高温多湿なライブラリー

 夏休み。それは学校に行かなくていい期間。


 だけど休みに入る前、学校は宿題という置き土産を残していく。そのうちのひとつに、読書感想文とかいうものがある。


 そういうわけでわたしはその日、読書感想文にちょうどよさげな本を探してイナ高へと登校ログインしていた。セーラー服を着たの久しぶりに感じるなぁ。あと屋外なのに超涼しい! 気温だけこの時代に戻ってくれればいいのに。

 校庭では元気な掛け声が聞こえてくる。bスポーツ系の部活は夏も日々練習だ。大変そう。わたしは帰宅部だから日々遊んでいる。まぁ色々な形の青春があるってことで。

 少し歩くと今度は学校という場所に似つかわしくない、ババババ、バキュンバキュン……とどう聞いても銃撃の音がしてくる。電脳サバゲー部だ。全国大会ってもうすぐなんだっけ。

 それにしても銃の音を聞くと、あの肝試しのつもりで迷い込んでしまった仮想空間を思い出す。あの後みふゆが改めてネット上の情報を調べてくれたけど、やっぱりわたしたちが実際に見たものと全然違っていた。じゃあやっぱり本当にサービス終了したゲームの世界? って思ったけどどうやら『Metal Line Combat:Online』って名前のゲームも実在しなかったみたい。

 いったいあの世界は何だったんだろう……たくさんの疑問が残ったまま、あの日はたくさん怖い思いをしたうさぎちゃんの寝落ち通話に付き合って終了したのだった。


 さて、そんなことを思い出しながら昇降口へ。本日の目的地、図書室は校舎1階、入ってすぐのところにある。日陰の涼しい空気と共に、チリンチリンと風鈴の音が聞こえてくる。


 図書室のカウンターには顔なじみが座っていた。顔の半分以上が前髪で隠れちゃってるけど顔なじみ。カヴィタちゃんだ。


 さらに、彼女の隣には3Dオブジェクトをコネコネしているお姫様カットの女子――みつはちゃんの姿もあった。コネコネしているのは、たぶん手芸部の作品を作ってるのかな。


「やっほーふたりとも」

「あら、ごきげんよう」

「あっ、や、やっほ。ふひひ」

「今日カヴィタちゃんが当番だったんだね。ちょうどよかった。今日さ、読書感想文によさそうな本探してるんだけど……探すの手伝ってくれない?」

「あっ、うん。ボクが手伝っていいの?」

「もちろん。お願いしまーす」

「うふふ。でしたらわたくしもお手伝いいたしますわ。行きましょうカヴィー?」


 そう言って2人は同時に立ち上がりカウンターを出た。あれ、なんかイスが1個しかないように見えたんだけど気のせいかな。まぁいいや。みんなで文庫本の本棚へ移動した。


◆◆◆


「出角先輩は、夏休みどう過ごされておりますの?」

「んー、けっこう色々遊んでるかな。海行ったりとかさ。バイトもしてるけどね」

「まぁ。海はどなたかとご一緒に?」

「うん。いつもの4人でね。うさぎちゃんたちね」

「まぁ! 現実世界でもお会いになられているんですのね」

「う、海、いいね!」

「いや~実際行ってみたら死ぬほど暑かったよ! 砂とか燃えてるんじゃないかってレベル。やっぱり夏に泳ぐなら室内プールが安牌あんぱいだね」

「あっ、そうなんだ……ねぇ、みっちゃん」

「大丈夫ですわカヴィー。ビニールプールがありますわ」

「え? 2人もリアルで会ってるの?」


 あっ聞こえてない。完全に2人の内緒話に入っちゃってる。おーい文庫本の棚ってここじゃないの? おーい。


「あっあっ、ごめんね出角さん、ごめんね」

「ごめんなさい。少し盛り上がってしまいましたわ」


 一緒にあせあせしながら戻ってきた。うん、とても仲良しだってことは伝わった。気を取り直してオススメの本をカヴィタちゃんに教えてもらいつつ、さっきの質問を投げ直す。


「ええ、実は。幼なじみ、というのでしょうか。昔からずっと一緒に過ごしてきたんですの」

「そうだったんだね。なんかさ、リアルで会える友達ってスゴい貴重だよね。わたしもリアルでうさぎちゃんたちと出会って、強くそう思う」

「うふふ。その通りですわね」

「――あっ、出角さん。これとかどうかな」

「ん。これは……歴史もの?」

「そう。そうなの。えっとね、主人公の一人称視点なんだけど、心理描写とか……丁寧なんだ。だから感想文、書きやすいかなって」

「へー。なんだか面白そう。ありがとねカヴィタちゃん」

「ふひひ……! あっ、ねねね、もういっこオススメの本があるんだけど、ちょっと背が届かなくて。い、イス持ってくるね」


 カヴィタちゃんがピョンピョン飛び跳ねながら、上のほうにある1冊の本を指さしている。でもその高さならわたし届きそうだよ。


 って言いいかけた瞬間、イスを取りに行こうとしたカヴィタちゃんをみつはちゃんが捕まえた。そのまま後ろから手を回し――持ち上げた。


「ひぅ!?」

「でしたらカヴィー、こうすれば届きますわ♪」

「み、みっちゃん……!? やめてよっ、は、恥ずかしいよ……出角さんの前で……」


 いやあのわたし自分で届く……って言いそうになったけどやめた。みつはちゃんの眼が、なんかスゴかったのだ。言語化するとマズい気がする感じでとにかくスゴかった。関係ないけど心なしか窓の外が曇ってきた気がする。


「うぅ……ご、ごめんね出角さん。えっと、これ」

「うん、ありがとう……。で、えーと何の話してたっけ」

「現実世界で会える人がいるのは、とても貴重というお話ですわ。他には夏休み、皆さんでどんなことされましたの?」

「そんな話だっけ? そんな話だったか。 あとは~……お泊まり会した」

「あら、それはステキですわね」

「楽しかったし、お互いのことをもっとよく知れたかな。もしかして2人もお泊まり会やった?」

「うふふ。ええ。わたくしたちもお泊まり会、

「……え?」

「夏休みが始まってからずっと、わたくしたちも感じていますわ。同じ時間を共に過ごすって、とても幸せなことだって。一緒に起きて、一緒にお食事をして、一緒に入浴して……」

「み、みっちゃん……! 恥ずかしいよ、っ……!」

「えっとあのー」

「今だってそうですわ。現実でもこうして抱き合いながら登校ログインを……♡」

「お、おおー……」


 ポツリポツリと、窓の外で雨音が聞こえてくる。イナ高は夏の気候も再現されるのだ。


 ……なんかさ、夏ってジメジメするよね。

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