのさ……これはまったく変な意味じゃなくて、さ」

「うん……」


「また高彦の奴が性癖をこじらせて同じ事を言ってきたら、迷わず俺に相談してよ。またキミとセックスしたいってことじゃなくて、いや、そういう気持ちもあるけど、そうじゃなくて、キミが嫌がることをさせたくない」


「うん」


「高彦のことが好きで、アイツの願いを叶えてあげたいって想いは凄いと思う。まあ、本当はそういうことは断れるのが一番だと思うけど、アイツは押しが強いから……」


「うん……そうだね」


「だから、どうしても断るのが無理だったら、すぐに相談してくれ。変な言い方だけど、俺ならいつでも受け入れるから。もしも俺以外の誰かとセックスしてくれ、なんて言ってきたら、今度こそぶっ飛ばしてでも止めるから、すぐに相談して欲しい」


 高彦が嫌になったら俺の所へおいで。そう言いたくなる自分の浅ましさが嫌になる。


「うん。ありがとう勇太郎君……。その時は、お願いするね」


「ああ。キミの幸せを願ってる。高彦と良い関係を続けてくれ。それじゃあ、また大学でな」


「うん。また、ね……」


 後ろ髪を引かれる思いはあったが、それ以上は余計なことを言ってしまいそうだったので、俺はその場を立ち去った。

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