閉幕世界の忘霊

 荒れ果てたビルと、曇り空。それがわたしたち4人を囲むすべてだった。


 倒れたビルの壁には、世界観を損なわないような暗い質感で『Metal Line Combat:Online』と刻まれている。そう、ここは現実世界ではなく仮想空間だ。


 わたしたちが今ここにいるのは、「夏といえば肝試し!」というわたしの提案がきっかけ。それでホラー系の世界ワールドをみふゆが見つけてきて、リア活部のみんなで没入ダイブしたのだ。


「ここがホラー系? 普通のFPSゲームみたいな雰囲気だね~」

「ひっ、ひとくちにホラーと言っても、色々ありますから……」

「うさちゃんもう怖がってる? まーあたしも下調べしてきたってのに結構ドキドキしてるけども」

「っていうか、勝手に服装変わってるね。ミリタリーな感じだ」


 周りはガレキでふさがっていて、唯一通れる道だけがポッカリと口を開けている。お化け屋敷っぽいのをイメージしてたけど、こういう荒廃した廃墟はいきょの街ってのも雰囲気があるなぁ。


 道なりにしばらく進むと開けた場所に出て、中央に立つホログラムのような光る掲示が目に留まる。そこには大きな文字で『サービス終了のお知らせ』と映されていた。


「なるほど。そういう設定なんだ」

「ゆかりさん、スゴく冷静ですね……」

「にゃはは~、面白そうだね」

「しののんもよく楽しそうに……強いねぇおふたりさん……うわっ!」

「んひぃ!?」

「にゃは、誰かいるね?」


 広場の端にポツンと誰か立っていた。片腕が骨のように細いサイボーグの女性で、どこに目線を合わせるでもなく呆然ぼうぜんとただ立っていた。

 わたしとしのぶちゃんが近づいてみる。後ろの2人も悲鳴を上げながらついてきた。するとその女性は急にわたしたちへ目を向け、ポーズを取ってしゃべり出す。


『……仕事が欲しいか。傭兵。だがあいにく、今は新しい仕事がないようだ』


 よく見ると女性の背後にあるパネルには『MISSION』と書いてあった。だけどその文字はかすれてしまっていて、貼られていたらしい紙は半端にちぎれ、画びょうがむなしくその残骸ざんがいを留めている。

 さらにわたしたちへ、リヤカーを引いた人が近づいてくる。『やぁ、傭兵さん……新しい武器はいるかい?』と告げるその荷台には、何も積まれてはいなかった。


「NPCってことかな」

「だね。誰もいなくなった後でも、ずっとここで自分の役割を果たし続けてる……」


 パチパチと明滅する、『交流板』と書かれたネオンライト。その下に流れていくユーザーたちの書き込みは、ほとんどのアカウントが削除済みになっていた。


 と、その時。頭上で大きくサイレンが鳴り響いた。無機質な合成音声と共に。


『侵攻戦〈カルクラティオーニス=フィナーリス〉が開始されました。集会エリアの安全地帯設定が解除されます』

「えっ、ちょっと、何ですか!?」

「ひっ広場の形が変わってく!?」

「みんな、あっち!」

「あそこに逃げろってことだね。行こう!」


 遠くで大きな影が動いて、爆発や銃撃の音がする。

 中央のホログラム掲示に映された『機霊戦車#000000 HP9532670/9532670』の文字を背にして、わたしたちは大きな門をくぐり抜けた。



===========交流板===========

〈アカウントは削除されました〉:サ終まであと30分か…

〈アカウントは削除されました〉:待って、エリア31になんかいない?

〈アカウントは削除されました〉:ちょw今になって新要素?www

〈アカウントは削除されました〉:あそこ去年で閉鎖になったはずだけど

==========================



 門を抜けた先は、今までよりももっと荒れ果てた空間だった。形の残っている建物はほとんどなくて、砕けたコンクリートと鉄骨が灰色の密林を形成している。


「う、何か焦げてる?」

「ツンとするような……変な匂いです……」


 銃弾の痕みたいな穴や煙もたくさん。まるで激しい戦いがここであったみたいに……そう辺りを見回していたら、不意に視界の端で何かの影が揺れた。ような気がした。


「今の、何だろ」

「怖いこと言わないでよゆかりん! 何が! 何がいたの?」

「分かんない……でもなんか、ピンク色? っぽかったかな……」

「ピンク……?」


 そう話していると、上空で響く機械音声のアナウンスが『脱魂兵がエリア31に出現しました』と告げる。直後、どこからともなく現れた大きな飛行機がわたしたちの頭上を通り、後ろのハッチを開いてたくさんの機械を投下した。

 目視で見えるほど近くで動き出す細身の機械たちが、全員ボディに大きな銃を取り付けていたのに気づいた瞬間。


 ――ビビビビビビ! とけたたましい音を上げ、機械たちが一斉に赤い光をわたしたちへ向けた。


「ねぇ、これ見つかって」


 しのぶちゃんが言い終わる前に、背後の壁へ穴が開いた。さっきかいだばかりの焦げた匂い。


 反射的に、わたしは腰を抜かしたうさぎちゃんへタックルするかのように物陰へ突っ込んだ。しのぶちゃんはわたしよりもさらに速く、みふゆごと地面に伏せたみたいだ。さっきまでいた場所を嵐のような銃弾と煙が襲う。ぞあ、と一気に背筋が凍った。


「ゆ、ゆかりさ、一体、一体何が」

「ちょ、こんなの事前情報になかった……どういうこと……」

「にゃ……みんな動ける? あいつら近づいてきてる」

「む、無理です。動け、動けない」


 しのぶちゃんの言う通り、金属のかん高い足音はじわりじわりと近づいていた。ゆっくりだけど、わたしたちはFPSをやりに来たわけでもない素人。逃げることさえどうやって動けばいいのか分からない。ただうさぎちゃんを抱えて縮こまることしかできなかった。心臓がドクドク跳ねる。視界が揺れる。息ができなくなる。


 その時だった。機械たちの近くでカランカランと何かが転がる音がして、大きな爆発が起きた。


「! ゆかぴ走れる!? うさぴ背負って!」

「えっ、うん!」

「逃げるよ! 門のところまで!」


 視界の端でユラリと揺れた、ピンク色の影。一瞬だけど今度はハッキリと見えた。


===========交流板===========

〈アカウントは削除されました〉:ありがとうMLCO!

〈アカウントは削除されました〉:じゃあな皆の衆

〈アカウントは削除されました〉:うおお俺が最後のログイン者d

Ayane:え、サービス終了ってどういうこと?

Ayane:ねぇ

Ayane:みんなどこいったの

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