だんだんフォーリン・ダウン Exec()
INDIVIDUAL 5
始業式!
うさぎちゃんと一緒に教室の扉をくぐると、クラスメイト数人が振る手と窓から吹く風がわたしたちを迎えた。やっぱりイナ高の気温は現実とは大違い。窓こそ全開にされているけれど、逆に言えばエアコンや扇風機なんていらないくらい涼しいってことだ。
あたしの席前では、褐色肌の女の子が大きくあくびをしていた。この光景も2ヶ月ぶりだ。
「おおーゆかり。久しぶりぃぃぃ。ふあぁ」
「おはよ、ラグちゃん。その様子だとまた夜更かししてた?」
「やっぱ学校って朝早すぎだよ。夏休みずっとのんびり起きてたから、生活リズム全然戻んなくて」
「ふふっ、でも気持ちは分かるよ」
ラグちゃんと少し言葉を交わしたら、わたしは再びうさぎちゃんの下へ向かった。だけどその道中、机の間の曲がり角で別のクラスメイトとばったり鉢合わせ。名前は
そう、見た目は。
「おっとっと。久しぶりー、まきみちゃん」
「はいたい。久しいな」
「まきみちゃんは夏休み、どうだった? 沖縄の夏ってすごい楽しそうだけどすごい暑そう」
「暑いな。だが
「おおー。海が近いって、いいな」
「ま、
ジトっとした目で淡々と喋るまきみちゃん。このギャップが可愛いのだ。言葉の節々に方言が混じるのも、彼女が沖縄の子だというのを感じられていい。イナ高はオンラインハイスクールだから、生徒は日本全国からここに
と、思わずまきみちゃんとの会話に花が咲いてしまったら、うさぎちゃんへたどり着く前にソフィア先生が教室へ来てしまった。ああ、もっとみんなと話したいことたくさんあるのに。
「おはようございます。今日から2学期です。15分後に始業式です。移動を。以上」
朝のホームルーム、終わり。相変わらずソフィア先生は最短最速だ。先生の夏休みも地味に気になる。休日の過ごし方も最短最速なのかな。
それはそれとして、始業式なので体育館へ移動しよう。あのホームルームの早さなので、到着順はうちのクラスがやっぱり一番乗りみたいだ。少しモワっとした空気が漂う体育館内に足を踏み入れると、バスケットゴールの下あたりに狐森先生が立っていた。
「およ、もう来たのん?」
「おはようございます。ソフィア先生のホームルーム、早いですから。先生も珍しいですね。いつも開幕ギリギリにテレポーテーションしてくるのに」
「まぁね~。体育館暑いじゃろ? だからコレを、仕込んでたのよん♪」
そう言って狐森先生が出現させたのは、オレンジ色の羽を持つ大きな扇風機! おお、流石は狐森先生だ。
それから他のクラスもぞろぞろ集まって、始業式は始まった。開幕早々に現れるメインイベント、もとい最大の試練は何と言っても校長先生の超長話。
「――ゆえに、生徒諸君らはこの夏休みを通して得た様々な経験を、これから再び始まる学校生活の中で活かし、心身を共にアップデートしていくことが望ましく……」
あー、暑い。扇風機がスイングしているから一瞬しかわたしに風が来ない。ちらりと先生たちのほうを見ると、相変わらずキッチリとスーツを着たソフィア先生が汗まみれになりながら校長先生に目を向けていた。それを見ていたらなんだか自分が暑いって思うのが何だかおこがましくなってきた。狐森先生、ソフィア先生に扇風機1台専属で付けてあげてください。
◆◆◆
「では、夏休みの宿題を回収します」
教室に戻り、ホカホカ蒸れてセクシーさが付与されたソフィア先生がそう言うと、わたしたちの前にファイルをアップロードする画面が出現した。夏休み中の9割くらい存在を忘れていた宿題。そういえばどんなやつあったっけ。全部やったっけ?
読書感想文、数学、英語……と1つずつ確認しながらポチポチとファイルを提出していると、前の席からいきなりラグちゃんがグワッ! と頭をのけぞらせた。なんだか夏休み前にも見たような気がする光景。デジャブ?
「のああああああ!?」
「おっとこれはラグちゃん? やったな?」
「まずい……読書感想文のこと完ッ全に忘れてた……」
「やーいやーい。わたしはちゃんと夏休み中イナ高来て本探してたもんね。他のやつだってちゃんと……全部……」
宿題を保存しておいたファイルの中に1つ、ちょっと怪しいものを見つけてしまい指が止まった。ファイルサイズが0バイトってなってる。それはつまり、白紙であることを意味しているわけで。
「……」
「ようこそゆかり、『こちら側』へ」
ニンマリ笑うラグちゃんを見ながら、わたしは静かに〈ImagineTalk〉のリア活部グループチャットへ救難信号を送った。
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