デジタルシティ・ふぁいやーわーくす
鋼鉄の扉が開き、東京よりも体感涼しげな温度と太陽がわたしたちを迎えた。
「うぉー着いたー!」
「なんだか耳がまだボワンボワンしています……」
「にゃはは、スゴい速かったね~」
「説明しよーぅ。耳がボワボワする原因は気圧差! 『リニアこうよく』は最高時速500キロだからね、その速さでトンネルに入っちゃったらどうしても起きるものよ。アメを舐めるといいらしいってことでうさちゃんこれどうぞ」
看板に刻まれた文字は『盛岡』――そう、岩手県は盛岡市に、わたしたちリア活部(と、保護者的にレイチェルさん)はやって来たのだ。はじめての遠征だ。
今回の目的はズバリ、花火大会。現代では数少ない現実世界の花火大会だ。
もちろんいつもみたいに「よし明日行こう!」なんて気軽に言える距離じゃない。だから夏休みが始まって間もないうちにみふゆとうさぎちゃんがリニアとかホテルの予約を進めてくれていて、今日をずっとみんなで心待ちにしていたのだ。
駅の構内は程よく静かで、東京の駅に比べるとゆったりのんびりとした雰囲気が漂っている。
「なんだか、空気がおいしいかも~?」
「確かにそうですね。空も澄んでいて」
後から増設された感満載の〈ブレインネット〉対応改札を抜けると、観光案内の
紙のポスターには、わたしたちが目当てにしている『もりおかイーハトーブ花火まつり』の案内もあった。開催日は明日を示しているけど、わたしたちが1日前からここへ来たのにも理由がある。
駅を出た先に待っていた盛岡の景色は、まるで異世界。建物がどれも高くないから青空は広々としていて、自然と調和するかのように街は人工物と植物のハイブリッド。緑のカーテンって言うんだっけ、壁面を植物で覆った建物もちらほら見かける。
そして何よりいちばん存在感を放つのは、遠くに見える大きな山だ。みふゆの解説によるとあれは岩手山。人工山でもソーラーパネルの地面でもない、山そのものの姿をした山。あんな山は関東じゃきっと見られない。
すでに圧倒されているけど、盛岡観光はまた明日ゆっくりと。今日はこれから行くところがある。
まずはホテルにチェックイン。リア活部は4人部屋で、レイチェルさんは別部屋だ。少し古め狭めではあるけど全然いい。
そうしたら次に向かうのは、盛岡駅だ。そう盛岡駅。カムバック盛岡駅。
改札窓口で駅員さんから入場券を買い、構内を真っ直ぐ進んで辿り着いたのは紺色の壁で囲まれたエリア。中は小さな個室が並んでいて、個室の中にはこぢんまりとした机と椅子、そして天井から伸びる〈ブレインネット〉の有線ケーブルが備えられていた。
「それじゃ、向こうでね」と各々個室に入っていく。わたしも入室して椅子に腰かけ、ケーブルをうなじに接続。目を閉じれば視界が白くなって、体がフワリと軽くなっていく。
わたしたちの前には2つの花火大会があった。
ひとつはリアルの花火大会。
そしてもうひとつは、仮想空間の花火大会。
わたしたちが今日から盛岡にいるのはそのためだ。つまり――どっちも楽しんじゃおうってこと!
◆◆◆
ガヤガヤとにぎやかな人々の声の中で、わたしは目を覚ました。足元は石畳で、空はキレイな夕焼け。周りを見渡せばたくさんの人混みを挟んで色とりどりの屋台が道なりに並ぶ。
「ゆかりさーん、ゆかりさーん! あっいましたこっちです!」
「おぉうさぎちゃん! おっとっと……人がスゴいね。秋葉原並みだよ」
「ゆかりん合流! 通話無しで集まれたの地味に優秀じゃないあたしたち?」
「あっ、しのぶちゃんいつの間に浴衣に? いいなーわたしも着たい」
「にゃはー、あそこの『浴衣アバター』って屋台でもらえるよ☆」
人波をかき分け青色の屋台へたどり着くと、目の前に半透明のウィンドウが出現。ふむふむ、カスタマイズできるけどその分お金がかかると。無料のシンプル浴衣でいいや。選択したら自動的にわたしは浴衣姿になった。
「それじゃあ、屋台を色々見て回ってみましょうか」
「れっつごー☆ 早速だけどあれ面白そう! ガトリング射的だって!」
「ガトリング射的……?」
数分後、わたしたちは上空に飛来するUFOへ銃を乱射していた。撃ち落とす度に『+100』と文字がポップアップする。
「重たぁぁぁぁい当たらなぁぁぁい!」
「にゃっははははは! 撃て撃て~♪」
『タイムアップ! スコア:12600 60コインGET!』
空中へドットの文字が浮かび、UFOが消えていく。コインはこの
それからわたしたちは色々な屋台で遊んだ。とにかくバラエティー豊富だ。ジェットコースター屋台に金魚すくい
会場にアナウンスが流れる。花火の開始までもうちょっとみたい。続けて『オリジナルデザイン花火』と『プレミアム飛翔鑑賞』の案内も。
「へー。自分たちの考えた花火をプログラム中に流せるんだ」
「やってみる? 800コインも必要だけど、みんなのコインを合算すれば1個作れるかも」
「やってみよ♪ どんなデザインにしようかな~」
「リア活部らしさを表現できたらいいですが……しのぶさんとみふゆさん、絵心ありますか? わたしたちはちょっと」
「しれっとわたしも絵心なしにされてる……。まぁ美術の風景画アレだったけどさ……」
「みふゆさんにお任せあれ! 『スペース・ディスカバリー』で宇宙船のデザインとかしてるし!」
それじゃあデザインはみふゆにお任せして、わたしたちは広場を眺めながら花火を待った。広場ではネオ・ボンヲドリなるダンシングミュージックが流れている。
『――お待たせしましたァ! ンまもなくゥ、本日の大イベント・
そうクセの強いアナウンスが流れると、人混みの中から何人かが空中に浮きだした。たぶん『プレミアム飛翔鑑賞』を買った人だ。これだけコイン関係なくリアルマネーでそこそこの額が必要。打ち上げ花火、庶民は下からしか見れません。
そして、軽快な音楽と共に1発目の花火が打ち上がる。
――ヒュウウウウ、ドッッッッ……。
夜空に完璧な球形の花が咲く。それを皮切りにとめどなく花火は上がり続ける。色も形も個性的に。
「アタシたちの、どれ~?」
「だいじょーぶ! ハイライト表示できるようになってるんだ。上がったらすぐ分かるよ!」
「――お、あれか。赤い枠で囲われてる」
4つの火球が絡まり合いながら空に昇って、1つの花火になって夜空へ広がる。水色、白、緑、黄色……それぞれわたしたちをイメージした色なのかな。開いた花弁はもう1度塊へと収束し、無数の光となって天へ消えていった。
「おお……いいじゃん。面白かったよみふゆ」
「にゃはは、物理法則ガン無視なのも最高だったね☆ アタシたちは縛られない!」
「ええ。しかしここまで派手なお祭りを見てしまうと……明日が期待半分不安半分です。現実世界をひいきするわけじゃないですが」
「にゃはは、どっちもそれぞれ魅力があるんじゃないかな? きっと」
しのぶちゃんがそう言うと、どこか納得した様子でうさぎちゃんも夜空を再び見上げた。そう、だってわたしたちは、仮想空間も現実もどっちも満喫しちゃうつもりでいるんだから。
今はただ、この瞬間を楽しもう。
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