キミのそばで眠らせて
「アニムスさん。――ここってお泊まりできるんですか?」
ある日のバイト中。わたしはアニムスさんへそう聞いた。
『これはまた突飛なことを聞くね、ゆかり君は』
「ごめんなさい、ゆかりさんはときどきヘンなアイデアを思いつくんです」
「あはは、ごめんなさい。でもこんなに大きな施設だから、お泊まりとかできたら面白そうだなって思って」
『ふむ。ゆかり君とうさぎ君の2人であれば、実現可能性としては低くないね。いちおう大ホールの楽屋には仮眠用のスペースもある』
「おお、それじゃあ」
『とはいえここは宿泊施設ではないからね。快適性は保証しかねるよ。仮眠スペースだってライブ数時間前の演者がリラックスできるように置いてあるもので、ひと晩を明かす想定はしていない』
「仮に眠ると書いて仮眠ですからね」
「うーん、じゃあお布団持参するとかすればどうですか?」
「そこまでする気ですかゆかりさん……」
『その労力をかけるのならどこかホテルに泊まるほうが良い気がするよ……』
「むぅ。でもコンサートホールに泊まることができたら、スゴく貴重な体験になると思うんです。――わたし、この場所が大好きですから」
『やれやれ。分かった、なんとか実現させる方向で考えてみよう。日程はこちらの都合に合わせてもらうよ』
「やったぁ!」
「アニムスさんもオトしてしまうなんて……ごめんなさいアニムスさん、ゆかりさんのワガママを叶えていただいて」
『ふふ、構わないよ。存分に青春したまえ』
というわけで数日後の夕方。
この前しのぶちゃん家へ行ったときのようなお泊まり会セットを携え、わたしたちはバイトに出勤した。
ちなみにアニムスさんへ相談した日の夜、アニムスさんがお母さんに電話をかけてホールでのお泊まり会について色々お話していたらしい。ここで雇ってもらったときの書類関係といい、アニムスさんってミステリアスなのに現実的な手続きはキッチリやる人だ。ある意味ミステリアスさが強まってる気もするけど。
「「おはようございます」」
『おはよう。結構な大荷物だね。一旦この部屋の隅にでも置いておくといい』
「それで、今日は音楽家の方もここにお泊まりされるんですよね」
事前に聞いていた話では、明日に演奏を控える人もついでにここで泊まらせることになったらしい。遠方から来ている2人組で、わたしたちと近い年代だそうだ。
2時間ほど
この前のハルさんを皮切りに、夏休み中のバイトではたくさんの演奏者さんと知り合った。まぁ皆色々と個性的なキャラをしているけども、今度の2人組はどんな人たちかな。
「おはようございます!」
「おっはようございまー♡」
「おはようございます……スゴい、本当にバイトがいるんだ」
エレベーターから出てきたのは、話通りわたしと同じくらいの年に見える2人組。パッと見た感じ、もしかして男女ペア?
