第15話 佳純ちゃんの心を溶かす

 佳純ちゃんのご奉仕がどうにもぎこちない。


佳純かすみちゃん、もしかして苦手?」


 黙りこくっていた佳純かすみちゃんだが、ゆっくりと頷く。


「高彦君のは、大きすぎてお口の中でうまく動かせなくて……」


 デカいというのも難儀なものなのだな。



 寝取りのセオリーとして、寝取られる側が彼氏を貶めるという展開は見た事があるが、オスとしての機能が上回っているのにそれを揶揄されるというのは新しいかもしれない。


 まあ、単に相性の問題なのだろうけど……。



「そうか」

「ねえ、教えてくれる?」

「良いよ。といっても俺自身が気持ち良いところを伝えるしかできないよ。それに、今君が気持ち良くしてるのは俺だからね。これは寝取りなんだから」

「うん、それで良いよ。ううん、ゆ、勇太郎君の気持ち良いところ、教えて……」


 そう言って、俺は彼女の小さな頭にそっと手を添えて引き寄せる。


 彼女は特に抵抗することなく、再び奉仕を始めてくれた。



◇◇◇


 佳純ちゃんは凄まじい勢いで奉仕を学習していった。


 苦手だと言っていたのに、こちらが伝えた意図を正確にくみ取り、実行する。


 正解を伝え、技巧の種類を伝え、俺の好みを伝える。


 するとどうだろう。ものの10分もしないうちにどんどん上達していく。


「最高だよ。凄く上手だった。俺のは、佳純かすみちゃんにとって相性の良い大きさかもしれないね」


 これも寝取りのセオリー。

 彼氏と寝取る側の比較によって、寝取られる側の敗北感が強くなる。


 え? なんでこんなに詳しいかって?

 この一ヶ月で俺も勉強したからだ。

 正直まったく楽しくなかったがな。

 心が抉られるような内容ばかりで辟易へきえきしてしまった。


 勉強が中途半端にならないようにできるだけエグい内容も習学してみたが、吐き気との戦いだったので二度と御免被りたい。



「うん、そう……かも……ご奉仕するのって、楽しく、なってきた……ん、勇太郎君の、気持ち良くなってる顔、わたし、好きだよ」


 ナチュラルに俺の意識を刈り取ってくる凶暴な魅惑ワード。

 そんなこと言われたら俺のチョロい小僧は簡単に滾ってしまう。


「お口でするとき、高彦君に褒められたこと、あんまりなかったから、嬉しい」


 何気にこの一言は高彦にとってダメージがデカいような気がするな。


 彼女が感じる初めてを、次々に高彦から奪い取っていく感覚がたまらない。


 多分、寝取りっていうのはこういうところに昂揚感を覚えるのだろう。


 倫理観云々はともかく、確かに途轍もない快楽で脳汁が溢れてきてしまう。


 高彦の場合は逆の立場だが。やはり俺には奪われることで快感を得るという感覚が理解できそうもなかった。


「ほら、まだ終わりじゃないよ」


 俺は佳純かすみちゃんが満足して冷静になる隙を与えず、すかさず強いキスを送る。


「あの、勇太郎君、できれば……」

「やめて欲しいの?」

「ち、違う、の……でも、優しく……お願い」


 そうまで言われてはまだ慌てるのは良くない。

 俺は冷静さを失っていた自分を律して居住まいを正す。


「いいよ。でも、もっと味わいたくない? 感じたことない快楽、もっと、もっと味わいたくは、ないかい?」


 俺は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめて問いかける。

 その瞳は逡巡しゅんじゅんに揺れ動き、恐らくは高彦に対する申し訳なさと、未知の快楽への期待で葛藤しているのだろう。


 俺はもう一息の揺さぶりを掛けることにした。


佳純かすみちゃん、考えてご覧。キミがここで性感帯を開発しておけば、高彦とのセックスがもっと楽になるよ」


「え……?」


「人間の身体ってさ、快感を感じるのって慣れが必要なんだ。だからここで快感に慣れておけば、高彦とのセックスで痛くなることもなくなると思うよ」

「そ、そう、なのかな……?」


 やはり……当たりを付けてみたが、どうやら佳純かすみちゃんは高彦とのセックスであまり強い快感を感じた経験がないようだ。


 敏感ではあるが、性感帯もほとんど開発されていない。


 というよりは、鋭敏な刺激に慣れておらず、佳純かすみちゃん自身が、自分が敏感であることを知らなかったように思える。


 だから強い刺激に対して恐怖心がまさっている感じだ。

 こうしてゆっくり解きほぐさないと一生知ることはできなかったのではないだろうか。


 二人は一体どういう性生活を送ってきたのか……?


