ゴースト・イン・ザ……
息を切らしながら門まで戻った。広場は要塞みたいに変形していて、大きな兵器が何個もこさえられ、元の姿から一変していた。中央ではホログラム掲示が『機霊戦車#000000 HP9504887/9532670』という文字をギラギラ光らせている。
あちこちでズシン、ズシンと重たい音や、爆発のような激しい音が聞こえてくる。灰色1色だった世界は今や黒と赤と橙で塗り替えられていた。
「ちょっと……下調べした情報と全然違う……なんかおかしい」
「確かにこれ、フツーじゃないかも」
「ログアウトする?」
「わ、わたしはこれ以上は、無理です……」
「そうしよう。ごめん、まさかこんなことになるとは……」
そう言ってみふゆが空に手をかざし、メニュー画面を呼び寄せる。だけど『ゲームを終了する』の文字を選んでも、わたしたちに変化はなかった。何度押しても。
全員の顔が真っ青になるのを見計らったかのように、機械音声が『警告。レイドボスと一定距離圏内では離脱することができません』と無慈悲に告げた。
===========交流板===========
Ayane:ログアウトできない
Ayane:どうして
Ayane:誰か
==========================
背後で響く重たい音。しのぶちゃん家の車3台分くらいはある大きな大きな戦車が、壁を壊して広場に現れた。分厚い鋼で覆われたその巨体で、ガレキも並んだ兵器たちも簡単に押しつぶしてしまう。
その背後からは銃を取り付けた4本足の機械たちが、バリケードを踏み越え行進する。
「何ですか、あれは」
「もしかして……あれが、あの掲示に出てる『機霊戦車』……?」
「とにかく逃げないと……このままじゃ」
「でも逃げるって言っても、さっきのところしか逃げられる道がないよ」
「そんな……わたしたち、どうすれば……」
死神の軍勢はみんな、わたしたちへ銃口を向けていた。ひゅ、と息が止まる。もし仮想空間で命を落としてしまったら――この世界で死んでしまったら、わたしたちはどうなってしまうのか。
こんな恐怖、肝試しで求めていたものじゃない。
===========交流板===========
Ayane:そっか
Ayane:分かったよ
Ayane:帰れないんなら ここで戦う
==========================
大きな音と光がした。熱を感じる。わたしたちの手前で。
目を開けると、煙の中でわたしたちの前に大きな金属板が立っている。持ち手のついたそれを、誰かが握っていた。それは大きな盾だった。
その人はボロボロの防弾チョッキを着こみ、右手には黒くて大きな銃を握っていた。ピンク色の髪とあちこちに巻いた包帯をたなびかせ、こちらを振り返っている。
頭上にはHPバーと名前の表示。NPCにはなかったものだ。まさか――と名前を見る前に、その人は機械たちへと走り出し、戦いはじめた。イナズマのような素早い動きで機械の間をくぐり抜け、どんどん相手の数を減らしていき、大きな戦車にさえためらわず爆弾を投げ込んでいく。
その人が生み出した爆炎に機械たちがひるんだ一瞬、その人は
『緊急離脱ハッチが開錠されました。離脱者は1分以内にハッチを通過してください』
と合成音声が告げる。ピンク髪の人も手招きするジェスチャーを見せたあと、再び機械たちのもとへ飛び込んだ。
「行こうみんな!」
「うさちゃんしっかり! あそこまで!」
うさぎちゃんをわたしが背負い、みんなでハッチへ走る。あの人はわたしたちが狙われないよう、機械たちの注意を自分ひとりにすべて集めているみたいだった。たくさんの銃弾がそばをかすめ、広場に無数の痕を付ける。激しく動き続ける中でわずかに見える表情は、どこか無茶をしているような苦しそうなものだった。
だからわたしは、うさぎちゃんをしのぶちゃんに預け、3人を先にハッチへ飛び込ませた。最後に残ったわたしはハッチから上半身を出し、あの人へ叫ぶ。
「ゆかぴ!? どうしたの!?」
「ちょっと待って……ねぇ! あなたも!」
『緊急離脱ハッチの閉鎖まで10秒。9。8。7……』
「ゆかりん! もうすぐハッチが閉じちゃう!」
「でも……!」
わたしの叫びにその人は振り返って、たくさんの爆弾をバラまきながらわたしのもとへ近寄る。
――そして、わたしの体を押した。
『緊急離脱ハッチが閉鎖されました……レイドボスを撃破するまで……ここで戦死した場合…………』
視界が真っ暗になっていく。正方形の白い光はゆっくりと小さくなって、消えた。
遠くなっていく世界の中で、最後に見たあの顔を思い出す。
もしも本当に、ここが単なるホラーワールドだったとしても。
もしも本当に、あの人がそういう設定なだけのキャラクターだったとしても。
わたしはきっと、あの顔を忘れることはできない。
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