第9氷菓
「お、アイスがある」
うさぎちゃんとショッピングモールへお出かけ中、わたしはアイスクリーム屋さんを見つけた。夏にアイス、最高な組み合わせだ。
しかし気になることがひとつ。カウンターが3列あるんだけど、そのうち2列にお客さんが偏っているのだ。
なになに、立て看板によると……『新登場:AIアイス診断(β版) 質問に答えると、あなたに最適なフレーバーをAIが自動判定!』だそう。
「なるほど、そのAI搭載タッチパネルがこちらの2列というわけですね」
「ほーん。ちょっと気になるかも。やってみようかな?」
アイスっていつもバニラかチョコかくらいしか選ばないんだよね。まだ出会ったことのない味を期待して、わたしとうさぎちゃんも診断の列に並んでみた。
そこそこ悪い回転率に耐え、うさぎちゃんと2人でタッチパネルの前へ到達。質問の数が多いのかな?
「よし、まずはわたしからやってみよう」と『診断開始』ボタンに触れると、直後ビャッ! と超長い利用規約がポップアップしてきた。ビックリというか困惑。
その間にうさぎちゃんが規約をゆっくりスクロールしていく。いちおうちゃんと読んでいるみたい。
と、ある1文を前にしてうさぎちゃんの指がピタッと止まった。
「ゆかりさん……その、ここなんですけど」
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「おお……おお?」
戸籍情報? 購入情報? えっとこれアイスクリームのフレーバー診断だよね? もしかしてこれ、わたしの過去の行動もひっくるめて最適なフレーバーを出そうとする気なのか。回転率が悪めだったのはこれだけの量のデータを渡してるからなのか。
「わたしも頭にハテナが浮かびます……こんなにデータが必要なんでしょうか」
「うーん、ちょっといったん考え直そうか……」
後ろの人に順番をゆずってわたしたちは離脱。後ろの人は規約をポップアップされた瞬間に同意チェックして利用開始した。
「にしてもよく気づいたね」
「まぁ、狐森先生が昔授業で『利用規約には気を付けよう』っておっしゃってましたから」
「あー、そういえば確かにそうだった。覚えてる覚えてる」
なんかこう、授業でやったことが実生活に結び付くと「あぁ!」ってなるよね。ありがとう狐森先生。
さて、AI診断は諦めたわけだけどせっかく見つけたアイスクリーム屋。何かアイスを食べたい気分は収まらない。
それじゃあ自分たちで選ぶとしよう、ということで立て看板にあった『全フレーバー一覧はこちら』の2次元コードを読み取る。視界に見開きで飛び込んできたのはカラフルな大量のアイスの写真。その数なんと300種類!
「うわ、300もあるのこれ」
「想像以上に種類がありますね。AI診断に人が集まるのも納得です」
通行人の邪魔にならないよう端に寄って、1フレーバーずつ商品説明を眺めていく。名前、紹介文、成分……いやこれ300個全部見てたらキリがないぞ。
「うぅ、見ているだけで頭がキーンとしてきました」
「こういうのはやっぱりフィーリングで決めちゃうのがいちばんだよね。名前でビビッときたものとかさ」
ペラペラペラ、と頭の中でメニューをめくり、やがてひとつのフレーバーに目が留まる。
「うーん、これにしてみようかな。『
「あぁ、これですか。色はカラフルでキレイですね」
「これで変な味だったらどうしよう……いつだったかのミレノの新作を思い出すなぁ」
「懐かしいですね。あの時は『何を考えてこんなの頼んだんだろうこの人は』って思っちゃいましたよ」
「わたしも出てきた実物見てビックリしたよ。ふふふ」
うさぎちゃんも悩んだ末、『凍浜の恋文』というフレーバーに決定。お互い、名前だけじゃどんな味なのか想像もつかない未知の領域だ。
今度は空いている1列のほうへ進み、注文を進める。カウンターからチラッと見える店の奥には、色とりどりのアイスがズラリ。そこへ天井のレールに吊られたロボットアームがやって来て注文のフレーバーをすくい取り、カップの中へ。あっという間にご提供。
さてこれが『Mk.NINE』とやらの実物か。その名の通り、見た目は9色のカラフルな丸いアイス。うさぎちゃんが選んだやつは水色ベースに透明な固形物が散りばめられている。ふむ、どっちも見た目はオシャレ。
「よーし、いただきます。あむ」
「いただきます」
「あー……なるほど……」
「どうでした、ゆかりさん?」
「なるほど~そうか~そういう感じか~って感じ。えっとね、なんだろう……レストランのさ、ドリンクバーあるじゃん? あれを全部の味ちょっとずつ入れてきた感じ」
「味がケンカしてそうな気がしますが……」
「うんケンカしてる。でもちょっとずつ入れてきたけど、混ざりきってはいない状態っていうか。まだ間に合う状態の味だね」
ここで出角ゆかり、そっかこれ1色ずつ食べてけばいいんだ! と気づきを得る。そうすれば1個で9味のコスパ最高アイスに早変わり。結果的に当たり味だったかも?
「いい味に出会えたね。AI診断やってたら、これを薦められてたのかな」
「どうでしょうね。食べ慣れた味を薦められるのか、それとも今まで食べたことのない味を薦められるのか」
溶けて混ざらないように気を付けながらスプーンを動かす。わたしは知らなかったものを冒険していくほうが好きだな。ここまでの足跡と、これからの足跡が同じ方向を向いていなくたっていい。わたしとうさぎちゃんならその理由も、そうすることの名前も知っている。
――それが、リア活。
「ねぇ、そっちのも味見してみていい?」
「いいですよ」
「ありがとー。あーん」
「ゆかりさん?」
「あれ、あーんしてくれないの……」
「……ひと口だけですよ」
おお、爽やかで甘酸っぱい味。
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