「もしかして、高彦はあんまり前戯をしないんじゃないかな?」

「ぜん、ぎ……?」

「そう、キスをしたり、おっぱいを揉んだり、股を擦ったり。好きだよって囁いたり。セックス前の下準備をして、女の子を濡らすことだよ」


「……」


 その沈黙が答えだった。俯いた佳純かすみちゃんの苦悩が伝わってくる。


「じゃあ、余計にここで慣れていこうよ。そうすればきっと、もっと気持ち良くなれるから。セックスはお互いが楽しまなきゃ」


「そう、なのかな……」

「そう。大丈夫。俺に任せて」


 格好付けているが、俺とてそれほど経験が豊富だったわけじゃない。


 高校の時にした失敗の反省から前戯をしこたま勉強した副産物に過ぎないのだ。


 当時付き合っていた彼女とは、人生初彼女だったこともあり、俺は彼女との行為に舞い上がってしまった。


 だから本番ばかりに躍起になって、前戯の重要性を理解していなかったのだ。


 俺ってばそういう余裕のなさがコンプレックスだったんだよな。


 元カノと別れた原因も、そういった俺の不甲斐なさだったに違いなかった。


 まあ、真実は分からない。


 彼女とは、ほんの些細なすれ違いから別れてしまい、それっきりだったのだから。


「もっと、気持ち良く……」

「そう。もっと気持ち良くなって良いんだよ。これを機会に高彦には前戯の重要性を理解してもらおう。これが終わったら佳純かすみちゃんから教えてあげれば良い」


 本当は渡したくない。俺ならいつでもこの快楽を与えてあげられるよ、と。


 だから俺のものになって、と。


 そう宣言したい気持ちでいっぱいだった。


「うん……じゃあ、お願い、します……」


 承諾を得て再開する。

 しかしそれはあくまで高彦のため。


 悔しさで力が籠もるが、紳士的な態度を心がけた。


 慣れていないなら開発が必要だ。


 セックスに臆病な佳純かすみちゃんにいきなり強い愛撫は相性が悪い。


 ゆっくりゆっくり……。ガラス細工を扱うように丁寧な奉仕が必要だ。

 彼女の瞳に浮かんだ明らかな不安。

 揺れ動くつぶらな瞳に心が痛む。


 怖い。そういう気持ちが見て取れる。

 しかし、ここまで来たらもう止まることは不可能だ。


 全ては了承済みだ。

 ここでヘタるわけにはいかない。今更彼女との時間を諦めることはできない。


 だが、それでも聞かずにはいられなかった。

 俺は本当に意気地がないらしい。


 自分の欲望のためにズルいことができない中途半端な正義感が邪魔をして、彼女の意思を尊重せずにはいられないのだ。


 いわば、偽善者だな。気持ち悪いにもほどがある。

 だが、それが俺だ。



 これで彼女が冷静になってご破算になっても、後悔はすまい。


 だけど、できたら正解を選びたいと思うのが人情だ。


 それが自分の意に沿った形であるなら、最高だろう。


「ああ。これで本当に最終確認だ。本当に、良いんだね? 正直、俺は今でもやめておいた方が良いと思ってる」


 それは半ば答えを確信した問いかけだった。その先に紡ぎ出す答えを、俺は理解している。


「優しい。本当に優しいんだね勇太郎君は……。でも、良いの……もっと、もっと味わいたい。もっと気持ち良くなりたいの……」



 そうして、俺は彼女を抱いた。


 ……佳純かすみちゃんの表情が、ほんの僅かに曇っていき、一筋の涙がこぼれ落ちる。


 その顔は俺の心臓を締め付け、その悲しい感情を現わしていた。


「これでもう、高彦くんだけの佳純かすみは、いなくなっちゃった……」


 そこには、ほんの少しだけ高彦に対する呪詛が込められているように思えた。


 やはり、心のどこかで他の男に売り渡されたことを快く思っていなかったのかもしれない。


 まあ、普通はそうなるだろう。


 ならば、この時間を目一杯幸せなものにしてあげたい。


 俺は優しく微笑みかけ、こぼれ落ちた涙を片手で拭のだった。



◇◇◇◇◇◇


【side佳純かすみ


 何もかもが違う。高彦君とは比べものにならない圧倒的な快楽が私を包んでくれた。


 優しく、温かく、大きくて、深い。


 私の身体は度重なる愛撫の連続によって激しく紅潮し、後から後から湧き上がってくる渇望に身を焦がしていた。


 勇太郎君が私を見つめ、お腹の下あたりがキュゥッと収縮したのが分かった。


 そう、分かる。これは、子宮だ。


(もっと、もっと感じたい……気持ち良くなりたい……)


 赤ちゃんを作る場所が、彼を求めてやまなくなっている。


 これが、生殖本能なのかもしれない。

 女が、男を求める衝動。


 この人の遺伝子を欲しがっている感覚なのかもしれないと、乱れる息と冷めない熱量でぼんやりする頭の中で考える。


(欲しい……欲しい……欲しい♡ 高彦君は、こんなの与えてくれなかった……)


 勇太郎君が欲しい。入れて欲しい。


 他の誰でもない。これだけ気持ちよくしてくれた勇太郎君と、私は心底セックスがしたいと感じるようになっていた。


「これでもう、高彦くんだけの佳純かすみは、いなくなっちゃった……」


 そんな私の悲しみを、大きな愛が包んでくれる。

 そうして、私はその熱量を求めるがままに受け入れるのだった。

 

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