第5話 未経験ゆえに、恋に不器用な女【side佳純】
【side
◇勇太郎に寝取らせを提案しにいく前のこと◇
私は
私にはお付き合いして一年ほどになる彼氏がいる。
男の人と付き合ったことがなかった私にとって、彼のような格好いい人からあんなに熱烈なアプローチを受けるなんて思ってもみなくて、私はとても舞い上がってしまった。
受験会場で同じ中学だった高彦君と再会して、懐かしさから昔話に花が咲いた。
友達の少ない私にとって、その遠慮の無いアプローチはとても新鮮で、眩しく見えた。
連絡先を交換して、すぐに交際を申し込まれた。
男の人に慣れていない私に取って、それは青天の霹靂にも等しい困惑する出来事で、私は戸惑いながらも断ったのだけど、彼がもの凄く熱心に私を好きだと言ってくれた。
中学の頃から好きだったと。
それだけの好意を向けられて、悪い気はしなかった。
元々人付き合い、特に男の人と話すのは苦手だったけど、自分が変わる何かのきっかけになればと、交際をOKした。
彼の為人(ひととなり)は中学の時にある程度知っていたこともその背中を押した。
同じ中学で有名なイケメンだった高円寺高彦君が、まさか自分のことを好いてくれていたなんて思ってもみなかった。
正直なところ、彼は私の苦手なタイプの一人だった。
だけどあれだけ真っ直ぐな気持ちをぶつけられて、その真摯さに心打たれた私は考えを改めることにした。
私は人生で初めての男女交際をスタートさせた。
『ありがとうっ! じゃあこれからお前の事は
『う、うん。よろしくね』
え……いきなり呼び捨て?
私は戸惑った。距離の詰め方がとても早くて、戸惑いを隠せない。
だけどそれを言ったら飛び上がるほど喜んでいる彼に悪い気がして、何も言えなかった。
それからは、本当に怒濤のイベントの連続だった。
あれよあれよという間にキスが終わり、気が付いたらホテルでお泊まりにすることになり……。
気が付いたら、初めての夜は終わっていた。
『結婚するまでは』とか、処女を大事に守ろうと思っていたわけではなかったけど、私の初めては……よく分からないままにあっさりと失われた。
初エッチの時どんなことを感じたかと聞かれれば、「よく覚えていない」と答える。
ただ、ひたすら痛いのを我慢していた気がする。
それでも、高彦君の嬉しそうな顔を見ると、自分は彼を喜ばせることが出来たのだと、満たされた気持ちになった。なったと思うようにしていた。
セックスって、こういうものなのかな?
私だって性欲くらいある。エッチな動画や漫画を見ることだってあった。
私の知っている物語の中では、恋人となった二人の幸せいっぱいの気持ち良いセックスが描かれていた。
だからきっと現実も凄く幸せになるに違いない。
そんな私の甘い幻想は打ち砕かれた。
それでも、好きな人を喜ばせることができるということに一定数満たされる思いはあったので我慢し続けることにした。
最初は痛いっていうし、慣れてくれば気持ちよくなるんだと。
私はできるだけ辛いのを顔に出さないようにしていた。
それから1年と少し。高彦君との交際は、順調にいっていると思う。
高彦君は色々なところに連れて行ってくれた。
お金持ちでいろんなところに顔が利く高彦君は、VIP御用達の高級レストランや一流ホテル。
リゾートプールや高級エステなど。
有りと有らゆる贅沢をさせてくれた。
正直未経験過ぎて気後れしてしまうことが多かったけど、高彦君は私を喜ばせようと一生懸命だったので、私も受け入れていた。
優しいし、明るいし、ちょっと突っ走ってついて行けない時もあるけど、基本的には楽しく過ごせている。過ごせている……筈。
服装も彼の好みに合わせて変わっていった。
正直肌の露出が多いキャミソールやミニスカートは苦手だけど、彼氏の好みには合わせるものだと思っていたので我慢した。
