第6話 メディアと権力の癒着

報道機関は本来、権力を監視し、市民に真実を伝える役割を担っている。しかし、現実はどうだろうか。メディアが政治や企業と癒着し、監視者ではなく「権力の一部」と化している実態が浮かび上がる。


権力の都合で動く報道


過去の例を見れば、政治家や企業に不利なニュースが不自然に報じられないケースがある。あるスキャンダルは数日間だけ報道され、あっという間にメディアから消える。逆に、別のスキャンダルは必要以上に取り上げられ、視聴者の関心を操作する。こうした偏りは、スポンサーや政府の意向が影響している可能性が高い。


記者クラブ制度もその一因だ。この制度は、日本の報道機関が特定の情報源に独占的にアクセスできる仕組みだが、その見返りとして、政府や大企業に対して批判的な姿勢を取ることが難しくなるという弊害を抱えている。記者が権力と親密になればなるほど、監視者としての独立性が失われる。


スポンサーの影響力


メディアの運営は広告収入に依存している。そのため、スポンサーとなる大企業や団体に対して強い批判をすることは難しい。例えば、食品メーカーや医薬品会社がスポンサーであれば、その企業の不祥事が報じられることは少なくなる。視聴者や読者にとって重要な情報であっても、広告収入を失うリスクがあるため、報道は抑制されるのだ。


スポンサーとの関係は、報道内容だけでなく、番組や記事のトーンにも影響を与える。「事実を報じること」と「スポンサーを守ること」の間で、メディアはしばしば後者を選ぶ。


政治とメディアの共犯関係


政治家とメディアが互いに利益を共有する関係も、報道の独立性を損なっている。たとえば、特定の政策を支持するために、メディアがその政策を肯定的に報じることがある。また、選挙期間中には特定の候補者に有利な報道を行い、公平性を欠くこともある。


こうした癒着の結果、報道は本来の目的から逸脱し、権力を批判するどころかその補完役となる。これにより、視聴者や読者は一方的な情報を受け取るしかなくなり、真実が隠蔽される。


報道が失う「信頼」


メディアが権力と癒着することで、報道全体の信頼性が低下している。視聴者や読者が「メディアは嘘をつく」と感じるようになれば、真実を伝えたいと思っているジャーナリストたちの努力も無駄になってしまう。報道の信頼性が損なわれることは、民主主義そのものの危機を意味する。


私たちは何を信じるべきか?


この状況に対抗するためには、メディアだけに情報を依存するのではなく、自ら情報を収集し、多角的に考える力を持つことが求められる。異なる視点からの報道を比較し、SNSや独立系メディアなどの新しい情報源を活用することが重要だ。


また、報道機関自身も信頼を取り戻す努力をしなければならない。スポンサーや政治の影響を受けにくい仕組みの構築や、透明性のある報道姿勢を確立することが必要だ。


次回は、メディアがどのように印象操作を行い、私たちの考え方に影響を与えるのかを掘り下げる。「犯罪者予備軍」のように特定の集団を悪者に仕立てる報道の危険性について考えていきたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る