隠れた塔は暗きを視る

 日の光はまだ届かない。けど商業施設がゾロゾロとシャッターを開いていく時間になった。


 わたしたちは地図アプリが示す最初のデパートへ、開店と共に入店した。店内が明るくて目がまぶしい。


 人の流れには濃淡があった。やっぱりビジネスパーソンの人たちが朝食を買っていくのがこの時間帯の中心的な動きみたいだ。それを眺めていたらなんだかお腹が空いてきた。


「みんな、そろそろお腹空かない?」

「アタシお腹空いた~」

「あたしも」

「出発早かったですものね。そろそろどこかで朝食の時間にしたいです」

「おっけー。じゃあいいものがあるよ。荷物開けたい」

「お、何だ何だ?」


 その反応を待ってました、って感じで休憩所エリアに移動しキャリーバッグを開く。中からわたしが取り出したのは小さな保冷バッグ。その中には――。


「――じゃーん。朝ご飯用におにぎり作ってきたんだ」

「「「おおー!」」」


 どや。


 って意気揚々とおにぎりを掲げていたら、しのぶちゃんが勢いよくハグしてきた!


「やぁぁぁったぁぁぁぁ! ゆかぴのおにぎり~~!」

「おわっ、そんなに喜ばれるって思わなかった」

「ふふ、はしゃぎすぎですよしのぶさん。わたしも嬉しいですけど。ひとり2個ずつですね?」


 広々としたデパートの端っこでこぢんまりと。でも楽しく仲良くエネルギーと幸せを補給した。


◆◆◆


「この後ってどうするんだっけ」

「いったんはみらいビルから離れていくよ。グルっと円を描く感じで離れながら上昇していって、また戻ってきて最終的にはお隣、ヒルズ翡翠タワーの連絡通路経由でみらいビルに突入って段取りだね」

「2日に分けたことで時間に余裕ができましたし、みらいビルの中だけじゃなく周りも観光しよう、ということです」

「りょーかい。色々観れそうだね」


 おにぎりタイムを終え、デパートの3階から隣接する立体道路に出る。外に出た瞬間、襲いかかるのはムワッとした高温多湿の外気。空は未だちょびっとしか見えていないのに、熱はしっかりと下層まで届いているのがイヤになる。ピークは過ぎたけどそれでもまだまだ夏だ。さっさと次の建物へ向かおう。


 と、歩いている最中しのぶちゃんが「あれ何だろ?」と何かを指さした。


 これは……わたしも分からない。何だろう。赤っぽいオレンジ色の大きな鉄柱みたいなものが、何本も地面から伸びている。周りの建物と融合していてその全体像がよく見えない。


「みふゆ、これ何か分かる?」

「地図的には……たぶん、東京グランドタワーって塔の足じゃないかな。知ってる?」

「けっこう歴史のある塔じゃなかったですっけ」

「うそ、ここがそうなの?」


 存在は知っていたから、ビックリした。


 東京グランドタワー。老朽化でその歴史を終えた東京タワーの跡地に建った、いわば2代目。その新しい塔さえも、今の東京は吞み込んでしまったのか。


「せっかくだし登れないかな?」

「わたしも登ってみたい。いいかな?」

「大丈夫ですよ。わたしも気になりますし。でも入り口がどこなんでしょうか」

「みふゆさんにお任せあれ! えーっとね多分こっち」


 みふゆを先頭にタワーの周りを半周回って、金属製の看板に『東京グランドタワー』と刻まれた入り口へ。上を向くと、天へと高く伸びる塔の姿がチラリと見えた。そして、それと同じくらい高くそびえるビルの影も。