ただ、エッチの時だけは、未だに苦手意識が強い。
基本的には楽しく、でも、どこかで「このままで良いのかな?」と思う日々が過ぎていった。
そんなある日、私は信じがたい事を高彦君から言われることになる。
◇◇◇◇◇
「え……寝取らせ……? それってどういう」
信じられない事を、彼氏から言われた。
高彦君が、私を他の男の人に寝取らせたいと。
そう言ったのだ。
心がグチャグチャになったような混乱に見舞われ、自分はどこで間違えたのか。
いつ気に障るようなことをしてしまったのか、悲しくなって泣きながら聞いた。
「どうしてそんなことさせたいの? 私、何か気に障ることした? だったら謝るからッ」
正直心当たりが全くない。
でも昔から要領の悪い私は、知らない間に誰かを傷つけてしまうことがよくあったので、高彦君は怒って私に意地悪を言っているのだと思った。
だから、心の中は焦りと困惑と、嫌われたのではないか、高彦君を失ってしまうのではないかという恐怖でいっぱいになった。
「違うッ、そうじゃないんだッ!」
高彦君は、昔から持っているエッチな願望、性癖について語った。
正直まったく理解できない。
どうして自分の恋人を他人に奪われることを喜ぶのだろう?
高彦君以外の男の人とエッチする?
嫌だ。絶対にイヤだ。
考えるだけで悲しくなった。
だけど、必死の表情で頼み込んでくる高彦君を見ていると、無碍に断るのもなんだか悪い気がしてきた。
もの凄く悩んで、本当に辛いけど、それで高彦君を傷つける方が怖かったから……。
考え抜いた結果、一つだけ条件を付けて、承諾することにした。
「ん、っと……それで、高彦君が喜んでくれるなら……一回だけなら、良いよ」
その言葉を提案した時の、高彦君の嬉しそうな顔は、これまで見た事がないくらい輝いて見えた。
正直、怖い……凄く怖い。
只でさえ男の人に慣れていない私が、好きでもない人とセックスなんて絶対に出来る気がしなかった。
それでも、高彦君のことは好きだから。好きなはずだから。
彼が喜んでくれるなら……それは叶えてあげたいって、思う。
いや違う。断れないんだ……。
ああ、私、また流されてるなぁ。
自分を主張することが出来ない私は、いつも流されて損な役回りを
本当はイヤだけど、好きな人には喜んで欲しい。
それは言いなりになってるだけだと、客観的には一目瞭然でも、他人に依存しがちな私には決断ができない。
それでも、他の男の人とセックスするなんて、考えるだけで泣きたくなる。
あんなに痛い思いを、好きでもない人としなきゃいけないなんて。
私は必死に考えた。
どうしたら、傷付かずにすむだろう、と。
本当は寝取らせなんてイヤだった。
だけど、これだけ必死に頼み込んでくる高彦君だって、私に嫌われるリスクがあるのを覚悟した上での提案だったのだろう。
それが分かるだけに、断って関係の悪化を恐れた私は、飲み込んで流されてしまった。
「ありがとう
「えっと、その代わり、相手の男の人は、私に選ばせて欲しいの」
そして必死に考えを巡らせていた時、私の脳裏に一人の男の人が浮かび上がった。
【井之上 勇太郎】君。
高彦君といつも一緒にいる、同じ中学の昔なじみ。
同じクラスだった時、彼とだけは唯一対等に話をすることが出来ていた気がする。
引っ込み思案で人見知りの強かった私は、男子が特に苦手だった。
高校生になってからはある程度平気になったけど、中学の頃にまともに話せていたのは、ほとんど勇太郎君だけだった気がする。
高彦君のことも、その頃から知っていたけど、正直あの頃の私は高彦君より勇太郎君の方が付き合いやすい人だった。
その彼が、同じ大学に来ていたことを知って、私は久しぶりに凄く嬉しかったのを覚えている。
