第9話 空に煌めく花火の下で
そして4回目のデート。
丁度近所の境内で縁日をやっていたので家の前まで迎えにいった。
「おお……凄い。浴衣似合ってるよ」
「ありがとう……これ、お気に入りなんだ」
俺とのデートでお気に入りの
それだけで何やら嬉しくなってしまう。
蝶と花の柄をあしらった白い浴衣は、彼女の清楚な雰囲気にマッチして可憐という言葉がピッタリだった。
いつもはロングにしている髪型をアップに纏め、華やかなコサージュで彩る姿は、まさしく大和撫子というに相応しい。
実際には高彦とのデートで着ていくお気に入りなのだろうが、それでも構わなかった。
「凄く、綺麗だよ……ずっと見ていたい」
「そ、そんなに褒めないで……恥ずかしいよ……」
「本心だよ。おべっかは苦手だ」
「う、うん……ありがと。そ、それじゃ、行こっか」
「ああ」
俺たちは自然に手を繋ぎ合っていた。
差し出した手を恥ずかしがりながらも握る手はさらさらで温かい。
ややあって、俺達は近所の慣れ親しんだ境内までやってきた。
見慣れた景色は一変し、賑やかな喧騒に包まれて人でごった返している。
「結構凄い人だね。油断するとはぐれそうだ」
「そ、そうだね。離れないようにしなきゃ……」
「
「う、うん……あ、あの」
「うん?」
「はぐれないようにしないと、ね」
そういって、彼女は俺の腕を取ってまるで恋人のように身体を密着させてくれる。
「か、
「こうすれば、はぐれない、よね?」
「あ、ああ……そうだね」
俺はその胸の大いなる感触に感動した表情を出さないように必死だった。
(やばい、顔が緩んでしまう……)
しっかりと腕を組み、人でごった返す縁日デートはスタートした。
縁日グルメの屋台を見て回り、イカ焼き、鈴カステラ、綿飴と、
最後のデザートに買ったクレープを頬張りながら、ご満悦の様子で笑顔を見せてくれる。
「
「は、恥ずかしいから指摘しないで。うう、ダイエットしなきゃって思ってるのに……つい食べちゃうの。久しぶりだったから」
「いや、変に遠慮されるより心地良いよ。もっと食べるかい?」
「う、ううん。これ以上は動けなくなっちゃいそうだから、もう良いかな」
恥ずかしそうにしながら、それでもクレープをかじるのをやめない
豊満で女性らしい体付きであるから、恐らくは油断すると肉が付きやすい体質なのだろう。
彼女の普段の努力が見て取れた。
「そろそろ花火の時間だね」
「うん。でも凄い人……ちゃんと見られるかな」
「こっち」
「あ……」
彼女の手を引っ張り、境内の林を抜けていく。
高台になっている雑木林の抜け道を通り、知る人ぞ知る穴場スポットへと辿りつく。
「ほら、ここならよく見える」
「凄い……去年高彦君と来たときは、こんなに感動する暇なかったなぁ……」
打ち上げられる色とりどりの花火に交じって、
一心に花火を見続ける彼女の横顔が気になって、花火など見ている暇はなかった。
「ぁ……」
俺は花火に見入っている彼女の腰を抱いて、グッとこちらへ引き寄せる。
戸惑う
少し強引な行動だったが、ロマンチックな雰囲気も相まって、やがて彼女の方から身体を寄せてくれる。
花火の爆発をかき消すくらいに心臓の音がうるさい。
「素敵なデートだね……ありがとう……勇太郎君……」
俺は
あくまでさり気なく、しかし逃げられないように。
少しずつ距離を詰めて、彼女の横顔に近づいていった。
「……勇太郎、くん……?」
ジッと見つめる。こちらからは求めない。
唯々、ジッと見つめる。
「……」
花火の色合いに混じってもなお、彼女の顔が強く紅潮しているのが分かる。
一瞬だけ、彼女の視線は泳ぎ、横に逸らされる。
そして、そのまぶたが静かに閉じられ、
二人の顔は自然と近づいていく。
俺はその可憐な小顔に自らの唇を近づけ……。
「ちゅ……」
「え……ッ?」
その可愛らしい"おでこ"にキスをした。
「どうしたの?」
「え、あ、その……ううんッ、なんでもない」
真っ赤になった顔が可愛い。
唇には、しなかった。
ビビった? ヘタレた? いや違う。
勿体ないと思ったからだ。
これだけのお膳立てをすれば、彼女なら流されてもおかしくなかった。
それでも、彼女本人が心から望んでいることではない。
俺は彼女に決して後悔して欲しくない。
「もしかして、唇にされると思った?」
「えっ!? うぅ、そ、それは……その……」
「
「え……あっ、もうっ! 意地悪ッ!!」
「ははは。でも、
「もう……ホントに、意地悪……」
最後の大花火が上がるなか、若干頬を膨らませた彼女の横顔が妙に色っぽく見えた。
◇◇◇
楽しい祭りはあっという間に終わってしまう。次々に帰ろうとする人混みを抜け、彼女を自宅マンションまで送っていった。
「ありがとう勇太郎君。今日も、凄く楽しかったよ」
「こちらこそ。じゃあ、またメールするから」
俺はそこで踵を返し、家まで送った彼女に背を向ける。
ちょっと勿体なかったかなと、少しの後悔を抱えつつ、その日は帰宅し……ようとした。
「勇太郎君ッ」
「ん?」
だが、カラカラと下駄の音を立ててこちらに向かう音が聞こえる。
振り返ると、少し息を切らせた
「どうしたの?」
「私、流されやすいけど……でも、それでも勇太郎君じゃなきゃ、流されたりしないから! だからッ……」
――チュッ
温かく、少し湿った感触が頬に当たる。
「……またねっ、お休みなさいっ」
それだけ言い残して、彼女は振り返らずに立ち去って家の中に入っていった。
「これは……本気になってしまいそうだ……」
頬に残る熱い感触に胸を高鳴らせながら、ぼんやりとしたまましばらく呆然とせざるを得なかった。
そして次の週。とうとうセックス撮影日を迎えることになる。
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