「ここって確か階段で登れなかったっけ?」

「おおう知ってたのかゆかりん……そうよ、有料のエレベーターと無料の階段。やっぱ階段行くのん?」

「にゃはは! もちろん! だって『登山旅』だもんね☆」

「ぐえー、インドア勢にはキツい高さだなぁ。疲れたから誰かおぶってー」


 入場の手続きを済ませたら、アート作品みたいにあちこちを鉄骨が貫くエリアを通っていよいよ階段上りスタートだ。何回も折り返して上へ続く階段は筒状に規則正しく編まれたフレームに包まれていて、まるで人もモノもギュウギュウに詰まったこの街にポッカリ開いた空洞みたい。


「うぇ、暑っつ!」

「いちおうここ、屋外なんですよね。周りが暗くてそんな雰囲気が全然しないですが」

「あっ、見て見て! 角に扇風機置いてあるよ! 涼みながら行こ☆」

「途中でエレベーターには乗れませんからね。頑張りましょう」


 そんな感じで意気揚々と上っていったわたしたちだけど、5分くらいした後には踊り場でポケーッと扇風機の風を浴びていた。景色が変わらないのだ。赤っぽいオレンジ色の鉄骨に、ネオンとコンクリートの遠景に。果てしない。


「にゃはは、みんなお疲れ様だね~」

「体力は全然余裕あるんだけどね……」

「全部で634段あるんでしたっけ。今どの辺でしょうか」

「あそこに段数あるよ。300段だね……300段かぁ」


 ブゥゥゥゥゥン……ブロロロロ……と、あちらこちらでドローンや車の音が鳴り止まない。みんなが静まるとよく分かる。


「……なんかさ、東京ってこんなにうるさかったんだなって」

「にゃはは、ホントにね。ゆかぴはこのにぎやかさ、好き?」

「うーん、好きっていうより、気にしてなかったって感じかな。みんなで東京の外に行ったおかげでやっと気づいた」

「そか。アタシは遊ぶんだったらいいけど、ずっと暮らしていくのはちょっとダメだった。だからつくばにいるの」

「昔東京にいたの?」

「ううん、東京じゃないけど……似たようなところにいた」

「似たようなところ……?」

「にゃはは、詳しくはまた後にしよ。ずっとここにいても暑いだけだし! さぁ、さっさと展望台まで行っちゃお!」


 元気よく階段に足をかけたしのぶちゃんの体を、タワーの外で光る広告のディスプレイが照らす。上を指さすその顔は、どこかその光から目をそらしているみたいで。


「――おっけー。みんな行くよ」


 だからわたしが2段上に立ってから振り返ったのは、無意識に光をさえぎってあげたくなったからかもしれない。


◆◆◆


 最後の1段を上りきったと同時、〈ブレインネット〉に『階段昇り認定証を獲得しました!』という通知が送られてくる。


「着いた~! ここが展望……台?」


 しのぶちゃんの語尾が疑問形になったのは、窓の外のせいだろう。そこから見えたのは、お隣のビル壁だったから。


「ここメインデッキは高さ130メートル。この高さだと、やっぱり並び立つ高層ビルもいるよねぇ」

「ネオンの山脈、ですからね。いちばん高いのはみらいビルディングでしょうけど、他も決して低いわけではないと」

「階段が無料な理由もなんか察せちゃうよね。これじゃあ展望できないもん」

「――でも、ほらここ来てみて」


 わたしが見つけたのは、足元がガラス張りになっている床。みふゆとうさぎがビクビクする横でわたしとしのぶちゃんは床の真ん中まで行って、一緒に下を向いてみた。


「にゃは、スゴいね。浮いてるみたい」

「これはさ、このタワーじゃないと見れない景色って感じしない?」

「確かに……ゆかぴは色んなモノのステキなところ、見つけてくれるね」

「でもそれは、しのぶちゃんが色んなモノに興味を持ってくれるからだよ。ありがと、このタワーを上ろうって言ってくれて」

「ゆかぴ……アタシもありがと。ここへ連れてきてくれて」


 恐る恐るなみふゆたちの手も握って、4人で輪になって空に浮かんだ。幾何学模様きかがくもように入り組んだ、明るくて暗い街の空を。

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