この目で見上げた空きチャンネル Continue()
𩿎の羽は朝風に乗り
「この街のてっぺんに、みんなで行きたい」
花火大会を見に盛岡まで行ってきた帰り、しのぶちゃんは空を指さしてそう言った。たくさんのビルと立体交差に隠されて、赤色だけを届ける夕焼けの空を。
「東京のてっぺん?」
「っていうと、東京みらいビルディングの最上階? 確かに展望エリアになってるけども……めちゃ高いよ? あっお金のことね」
「うん。だから『裏技』使う――アタシが全員分のお金出すよ」
「えっ、いやいやそんなの」
「今ある『部費』じゃ足りないとしても……せめて出せる分は、わたしたちも負担しますから」
「にゃはは、ありがとう。でもこれはアタシのワガママだから」
どうしても、みんなで一緒に行きたいの。
そう告げるしのぶちゃんの眼差しは、いつになく真剣で。
「――そっか。分かった、みんな付き合ってあげよ?」
「そうね。じゃ、借りひとつということで。どこかでお礼絶対するよん」
「ええ。どうしても行きたいのなら、みんな一緒に、です」
「みんな……」
「あとそれなら、わたしからもワガママを付け足していい?」
「もちろんだよ! なぁに?」
「ビルの最上階までエレベーター禁止。わたしたちは自分の足で、『山登り』をするの」
「「えっ」」
「……にゃはははは! いいね、それ最高!」
ネオンの山脈。その山頂へ。
わたしたちリア活部の、夏休み最後のイベントはこれに決まった。
◆◆◆
さて思いついたままにエレベーター禁止とか何とか言っちゃったけど、現実的にはある程度の高さから上は非常階段しかなくて、エレベーターを使わないと行くことができない。だから行ける範囲で階段やエスカレーターを使ったルート計算をみふゆがしてくれた。
みんなに共有されたルートは、秋葉原に行ったときを思い出すような建物から建物へ渡り歩くもの。縦にも横にも大移動となりそうだ。
所要時間は休まず進めば24時間。でもそんなの無理だから、うさぎちゃんが2日にスケジュールを分割。さりげなくホテルの確認も。
リア活部で何かやるときはいつもこんな感じ。わたしとしのぶちゃんが面白そうなことを思いついて、うさぎちゃんがツッコミを入れて、みふゆが計算する。
なんだかんだここまで、たくさん面白いことができた。だからこの『山登り』もきっと楽しいことになる。そうワクワクしながら荷造りを進めた。
日付は進み、夏休み最終週。空にまだ朝焼けの色が残っているような時間に、わたしはお母さんに見送られて家を出た。
マンションの入り口にはもうみんな集まっていた。それに1台の運搬ロボットも。何かと縁のあるこの元オンボロロボットは、今回の荷物持ちとしてアニムスさんが貸してくれたのだ。
「おはよー。みんなちゃんと寝れた?」
「遠足前日の小学生じゃないんだから。でも早すぎるよ朝ぁー」
「わたしは計画的に、昨日は20時に寝ましたよ」
「にゃは、実はアタシあんまり寝れなかったかも……なんだかソワソワしちゃった」
そんな会話をしながらロボットの荷台へキャリーバッグを固定。ロボットは任せてと言わんばかりにビービー、ブピーと電子音を鳴らす。
「これでよし。それじゃあ……」
「「「「れっつごー!」」」」
そう高らかに声を上げ、わたしたちは歩き出した。直後頭上をビュンと、何かがかすめる。
「うお、何だろう。鳥?」
「鳥なら、カラスとかかな? それかドローンか」
ひらりひらり、舞い降りてくる1枚の羽をしのぶちゃんが掴んだ。わたしの髪色みたいに
「この羽はカラスで間違いなさそうだね。東京のしかも24区にいるなんて珍しい」
「どこか不吉なイメージもありますが……」
「説明しよーぅ。不吉なイメージもあるけれど、はるか昔では太陽の神の遣いとして縁起のいい存在だとも思われてたのよ。だからこの羽も、きっと吉兆の知らせだと信じよう!」
「にゃはは、そうだね♪ アタシもきっといいことが起こる、気がするな!」
「せっかくだし取っておこ☆」としのぶちゃんはサイボーグ腕を少しだけ展開して羽をしまった。わたしも信じよう。いい旅になりますように。
◆◆◆
まずは電車で東京みらいビルディングの足元近くまで向かう。東京の中心へ向かうにつれ、線路はビル壁や高架道路に囲まれて地上なのに地下鉄のような暗さになっていく。
辿り着いた駅の改札を抜けると、そこには夜があった。
あまりにも多すぎる鋼とコンクリートの
周りで鳴り響くのは何台もの換気扇が回る音と、無機質な機械の駆動音。
そして、サイレンの音。
激しく動き回る強い光は、おまわりさんたちのゴーグル型サイボーグ眼だった。同じようなサイボーグ体に、同じような髪型に、同じ警官服。何人ものおまわりさんが暗闇の中で錯覚みたいに現れたり消えたりする。
「ここが、東京でいちばん高いビルの足元……こんなに暗いとは思わなかった」
「何か事件でもあったのでしょうか……」
「かもねぇ。あたしたちもさっさと行ったほうがいいかも」
地図アプリに引かれた赤い線に沿って、わたしたちは暗闇の街を歩き出す。大きな看板にはスーツ姿で笑う人の写真と『明るく活力ある社会へ! 採用募集中』という広告文。その真下でボロボロの服を着た大人が、フレームしか残ってないロボットの残骸に座っておまわりさんに話しかけられていた。
落書きや貼り紙で汚れた階段を上って、最下層を少しずつ離れていく。まだまだ朝は早いのに、少しずつ人影は増えていった。誰も彼もスーツ姿にビジネスバッグ。広告のような笑顔はどこにもない。
「東京ってさ、今まで広いようで狭いなって思ってた。けどやっぱり広いのかな。『山頂』の下のほうって、1度も来たことなかった」
「横だけじゃなくて縦の方向もあるからねぇ。実際は意外と面積あるのかもね。にしてもここはちょっと閉塞感があるけど」
「にゃは、確かに空気が重たいね。――でも、それでもまだ、この街はキレイでいいところだよ」
しのぶちゃんはそう言って、わたしたちが渡る歩道橋の手すりにそっと触れた。目線は橋の下を向いているのに、どこかここじゃない遠くを見ているみたいに。
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