第16話 心の本音を引き出して
彼女の不感症の始まりは、そもそもからして高彦への不満、それもセックス以外のところに起因している。
多分だけど、
心と体が乖離して、気持ちの上では好きだと思っている筈の相手とのセックスを身体の方、もっというなら心の奥底の方が拒否反応を起こしている。
セックスとは、お互いの気持ちの交換だ。粘膜接触が気持ち良いのは男も女も変わらない。
しかし、最高に気持ち良いセックスとは、やはり愛のあるセックスではないかと、俺は思う。
お互いの気持ちが合致しあった時、最高の快楽が生まれる。
セックスにおいて前戯と後戯が重要とされるのは、そういった心の距離を密着させてこそ快感と幸福度がマッチするからだろう。
だからこそのインターバル。だからこその、信頼関係を築くためのデートを重ねてきたのだ。
表面的には高彦への思いがあるが、心の深いところでは俺への信頼を刻んでくれている。
俺は彼女に精一杯の愛情を込めてデートをしてきたつもりだ。
それに加えて丁寧に愛撫し、どうしたら彼女が喜んで貰えるかを常に念頭に置いてきた。
「
「凄く楽しかった。……デートで、沢山エスコートしてもらって……沢山優しくしてもらって……今まで、感じたことのないくらい幸せなデートしてもらったの……本当の恋人って、あんな気持ちになるんだって、初めて分かった……」
カメラの前でそう語る彼女。それは高彦に対する不満の吐露だった。
そのあいだ、恐らくはこれまで心の内に秘めていたであろう、彼女の本心を次々に吐露し始めた。
「キスも、おっぱいも、凄く気持ち良くて、高彦君がくれなかった初めて、勇太郎君にいっぱいもらっちゃった。セックスだけじゃない……私を、女の子として、沢山優しくしてくれた勇太郎君に、私、寝取られちゃうんだよっ……!」
それは、もしかしたら
彼女自身が蓋をして見ないようにしていた、高彦への不満。
それを比較する対象と出会ったことで、今まで自覚していなかった不満足を自覚してしまったが故に出た言葉なんだと思われる。
恋愛経験が浅いが故に、気が付かなかった。
高彦という存在に……いや、初めての彼氏という条件に執着していたがゆえに目をそらしていた事実を突きつけられ、彼女はいま、初めて不満というものを自覚したのだ。
恐らくだが、高彦は俺が考えている以上に女の子に歩み寄っていなかったのだろう。
悪い奴ではないのだが、男女交際に関して詳しいことは知らなかったし、そうまで酷いとは思ってもみなかった。
俺自身も、自分が恋している
恐らくだが、
彼女の性格的に、致し方ないところもあるだろう。
だがその原因も、高彦が己の欲望をぶつけるだけの身勝手なセックスばかりを、未経験で知識もない
痛い思いしかしないのに積極的になることは非常に難しいだろう。
「さあ、宣言して。高彦と俺、どっちのセックスが良い?」
問いかけに対して、彼女の
「勇太郎くんっ、勇太郎くんのが良いッ……痛くて乱暴なだけの高彦君より、優しくて、温かくて、気持ちイイのいっぱいくれる勇太郎君の方が、ずっとずっと好き」
それは勝利した瞬間だった。もちろん完全に堕ちたわけじゃない。
一時的なものだ。
今日が終われば、それは一時の気の迷いであったことを自覚するだろう。
セックス一回で彼女を自分のものにできるなど思い上がらないほうが懸命だ。
俺は高彦に自分が
「
「分かんないっ、もう分かんないッ……高彦君が好きだった理由、思い出せないのっ、勇太郎君が、ドンドン私の中で埋まっていく……上書きされていっちゃう」
「これからはもう演技しなくて良いんだよ。高彦には自分の素直な気持ちで接すればいい」
「うんっ、もうしない。もう我慢しない。痛いセックスはもう嫌なの。気持ち良いセックスがイイ。勇太郎君のセックスの方が、ずっと良いの」
そして
◇◇◇
激しい交わりが終わりを告げ、佳純ちゃんは息を乱しながらベッドに身を投げ出していた。
「ああ、凄い……セックスって、こんなに、気持ち良かったんだ……知らなかった。こんなに満たされたの、初めてだよ……」
それは何気なく出た一言だったが、俺の承認欲求をこれほど満たしてくれる言葉はなかったように思う。
放心状態の
録画ボタンをオフにして、俺達の時間は終わりを告げた。
◇◇◇
【side
知らなかった……知らなかった……。
セックスって、こんなに気持ちよかったんだ。
幸せが、子宮の中に溢れてくる。
スキン一枚隔てた先に感じる熱量が身体の奥に届き、ビクビクと跳ねながら膨らんでいくのが分かった。
高彦君の感触が上書きされ、幸せの記憶として勇太郎君が入り込んでいく。
あまりにも幸せ過ぎて思考の全てが停止し、私はそのまま力なく背中をベッドに預けることになる。
勇太郎君のセックスは、何もかもが違った。
優しくて、温かくて、大きな大きな愛に包まれたような感覚。
(あれ……? それってどこかで)
身近な人物から同じような言葉を聞いたことがあったような気がした。
つい最近、誰かが同じ事を言っていたような……。
ぼんやりした頭ではそれを考える事が十分にできず、心地よい虚脱感に身を任せた。
「んっ♡」
ズルリ……と私の中から幸せの余韻が離れていき、思わずそれを逃がしたくないと下腹に力を込める。
だけど無情にもその熱量は逃げていき、私の中からいなくなってしまった。
寂しさから伸ばした手のひらは空中を彷徨い、彼の手には届かなかった。
後始末をする勇太郎君をぼんやりと眺めながら、私はこの感覚をもっと味わいたいと考えていた。
「はぁ……身体の力、抜けちゃった」
「お疲れさま」
勇太郎君の手が身体にこびり付いている汗や体液をバスタオルで拭っていく。
先ほどの愛撫と同じ優しい手つきで、全身に噴き出した汗とこびりついた体液を丁寧に拭き取ってくれた。
(高彦君は……すぐに寝ちゃってたな……)
ふと、そんな事を思い出した。高彦君とのセックスは、彼が満足するまでセックスしたらそれで終わり。
彼はそのまま寝てしまい、私は一人でシャワーを浴びることがほとんどだった。
「ありがとう……本当に、優しいね……」
「惚れちゃったかい?」
「……」
返答に困った私は曖昧に笑うしかなかった。
それを言ってしまったら、私は止まれなくなってしまいそうな気がした。
それは本心なのか、それとも熱に浮かされた幻の感情なのか。
私が逡巡していると、同じようにはにかんで「ごめん、冗談だよ」と、勇太郎君は微笑んだ。
その笑顔を見ながら、全身から力が抜けていくのを感じ、ドロリと意識を覆っていく睡魔が襲ってくる。
「ん……ゆう、た、ろう君」
「疲れちゃったかい?」
「ご、めん、なさい……」
「いいよ。ゆっくりお休み」
優しい手つきが髪を撫で、赤ん坊が母性に包まれるような、あるいは父の大きな手に抱かれるような、大きな大きな安心感と共に、私はゆっくりと意識を手放していった。
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