「はい、バイトの出角です。えっと、あなたちが?」
「きひひ、そーだよ! ボクがエイルサ! この子はフィンリー! ふたり合わせて〜……トランセンブル! でーす♡」
「エイルサ、そんな決めポーズ取ったことないでしょ……」
エイルサ、と名乗る黒髪短髪の子が楽しげに跳ねる。外見は男子っぽいのに、その言動や声色は『ボーイッシュな女の子』みたいだ。フィンリーって子も『ガーリッシュな男の子』にも見える。要するに性別不詳。やっぱりこのホールに来る演奏者さんは皆どこか不思議を抱えているなぁ。そう思いながら荷物を受け取った。
◆◆◆
「おふたりはどんな音楽をしてるんですか?」
「ボクがバイオリンで、フィンリーがバグパイプやってるんだ! ちょうどこれから小ホールで練習するし、見にくる?」
「ばぐぱいぷ……? どんな楽器だろ。見たいな」
「アニムスさん、大丈夫でしょうか」
『2人が良いのなら構わないよ。だけどその前に、バイトとしてのキミたちはここで退勤だ』
「えー、残業ってことにならないですか」
『練習の見学は仕事とは言えないね』
むー、とわたしが天井に向けて
「ごめん、アタシだね……」
「きひひ! フィンリーちゃんお腹空いちゃったの~?」
「おっ、わたしお弁当作って来たんですよ! みんなで食べましょう!」
「えっホント! ゆかりちゃんスゴ~い♡」
「いいの? ありがとう……それと、タメでいいよ。別に」
「そう? じゃあ遠慮なく。じゃあちょっと着替えて持ってくるね」
みんなで小ホールの床に紙皿とかペットボトルとかを並べて、ピクニックみたいな気分で夜ご飯を食べた。ライブハウス風な屋内っていうのがこれまた新鮮な気分だ。そうそう、こういう面白さがありそうって確信があったんだよね。
ちなみにアニムスさんはいつも通り最奥の部屋から出てこなかった。というか最初に会ったときから指1本動いてない気がするんだけど。あの白雪姫は本当にアニムスさんなのかな? まぁいいや。
食後はトランセンブルの演奏を見学。フィンリーちゃんの『バグパイプ』という楽器は、カバンくらいの大きさの袋に何本か管がくっ付いたような感じの見た目をしていた。演奏が始まってすぐ「あぁ! これがバグパイプの音だったんだ!」って気付く。ケルト音楽って言うんだっけ。牧歌的で、広々とした自然が目に浮かぶような音楽だった。このホールで働いていると、色々な音楽に出会えるのが楽しい。
さて音楽に浸っていたら夜10時。そろそろお休みする準備をしないとかな。
と、そこでアニムスさんがスゴい提案をしてきた。曰く『せっかくだし大ホールで寝てみるかい?』と。どういうこと?
『倉庫を探したらキレイな布団が見つかってね。楽屋に敷いても良いけど、こっちのほうが貴重な体験になるだろう?』
と、いうわけで。
薄明かりの付いた広い広い会場のステージ上に、小さなお布団がポツリと2つ。
「なんか、シチュエーションとしてはだいぶ変だね……」
「ええ……なぜか幕も開いてますし……」
わたしたちのふたりごとが、静かなホールに響く。改めて見ると、ここはとても壮大で、キレイで、神秘的で。そんな場所で寝そべっているのが奇妙な感覚だった。わたしはもう夢の中にいるのかな。
そう思っていると、わたしのすぐ隣でガサゴソと物音が。あぁここはまだ現実か。にしてもうさぎちゃんどうしたの――と振り返ると、うさぎちゃんはわたしと同じ枕にいた。
「おわ、うさぎちゃん?」
「ごめんなさい。なんだか広すぎて逆に心細くなってしまって。今日は、その……手をつなぎながら、寝てもいいですか」
「もっと近く、来ていいよ?」
「えっ――」
わたしはうさぎちゃんに体をギュッと寄せる。ふふ、うさぎちゃんの体はあったかいね。その温かさが心地よくて、ゆっくり眠れそう……。
……。
――――。
――――――ブエェェェェェェェェェェン!!!!!!
「「うわぁぁぁぁぁ!?」」
なにこの爆音!? 反射的に飛び起きたらホールの明かりが付いていて、〈ブレインネット〉の時計が示すのは午前6時。そしてわたしとうさぎちゃんのすぐ近くには、あの特徴的な袋付きの管楽器。
「きっひひひ♪ おっはよー! それにしてもひとつの布団でギューしながら寝てるなんて、ラブラブだねっ♡」
「エイルサちゃんにフィンリーちゃん!?」
『お、おはようふたりとも……ふふっ、ふ、すまない少し待ってくれふふふ……ふふっ……』
「アニムスさん何ツボ入ってるんですか!」
バグパイプの音色が途切れないまま、トランセンブルのゲリラ演奏が始まった。ビックリしたけどなんか清々しいのは音楽の力だろうか。
コンサートホールでのお泊まり会は、何から何まで新鮮だった。
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