夜啼く犬を抱き眠る

 東京グランドタワーを後にして、わたしたちはまた歩き始めた。途中でお昼ご飯も食べつつ、地図上は東京みらいビルディングをどんどん離れていく。


 そして空から注ぐ光が少しずつオレンジ色になってきた頃、わたしたちはビルと一体化した駅を目指していた。


「ホテルまでって電車乗るんだっけ?」

「そうよ。隣町。歩くのは……流石にみふゆさんそろそろヘトヘト……」


 見るからにフラフラしたみふゆの足取り。〈ブレインネット〉の歩数計アプリを見たらもう2万歩を超えていた。


「それじゃ、今日はもうホテルでゆっくりしよっか」

「ええ。明日もたくさん歩きますし。ご飯もどこかでテイクアウトして、お部屋の中にしましょう」

「でも東京のお店ってテイクアウト高いんだよねー。スーパーとかのお弁当じゃダメかな?」

「アタシは全然それでおっけーだよ☆」

「わたしも構いませんよ。今回はグルメ旅ってわけでもないですし。節約は大事です」


 そんな会話をしながら改札口を通過しようとした直前――突然みふゆが「ぉあ!? ちょっとみんなタンマタンマ!」と叫んだ。何事? って振り返ると、みふゆは天井から吊るされた電光掲示板を指さす。


 ――人身事故の影響で運転見合わせ。再開未定。


「うそ……よりによって乗ろうとしてたやつが……」

「どうしましょうか。頑張れば歩けなくはないですが、みふゆさんの調子が」

「――なら、みふぴを背負っていこ。アタシとうさぴのボディなら、どれだけ歩いても平気だもん」

「えっいやいやそんな、確かにそれくらいしか手段がないとは言え文字通りおんぶにだっこになっちゃうのは」

「いいの! この『山登り』が始まる前、みふぴにたくさん情報集めしてもらったりルート考えてもらったりしたんだから! アタシにできないことをみふぴにたくさんやってもらった、だからみふぴが困ったときはアタシが助けたいの」

「しののん……分かった。それじゃあみふゆさんが最短経路を背中からナビゲートしてしんぜよう! ……ありがとね」

「こっちこそありがと、みふぴ☆」

「ふふ。困った時はお互い様、ですよね。ゆかりさんも良ければ、わたしにどうですか?」

「いいの? ならお言葉に甘えちゃお。日傘とハンディ扇風機係は任せて」


 そういうわけで、みふゆはしのぶちゃんに、わたしはうさぎちゃんにそれぞれ体を預けた。わたしよりも小さいはずのうさぎちゃんの体は、白いサイボーグ脚の力で安定して姿勢を保っている。


「それじゃあ出発しましょう」


 まるでわたしたちを背負ってないかのような軽い足取りでふたりは歩き出す。そういえばいつからだっけ、うさぎちゃんはタイツを履かずにサイボーグ脚を堂々とさらすようになったのは。

 海に行ったときその脚でジャンプ飛び込みをやってくれたり、秋葉原じゃ高い所から飛び降りて人混みから一緒に逃げたりしたなぁ。どれもリア活部の、わたしたちのために機能を使ってくれた。それはしのぶちゃんもおんなじだ。


「ねぇしのぶちゃん。そのボディも運動得意なやつなの? サイボーグのことってよく分からないけど、うさぎちゃんと一緒にランニングマシンやったときスッゴい速くて」

「――NEV-05-T。それがアタシの型番」

「ふむ、クラインテック社のNEVシリーズ。でも後ろの『T』って何? クラインテック社が出してるモデル一覧にないんだよね」

「……これもまた、ワケありって感じか」

「にゃはは。そう、だね。……でも、ホテルに着いてひと息ついたら、アタシのこと少し話してみようかな、って思うんだ」


 そう言ってしのぶちゃんは笑う。わたしはその眼をジッと見つめて、笑顔を返した。どんな話が出ても平気なようにそっと心を準備しながら。


◆◆◆


「「「「いただきます」」」」


 無事にチェックインしたホテルの室内で、膝にお弁当を乗せみんなで手を合わせる。この前盛岡に行った時みたいに4人で1部屋だけど、ここはいわゆるビジネスホテルってやつで、比べちゃうのもアレだけど激狭。4人で座れるテーブルさえないわけで、こうしてベッドの上で夜ご飯をすることになったのだ。

 黒いプラスチック製の容器に詰まっているのは半分がお米で、もう半分が代替卵アナザーエッグを四角く固めたやつとか唐揚げっぽい塊とか。ゴミ箱に押し込められた透明なフタには、丸い『3割引』のシールが付いていた。


 もきゅ。もきゅ。とご飯を進める音がしばらく続く。みんなゆっくり、しのぶちゃんの言葉を待っていた。


「…………エピオンシティって、知ってる?」


 カーテンを少し開け、窓の外へ目を向けながらしのぶちゃんは口を開いた。

 エピオンシティ。名前は学校で聞いたことがある。旧アメリカ合衆国の西側にできた――崩壊した国家アメリカの代わりに企業がその運営を担うようになった地域。そのエピオンシティの中心にいる、実質的に政府同然の企業って確か……。


「そう。クラインテック。アタシね、そこで生まれたんだ」


 窓の外ではビル壁に投影された縦長の広告が光っていた。天へ向かって手を伸ばすサイボーグの人間と、クラインテック社の企業ロゴがそこにあった。


「実はアタシ、元々は『藤田しのぶ』って名前じゃなかったんだ」

「えっ……」

「NEV-05-T-1。それがアタシに与えられた、昔の名前」

「いや、それってサイボーグボディの型番じゃ」

「そうだよ。あの街では――クラインテックにとっては、ボディのほうに意味があったから」


 言葉が出なかった。丸まったその背中に、あまりにも大きく重たいものが乗っているみたいで。

 だけどしのぶちゃんの手に雫が1滴落ちた瞬間、わたしたちの体は動いた。言葉は見つけられなかったけど、こうすることしかできなかったけど、それでもこうして抱きしめてあげることだけは、わたしたちにできることだったから。


「ゆかぴ……みんな……」

「お願い、こうさせて。自分でもよく分からないけど、こうしたい。あなたがここにいるのを感じたい。藤田しのぶが今、ここにいるのを」

「にゃ、はは。――アタシが日本まで逃げてきたのは、みんなに会うためだったんだね。絶対にそう。大切な友達と一緒に遊んで、ご飯を食べて、学校に行って。ただただそういうことをしたかったの」


 ――ボクたちは彼女と契約をしている。彼女の願いを叶える代わりに、ボクたちの願いに協力してもらう、そういう契約をね。


 はっ、と頭の中であの時の会話を思い出した。しのぶちゃんが交わした契約。しのぶちゃんの願い。


 わたしはしのぶちゃんの首筋へ、頭をピタッとくっつけた。抱きしめる腕に力がこもる。


 その晩はずっと、わたしは腕を離すことができなかった。目を覚ましたとき、握った手の先にしのぶちゃんがいてスゴく安心した。

 カーテンを開けると遠くにひときわ高いビルが見える。


 ついにあの『山頂』へ上る時が来た。


 必ずこの4人で、一緒に。

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