彼は相変わらず優しくて、私に対してもちゃんと対等に接してくれる。
彼になら……高彦君以外で、エッチを許容できる安心感のある人は、彼以外思いつかない……。
勇太郎君となら、高彦君の提案を受け入れてもいいと、そう思った。
だけど、勇太郎君にとっては、とても迷惑な話だと思う。
男の人だって、好きでもない女とエッチしたいなんて思わないだろう。
それでも、高彦君の願いを聞き入れつつ、私が傷付かないで済むには、勇太郎君以外に安心できる人はいなかった。
結局、自分のため。
そんな、酷い考えを持ちながら、彼にこの話を持っていったのだけど、彼は受け入れてくれた。
◇◇◇
カラオケボックスを後にした私達は、そのまま解散となった。
高彦君はそのまま泊まりに来ないかと提案してきたのだけど、なんとなく気分じゃないからと断ってしまった。
残念そうにする彼に少し心が痛んだけど、あんな話のあとではどんな顔をして良いのか分からなかったからだ。
私は自宅のマンションに戻ってシャワーでも浴びようと思っていた。
エレベーターを待っていたところへ、見知った顔が歩いてくるのが見える。
「あっ、カスミンやっほーっ! 今帰り?」
「
お隣に住んでいる
彼女は大学に入ってから知り合った女の子で、私の部屋のお隣さんだった。
「今日はバイトだったの?」
「そうなんだよー。もうすぐ夏休みだからさ。すっげぇ客入りでもう大変」
「あはは。そうなんだ。頑張ってるんだね」
「カスミンは? 今日はバイトだったの?」
「ううん。今日はカラオケだった」
「ああ、例の彼氏と?」
「う、うん」
私は
彼女とは馬が合うのか、ここ一年で凄く仲良くなって何でも話すことができている。
でも、あんな内容を話してもきっと混乱させてしまうだけだと思い、他愛のない話だけをするにとどまった。
「ねえ、今日ご飯食べに行って良い?」
彼女とはよく食卓を一緒に囲む。料理が得意じゃない彼女に料理教室を開いたりもしていたので、その過程で仲良くなったのだ。
「ごめん、今日はちょっと疲れちゃって。シャワー浴びたらもう寝ようかと思ってるの」
「そっかぁ。じゃあまた今度ね」
「うん、ごめんね」
――ピコンッ♪
「あ、メール」
それは勇太郎君からだった。
「彼氏から?」
「う、ううん。友達から。じゃあ、またね」
「うん、お休みーっ」
お互いの部屋の扉を開け、バイバイと手を振って部屋に入る。
勇太郎君から届いたメールを見て、私の頬は安心感でほころんだ。
『なんか変なことになっちゃったけど、とりあえずこれからよろしくね。できるだけ
できるだけ私を傷つけないように気遣ってくれる彼の思いやりに嬉しくなる。
高彦君の提案に、やはり彼は戸惑っていた。
彼の言うとおり、勇太郎君が断っても高彦君は諦めないような気がした。
勇太郎君がこの提案を受け入れてくれたことは、私にとても大きな安心感を与えてくれたのだ。
それに、何よりも嬉しかったのはあの言葉だった。
『
勇太郎君は動画を盛り上げるためと言っていたけど、私にはこの言葉が何よりも嬉しかった。
『か、
そんな事をいう高彦君が、少しだけ恨めしかった。
私を大切に思っているのに、悲しいことを提案してあなたは平気なのだろうか、と。
勇太郎君とセックス。
不思議と、嫌じゃない……?
私は、彼とならセックスできるのだろうか?
勇太郎君と一緒にいると安心感を覚える一方で、恋愛対象としては?
男の人としては、どうなんだろう?
「って、私は高彦君の彼女なんだから。そんなこと考えちゃ……」
ダメ、とは言い切れない自分がいた。
悶々とした気分が晴れないまま、シャワーを浴びて眠りにつくのだった。
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