みふゆさんはダンジョンを攻略するようです。
日の光も届かないほどに広がった枝葉の下を、『わたし』は進んでいた。
視界のどこを見ても緑、緑。まるで大樹の中を進んでいるかのようだ。前方へ伸びる『わたし』の腕はブロンズ色の杖を握っていて、先端で光る矢印がどこかを指し示している。
風が無数の枝葉を揺らす。しかしそれは風が止んでも止まることは無かった。本当に揺らしていた存在は風じゃなかったからだ。ガササ、ガササと音を立て、それは揺れを大きくさせていく。
「おっと、エンカウントだね」
そう『わたし』は呟きながら杖を構える。すると目の前には青白い円形の幾何学模様――『わたし』が知っている限りでは魔法陣と呼ばれるもの――が大きく広がった。
黒く大きなシルエットが視界に映る。しかし『わたし』は1歩も後ずさりしない。むしろ逆に、それが正体をさらすことを今か今かと待ち構えていた。
――そして、全ては一瞬で片がついた。
「――ゥゥゥゥゴアァァァァ!」
「出たなっ! 先手必勝・アイシクルアローズ!」
氷でできた矢が無数に魔法陣から射出され、『わたし』に飛びかかろうとした怪物を撃ち落とす。胴体よりも太い両腕をしたその赤い怪物は地面に倒れ、ガラスが砕けるかのように光の粒子となって消えた。
「この辺のヤツらならワンキル余裕余裕! はーっはっはっは――」
と、『わたし』が高笑いしたその時、わたしの体を衝撃が襲う。そのまま視界が暗転して……。
「…………あーちょっとお母さん! 今みふゆと〈視界共有〉してたのにー!」
目を開いたわたしの視界に映ったのは、見慣れた白い天井とお母さんだった。
◆◆◆
さて、お母さんに叩き起こされ用事を済ませたわたしは、再びベッドインしてみふゆに連絡した。
有線で繋げば5感全てでゲームプレイを共体験できるけど、個人的には頭と体が違う動きする感覚がちょっともどかしい。だから今日のわたしたちは視界だけの簡単共有で、耳にはワイヤレスイヤホン。みふゆがゲーム内の音を聞けるようセッティングしてくれたのだ。
「お待たせー。ってあれ? 村に戻っちゃった?」
『おかえり。ゆかりんがいない間にクリアしちった』
「うぅ、肝心なところを見逃した」
小屋の窓ガラスに反射するのは、紫を基調とした衣装に身を包んだみふゆの姿。頭にはとんがり帽子を被って、目元は装飾の付いた目隠しのようなもので覆われている。その見た目通り、ゲーム内のみふゆはいわゆる『魔法使い』として冒険しているようだ。
「にしても、今日は一緒にやってるお仲間さんはいないんだ?」
『全員オフラインだねぇ。だからこそゆかりんと〈視界共有〉しながら遊んでるわけだし』
「ゲームに関しては全然アドバイスとかできないけどね」
『いいのよそれで。むしろその初見のリアクションがいいの。あたしってさ、性格的についつい攻略情報をガッツリ調べてから遊んじゃうタチなもんで』
みふゆは小屋を出て、賑わいのある村の集会所へ。大きな掲示板には様々なダンジョンの情報が書かれていて、それに触れた人が次々とどこかへ消えていく。みふゆの説明によるとあそこでダンジョンを選んで、冒険に旅立つらしい。
『さっきの大樹をクリアしたことで新しく行けるダンジョンが増えたわけ。お次はその中のひとつ、『ミステリーボックスストラクチャー』ってのをやってみようかな』
「どんなところなの?」
『説明しよーぅ。ミステリーボックスストラクチャーはその名の通り、ランダム性がかなり高いダンジョン! マップ構造は固定だけど、出てくる敵とか報酬が挑戦するたびに変わるのが特徴だよ』
「そんなんだと、みふゆの『下調べ』が通用しないんじゃないの?」
『だいじょぶだいじょぶ! ランダムとは言っても出てくる敵の種類とレベル帯は把握してるし、だいたいの敵は倒せるくらいにまでレベル上げてるからね! まぁごくまれにボスキャラ級の強敵が出るけど確率は5%もないし!』
楽勝楽勝! と言いながらみふゆは『このダンジョンに挑戦する』を押して光に包まれてしまった。
なんだろう、嫌な予感がするなぁ。
そう思った数分後。
『――――ぎゃぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!?』
みふゆの視界は激しく揺れていた。パッと一瞬振り返った背後には、見るからに強そうな3つ首のドラゴン。四方八方で雷や炎が飛び交っている。
「うわぁ、絶対強いやつだ……」
『説明しよーぅ! あいつが例の5%出現する激つよボスモンスターの『爛れ火の古王・ズメイ』だっ! いやなんで他ダンジョンのボスキャラが通常枠で湧くのさ! それをなんで引いちゃうかなぁ!?』
石でできた迷宮を逃げ回ること数分、みふゆは他のプレイヤー数人とすれ違った。そして彼らも逃走者となる。気づけばダンジョンの入り口まで追い詰められてしまっていた。もう逃げ場がない。
「大ピンチだよね……どうするの?」
『他のプレイヤーがタゲ取ってくれてた隙にパーティメンバーへ連絡送ったけど、誰かオンラインになるかなぁ……』
「って言ってる間に横の人が溶けちゃったよ!?」
『レベル差がでかすぎたんだ! みふゆさんも確かにこの中じゃいちばん高レベかもだけどさぁ! あいつソロは厳しいって! トレントキングとはわけが違うんだから!』
みふゆは色々な魔法を繰り出しながら、ドラゴンの攻撃をギリギリで防いでいく。攻撃もしているけど、ドラゴンの頭上にある体力を示すゲージはちょっとずつしか減っていかない。そのくせ相手側は一撃でプレイヤーをダウンさせ、ひとり、またひとりとみふゆの周りから消えていく。明らかに劣勢だ。観戦しているわたしも思わず両手にギュッと力がこもる。
その時だった。みふゆの視界の右端に、ポコンと通知が飛んだ。
『Goood_Morningがログインしました』
『Maine0802がログインしました』
ダンジョンに新たな人影が現れると同時、極太のビームがドラゴンを襲う。その数2つ。
『今だ! くらえアイシクルアローズ・フルチャージ!』
「「「グルルルルルル!!」」」
3人の放つ攻撃がドラゴンの3つ首それぞれにダメージを与える。形勢は互角にまで回復したようだった。
炎、氷、雷――ありとあらゆる色と光が何度も飛び交い、ついにドラゴンは地に伏せる。ふと時計を見れば40分以上もの時が経っていた。
『やっと、やっと倒した……』
『竜特効の魔法習得しておいてよかった。データ通りだった』
『あれ5%エンカウントの古王じゃん……フユユ、よく持ちこたえたね』
『いやぁありがとうアサツキ、コウメイ! 来てくれなかったら詰んでたわ!』
「迫力ある戦いだったね……で、この人たちが?」
『あぁ、そうそう。あたしのパーティメンバーよ』
ふむ、とわたしはパーティメンバーふたりの姿を観察した。
……いつぞや、みふゆのゲーム友達はみんな同じような趣味で固まっちゃってるって言ってたっけ。
そんなことを思い出させるかのように、全員が紫色のゆったりとした衣装に、とんがり帽子に、魔法の杖だった。
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