ロング・ローーング・バケーション
プレイバック・ムーンサルト
フワッ、と意識が浮遊する。その感覚は戻らないまま、見覚えのある白い壁と小さなベッドに迎えられる。
鏡に映るわたしの姿は宇宙服。これも見覚えがある。以前みふゆと一緒にここで遊んだことがあるからだ。仮想空間の名前は『スペース・ディスカバリー』だっけ。確かこの場所――宇宙船もみふゆが自作したとか何とか。
「えっと、ここのドアが……うおっ、そうだ自動ドアだった」
無重力の中を壁伝いにコックピットまで行くと、天井にはキレイな星々が輝いていた。正面には大きく青い星が……もしかしてこれ、地球?
「その通り! 今日は太陽系に来てるよ!」
そう操縦席からみふゆの声がした。さらに今回はもうひとり。
「にゃっほー、ゆかぴ!」
「お、しのぶちゃんももう来てたんだ。なんか宇宙服わたしたちのと違うね?」
「にゃはは、みふぴと何回かここで一緒に遊んだことあるんだ。だからアタシも色々アイテム持ってるの☆」
「へー。いいな」
ウェーブがかかった髪がフワリと揺らめく。現実世界の派手なカラフルヘアーとは正反対に、仮想空間のしのぶちゃんヘアーはミルキーホワイトの単色だ。こっちもこっちで可愛くて好き。
うさぎちゃんはただいまバイト中。だから今日はこの3人だ。わたしも3時間後にシフトが入っているけど。
「それで、今回はどこ行くの?」
「ふっふっふ。実はもう近くまで着いてるんだよね。ここ、どこか分かる?」
「えっと……地球がこんなに近いから、月?」
「大正解! この『スペース・ディスカバリー』って一部の星は地表に降り立てるって話、前にしたでしょ?」
「つまり月を歩こう、ってことだね♪」
月か。なんだか面白そうだ。みふゆが操縦桿を傾けると、宇宙船がグルリと反転。そこには広大な黄白色の大地が待っていた。
宇宙船は滑らかに地面へ降り立つ。無重力だった船内はしだいに月の重力を受けて、わたしたちはやわらかく下に引っ張られていく。そして軽くドシン、と船が揺れた。着陸したみたいだ。
「おし着いた。後ろのハッチ開けるよ」とみふゆがグチャグチャに並んだボタン(相変わらず虹色に光っている)からひとつを押す。するとゴゴゴ……という音と共に後ろのほうで振動が起こった。みふゆに案内されながら廊下を進み、いくつかの扉をくぐると、大きく開いた出口と白黒のコントラストがわたしたちを出迎えた。
頭には勝手にヘルメットが。イナ高の靴と同じで、環境に合わせて自動で装着されるみたいだ。
「アタシがいちばん乗り~☆」
「あっズルい、わたしも行く! みふゆも、ほら!」
「急だなぁ! 頭ぶつけないでよ!」
しのぶちゃんが月面めがけて飛び跳ねて、わたしも追いかけるようにジャンプした。最後に後ろからみふゆが跳ぶ。ゆっくりと地面に足を着けると、砂のエフェクトがパッと舞い上がった。
「ここが、月面……」
「キレイだね~。でも意外とちっちゃく感じるね?」
「説明しよーぅ。月面だと地平線の距離は地球の約半分。だいたい2.35キロメートルくらいになるのさ。あと空気がないから遠くの景色がぼやけないってのも、小さく感じる理由かな」
「なるほどね。流石みふゆのみふペディア」
「じゃああの山とかも、ホントはスゴい遠くにあったりするのかな?」
「行ってみる?」
よっ、と軽く踏み出すと、わたしの体は簡単に数メートルも跳び上がる。難しいけど楽しい。わたしの後に続いてしのぶちゃんとみふゆも飛び跳ねる。
「にゃっははは! スゴいスゴい♪ うさぎに……うさぴになった気分☆」
「うさちゃんに?」
「ふふ、確かにうさぎちゃんがするスゴいジャンプみたい。うさぎちゃんが月に来たらきっと映えるのにな」
「じゃあ次は絶対うさぴも一緒に連れてこよ!」
大きなクレーターの隣で、3つの影が踊る。目指す山は本当に遠かったのか全然大きさが変わらないけど、しのぶちゃんが道行く先々で目を輝かせていた。
「ひぃ、ちょっと休憩したい。月の重力は地球の6分の1だけども、けっこう疲れるねぇ」
「おっけー。それにしてもこの軽さなら、アクロバティックな動きも簡単にできそう」
「にゃはは、ゆかぴ宙返りしてみてよ!」
「できるかな? よっ……と!」
「おおー運動神経やっぱりいいねぇ。ゆかりんなら普通じゃできない動きとかできるんじゃない? 2回転とか」
「やってみよっか。おりゃっ」
「にゃはっ! アタシもやってみよ☆」
クレーターのふちへ腰かけるみふゆへ披露するように、わたしとしのぶちゃんがクルクル回る。みふゆは楽しそうに笑いながら、ふと呟いた。
「あははは! ――なんかこうしてるとさ、しののんと初めて一緒に遊んだ時を思い出す」
「にゃははっ、確かにそーだね!」
「気になる話だ。みふゆとしのぶちゃんがどうやって仲良くなったのか知りたい」
「んふふ、いいよ。2年生になって最初のころさ、しののんってやっぱりこういう性格だから、いろんな人に話しかけてたわけ」
「最初はちょっとみふぴに緊張されちゃってたね」
「そりゃそうよ。陰キャにとって陽の塊が友達になろうとしてくることの何とおっかないことか! ……でもある日さ、しののんから『図書室で本を探すの手伝って欲しい』って言われてさ。その本が天文学の、ちょっと専門的な本だったのよ」
「しのぶちゃんがそんな本を? 以外だね」
「でしょ? あたしもそう思ってさ。話を聞いてたら、何ていうか……ただの陽キャと何か違うな? って感じて。その時にあたしが教えたんだよね、この『スペース・ディスカバリー』のこと」
「にゃはは、そうそう! ふたりではじめて遊んだのが、この
クルリと回転しながら、しのぶちゃんはみふゆの隣へ降りて寝転がる。
「――月と地球の平均距離、約38万キロメートル。みふぴにはじめて教えてもらった豆知識だよ」
「覚えてんの?」
「だって、みふぴと一緒に見たから。地球も、知らなかった星もたくさん。たくさんみふぴに教えてもらった」
「あたしのほうこそ、しののんがあそこ行ってみたい、ここ行ってみたいって色々目をキラキラさせてて……自分じゃ目も向けなかったようなところへ、たくさん連れてってくれたもん」
ははは、にゃはは、とふたりの笑う声が静かな月を彩る。だからわたしは大きく跳び上がって、ふたりへ上から突っ込んだ。
「とーう」
「ぎゃああってゆかりん!? どうしたのさ急に!」
「……何でもない。なーんかふたり、最高に仲いいなって思っただけ」
「にゃは、もしかしてゆかぴ、ジェラシー?」
「ち~が~い~ま~す~」
「っにゃはははは! そうだ、今度はゆかぴとみふぴが出会ったきっかけも教えて欲しいな☆」
「おっけー。わたしたち1年の頃から同じクラスだったんだけどね――」
わたしもふたりの間に入って、月面で寝転がる。真上には青々と輝く地球が浮かんでいた。
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