はたらく機械―Humanless SummerDay―
目を覚ますと、枕元のアナログ時計は6時を示していた。
わたしは割と早起きが得意なほうだ。だから夏休みでも起きる時間ってあまり変わらない。
リビングにまだお母さんはいなかった。カーテンを開けると既に強くなった陽光が世界を温めている。あっ、ベランダに何か届いてる。
扉を開けると室内との寒暖差で思わず「ぐあぁ」と声を漏らしてしまうけど、これでもまだ気温が低いほうだ。真夏の昼はヒドいを超えて危険なレベルだもの。
配送物置き場の段ボールを抱えて立ち上がると、わたしのすぐそばをドローンが横切った。お隣さんも宅配を頼んでいたみたい。少しだけ身を乗り出して外を見てみると、道路には早くも通勤しているビジネスパーソンの人々がちらほら。流石に半袖だけど、みんな同じ髪型で同じ白シャツを着て、駅のほうへ向かっている。
空を見上げると、そこには配送ドローンの大行列ができていた。見えない川を流れていくように同じ高さでゆっくりと進みながら、ときおり何台かがマンションへ降りてきて荷物を配置。そして配送中のドローンとは別の流れに合流してどこかへ帰っていく。1台も事故らないのは流石だ。
このドローンの大行列は、ある意味夏の風物詩。この暑さじゃ買い物ひとつさえしんどくなるわけで、ネットショッピングや宅配便が大活躍する。世の企業たちもそこを狙って『配送料半額』だの『一定額以上ご購入で配送無料』だの色々なサービスを夏限定で開きまくる。その結果がこれだ。パッと見ただけでも5社以上のドローンが行き交っている。
と、リビングから物音が聞こえた。お母さんが起きてきたみたいだ。ベランダの扉が開いて、わたしと同じように「ぐあぁ」と漏らす。
「おはよ。何か届いてた」
「おはよう。あぁ、ありがとう。お野菜買ったんだ」
リビングに戻ってわたしは荷解き、お母さんは朝食の準備。段ボールに詰まっていたにんじんやらエシャロットやらを冷蔵庫の野菜室にしまっていく隣で、お母さんは2人分のマグカップをレンチンしつつパンを皿に載せていく。マグカップに入っているのは両方ともコーヒー。わたしのコーヒー好きも、お母さんの影響だ。
「今日ってバイトだよね?」
「うん。帰りに何か買うものあったら買ってくるよ?」
「ううん、大丈夫。こんな暑いのに、けっこうシフト入ってるよね? 頑張ってるね」
「1年じゅう頑張ってるお母さんほどじゃないよ」
「ふふ。学生の夏休みって貴重な時間だからさ、やりたいことは何でもやりなよ」
「そのつもり。初日から海行ってるし」
「そうだった。ふふふっ」
◆◆◆
朝食を終えると、お母さんはもう仕事。だから皿洗いはわたしがやる。普段はお母さんが昼休みで戻ってくるまでつけ置きにしちゃうことが多いけど、休みの日くらいはね。
さて、しばらくのんびりしたらそろそろわたしも出勤準備。半袖ショートパンツの軽装に着替えて、用意したのはネッククーラーと日傘、さらに冷感リストバンド。この季節のマストアイテムだ。
「行ってきまーす」と暗くなったお母さんの部屋に声をかけ玄関を出る。時刻は9時を少し過ぎた頃。大人たちの通勤ラッシュは穏やかになったけど、上空を行き交う配送ドローンの行列はまだまだ大量だ。
地面には等間隔にドローンの影ができて、ブゥゥン、ブゥゥン……と絶え間なくプロペラの音を鳴らしている。東京ではこれがセミの鳴き声代わりだ。本物のセミはとっくの昔に東京からいなくなっている。
汗だくの通行人に紛れ、わたしも汗をかきながら進むこと数十分。いつもの怪しい入り口から地下に降りると、快適な温度に冷やされたエントランスがわたしを迎える。あー最高。
「おはようございまーす」
『おはよう。世間は今日も猛暑のようだね』
「ホントですよ。ここに来るだけでも大変大変」
相変わらず微動だにしないアニムスさんへ挨拶してメイド服に着替え、いつも通りタブレット端末を手にする。すると部屋にはオンボロロボットが、オンボロじゃなくなった姿でやってきた。
『今日はまず買い出しからお願いしよう。このロボットを使ってくれたまえ』
「あれ? この子いつの間に、こんなにキレイに?」
『うさぎ君が修理してくれた。彼女はロボットへの
「うさぎちゃんが? スゴいなぁ……」
たまにうさぎちゃんとはバイトの時間がズレることがあるけど、知らないところでそんなことまでしてたんだ。そう思いながら手頃な椅子に腰かけて、天井から伸びるケーブルをうなじの〈ブレインネット〉コネクタに繋げた。1台だけに集中するときはこうやって有線接続したほうがやりやすい。〈視界共有〉するみたいに、ロボットのアイカメラが見る景色がわたしの脳内に流れてきた。
それじゃ、買い物ロボットいざ出動。アイカメラ越しに見る街はさらに日射が強まって、陽炎に巻き込まれてドローンの列がユラユラ揺れている。
「ロボットもドローンも大活躍ですね。こんな暑さじゃ」
『彼らの源流は災害救助や除染――ヒトには危険な状況で活動することが目的だ。彼らが街中の日常となった世界とは、とうに本来のヒトには危険な世界になってしまっているのかもしれないね』
「うーん、でも逆に言えば、ロボットたちのおかげでわたしたちはまだまだ平和に暮らせるってことな気が」
『その見方もひとつの正解さ。生物は環境の変化に適応する力を持っている。恐竜が大絶滅を乗り越え鳥類となったように。ただこれまでとの唯一の違いは、ヒトはヒト自身ではなく機械に環境適応を
「それっていいことなのか悪いことなのか……」
『どうだろうね。数千年かかる進化の過程をスキップできても、その結果を評価するのにはやっぱり普通の進化と同じだけの時間が必要なのかもしれない』
アニムスさんの話はいつも難しい。でもあんまり考えたことのないことを考えさせてくれるから、こんな話もキライじゃない。ついでに定期テストの論述問題にも役立ちそうな気がするし。
と、そんなことを話していたら――ロボットの視線が急に傾いた。そして前に進まなくなった。
「えっ……まさか」
『おや』
いつぞや聞いたような、カラカラカラ……というむなしい空転音。またわたし何かやっちゃいました? やっちゃいましたね。いやこれどうしよう自力で抜け出せなかったよあの時は。
『大丈夫。うさぎ君の修理のおかげで脚がよりフレキシブルに動くようになったはずだ。抜け出せるはずだよ』
「は、はい……えっと、こう?」
ゴリッ。
「あっ」
『あー…………ちょっと代わろうか……』
ロボットの視界とは正反対に、わたしの体がサーッと冷えた。
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