暑森が出てしまいました

 森の中にいる。


 それは別に唐突なことでもなくて、昨日のうちからみふゆが「夏にピッタリな涼しい仮想空間あるよ!」って紹介してきた世界ワールドがここだったのだ。実際ここの森は木陰と風が涼しくて心地いい。


 けど、その時わたしの頭に思い浮かんだアイデアは唐突だった。それはノータイムでわたしの口からリア活部のみんなに伝えられる。


「――リアルの森、行かない?」


◆◆◆


「現実世界の森、ですか?」

「この超アツアツな真夏日にぃ?」

「そう。森ならリアルでも涼しいんじゃないかなって。避暑地みたいな?」

「いやしかしねぇゆかりん、この世界ワールドは元々の気温が低めなんだし現実はそう上手く行かないと思うけどもねぇ」

「にゃは、アタシは行ってみたいな! リアルの森が実際どれくらいの涼しさなのか! リア活部なら自分たちで行って確かめないとね☆」

「森らしい森となると、東京から少し離れる必要がありそうですね。プチ旅行のようになりそうです」

「日帰りで行けそうな範囲にあるのかな? みふぴ、どう?」

「日帰りで行ける森ねぇ、秩父とかかな? 埼玉県の北西のほう」


 みふゆが旅行系ブログの記事をみんなに見せる。おお、よさそう。そこにしよう。

 移動手段は電車とバス。わたしとみふゆ、うさぎちゃんとの間で、レイチェルさんへの出動要請はしのぶちゃんが提案してこない限りあんまりしないという暗黙のルールが生まれている。ワガママに頼るのはしのぶちゃん家におんぶに抱っこな感じになっちゃうから。それにまんなで頑張って集めた『部費』がせっかくあるんだし。


「よし。じゃあ……明日行く?」

「「「明日!?」」」

「待ってくださいゆかりさん……! 明日は急すぎます! 計画だってアバウトな目的地と行き帰りの時間帯しかまだ決まっていませんから!」

「にゃははっ! またゆかりんの無計画計画が出たね☆」


 結局スケジュールはうさぎちゃんに赤ペン先生され、わたしたちが電車に揺られるのは翌日ではなく数日後になった。


◆◆◆


 そういうわけで数日後。


「おいっすー。暑すぎ!」

「にゃっほーみふぴ♪ 全員集合はクリアしたね」


 電車の扉が開き、半袖半ズボンのみふゆが入ってくる。わたしとうさぎちゃんの2人からスタートし、道中でしのぶちゃん、続けてみふゆが電車に乗ってくる形で合流したのだ。


「ってみふゆさん、タオルと帽子だけですか? 何か防暑グッズなどは……」

「いやぁだってこんな夏の屋外を長距離移動するとかめったにないからさ……」

「じゃあ、わたしのネッククーラー代わりばんこで使う?」

「にゃは、アタシ今日扇風機と……冷感スプレーも持ってきたよ♪ 遠慮えんりょなく使って!」


 しのぶちゃんがカシャカシャ、と控えめに右腕をして、内臓されたアイテムをチラ見せした。腕の中を隠し収納的に使えるのってなかなか便利そうだね。


「では、ここから30分ほどひたすらこの電車で移動ですね」

「おっけー」


 ゴトン、ゴトンと揺られながら車窓を眺めたり、雑談したりしていると降車駅に着いた。ホームが半分くらい屋根なしで、サビだらけの看板。まさに地方の駅って感じだ。駅の周りには既に植物の姿が見える。だいたい干からびてるけど。

 ここからさらにバスへ乗車。遠くに見える山々はちゃんと元気な緑色だ。


 それにしても暑い。やっぱり暑い。まだ午前中なんですが。でも森に行けばきっと涼しくなるはず!


 ……。


 ……きっと涼しくなるはず。そんなふうに考えていた時期がわたしにもありました。


「……」

「……」

「……にゃは、扇風機いる人~」

「「「はい!」」」


 森の中にいた。景色は仮想空間とそん色ない。色鮮やかな草木。遠くから聞こえる川のせせらぎ。飛び交う虫。どれも東京には無くなってしまったものだ。


 ただひとつの違いは、現実の夏が強すぎたことだった。木々の間を通る風はドライヤーかと思うくらいの温風で、葉っぱの傘は日光を防ぎきれない。わたし自身も大きなつば広帽子で防御しているけどそれでも暑い。いや日陰だよ? なんで日陰が暑いの?


「川の音がする……川入ってきちゃだめかな」

「それはマズいよゆかりん着替え持って来てないでしょ」

「ゆかぴー! 冷感スプレーっ!」

「のああああ!」


 ブシュー! としのぶちゃんの腕から噴射されたスプレーを全身に浴びる。はっ、暑くて頭がおかしくなってたかも。


「えー、結論としてはリアルで森に逃げても避暑にならん、ってことでいいっすか」

「け、景色はとても良いですよ……。心の疲れは、取れる気がします」

「確かに。東京があんなに小さく見える」

「逆に言えばこんな遠くからでも見えるくらい高くそびえ立ってる、ってことでもあるよね」

「にゃはは。暑ささえなければ最高なのにね~」

「ホントね。涼しくなったらまた来たいな」

「それじゃあ、人里に帰りましょい……」

「りょうか~い。せっかくだし秩父でご飯食べたいなっ」


 ということで、わたしたちはスケジュールよりも早めに森を出ることになった。みふゆが歩きつつ秩父グルメをリサーチし、しのぶちゃんはサイボーグ腕を展開してみんなへ順番に扇風機を当てていく。サイボーグの体は汗をかかない。けど流石のしのぶちゃんも首から上がビショビショだ。濡れタオルで拭いてあげよう。


「ところでこの辺って、バスが30分とか1時間に1本しか来ないんじゃなかったでしょうか?」

「おっと? 次に来るバスはねぇ……3分後だね」

「ほーん。……え3分後?」

「にゃはは☆ 走る?」

「えっ」

「走ろう」

「えっ」

「行くよみんなぁぁぁぁぁぁぁ!」


 こだまでしょうか。いいえ4人の絶叫です。足跡のように汗を大地へ染み込ませ、バス停まで全速力。あっみふゆが脱落……したと思ったらうさぎちゃんに背負われて戻ってきた。サイボーグ脚の面目躍如めんもくやくじょだね。


 そのままわたしたちは停車するバスへ勢いよくなだれ込んだ。ポツポツと座るお年寄りの乗客がにこやかにこっちを見ている。騒がしくてごめんなさい。エアコンの効いた車内が天国みたいだ。


「はぁ、はぁ……間に合った……」

「ゆかぴスポドリ飲んで。みんなも大丈夫?」

「無事です……。しかし避暑をしに来たのに、全身汗だくになってしまいましたね……」

「街に戻ったら絶対かき氷食べよ……」


 森林浴としては確かに失敗かも。現実は楽しいことばかりじゃない。


 けどまぁ、みんなの顔はしんどそうだけど満足げだった。日帰り旅行としてなら、これはこれで。

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