キミへのプラズマ
紆余曲折あったけど、夕食は無事に完成した。
楕円形の白くて大きいテーブルに、4人分のカレーライスとポテトサラダが並ぶ。飲み物は各々コーラとかメロンソーダとかをグラスに注いでいる。まるでレストランだ。
「わ、美味しそう♪」
「かなりの部分ゆかりさんに手伝ってもらってしまいましたね……」
「いやぁホント。助かったよゆかりん」
「いいのいいの。さ、食べよ」
みんなでいただきますをして、カレーライスをひとくち。うん、わたしの頑張りを自画自賛しよう。美味しい。ポテトサラダも素朴だけどいい感じ。
しかもなんと今回は食後にデザートまで用意している。みんなの皿が空になったあと、しのぶちゃんがロボットに声をかけた。
「ねねね~チャーリー、冷蔵庫からプリン持って来て欲し~」
『
「そうなの! みふぴがレシピ探してきてくれてね? プリンって家で作れるんだーってビックリした!」
『いいなー。ボクたちにも味覚センサーが付いてればよかったんだけど』
「……相変わらず、指示って言うより会話って感じだねぇ」
「ですね。定型文なんてレベルじゃないです」
数分後、ロボットが胴体の上にお盆を乗せ、さらにその上にプリンを4つ乗せてきた。
『お待ちどー』
「ありがとう。あれ、スプーンないけど」
『えー、カレーのスプーンでよくない? 洗い物増えるの面倒だし』
「家事ロボットがそれ言うんだ……まぁいいけどね」
「しかし、思ったよりちゃんとプリンになりましたね」
「だね~。カラメルもちゃんとカラメってる。ゆかぴのおかげだね☆」
「レシピと材料が揃ってれば余裕だよ。スイーツならなおさら、分量とか手順がしっかり決まってるし」
「流石料理慣れしてる人は違うねぇ」
プリンも平らげて満腹満腹。しばらくみんなで休んでいると、2時間くらい経ってレイチェルさんが「お風呂の準備ができましたよ」と教えてくれた。
みふゆ曰く、食後すぐに入浴は消化によくないから1、2時間後がちょうどいいらしい。なるほど今がベストタイミング。
「えっと、お風呂の順番はどうしましょうか」
「にゃはは、みんなで一緒に入っちゃう?」
「いや流石にそれは狭いんじゃ……え、行けるの?」
「それができちゃうのがしのぶハウスなのだ☆」
と、いうわけで。
温泉旅館並に広い大浴場の湯舟で、わたしたちは横1列にくつろいだ。
「あぁ、快適……。これがホントに家のお風呂だなんて信じられない」
「ですね……しのぶさんはいつも、おひとりでこのお風呂に?」
「……うん。広いけど、いつもはちょっと寂しいかな」
「そっか。じゃあ今日はこんなににぎやかになって、お風呂もきっと喜んでるね」
しのぶちゃんが両手ですくい上げたお湯は、うっすらと紫色に染まっている。視線の先には白い大理石。窓は天井近くの細長いやつだけで、外の景色は何も見えない。
半透明のお湯に包まれたその身体は、わたしの肉体と何も変わらないように見える。だけど水面から露出したその肩や指先には、うっすらと継ぎ目が彫られている。
「サイボーグの身体って、お手入れはどれくらい時間かかるの?」
「全然かからないんだ。汗も何もかかないから、首から上だけ気にすればいいの」
「そうなんだ。ちょっとだけ羨ましいかも」
「……ゆかぴはさ、サイボーグになりたいって思ったことある?」
「うーん、今みたいにちょっといいなーって思うことはあるけどさ、わたしはこの身体のままでいたいかな。わたしって、自分でも分かるくらいお父さんとお母さんに似てるんだ。指の長さはお父さんに。髪と目の色はお母さんにもらった。だから、この身体が好き」
「そか。――――ゆかぴはその身体、大切にしてね」
しのぶちゃんの肩がわたしのに触れる。それがお湯のせいなのか、しのぶちゃん自身の体温なのかは分からないけど、その体はほんのりと熱かった。
◆◆◆
お風呂を上がって、みんなの装いはパジャマ姿に。わたしも普段使っている青い水玉のパジャマだ。
リビングではみふゆがロボットとクラシック将棋を遊んでいた。令和時代まで一般的だったほうの将棋だ。
『――23手で詰みだね。キミが動かしてる補助AI、性能は悪くないけどボクには勝てない』
「ぐぬぬ……AIがバレてる……ならこれで」
『……キミ今、AI補助を無視して打ったでしょ』
「なっ!?」
『でも残念、こっちはこっちで31手後に詰みだ』
「チャーリー、お風呂の後片付けをしてください」
『
「命令を聞きなさい! チャーリー!」
『そーだそーだ、働けチャーリー! 対局はボクが続けてあげるからさ』
『やだー! この
「アルファも食器洗いに戻りなさい!」
相変わらず、ロボットが命令を拒否するなんていう信じられない光景が広がっている。それにしてもレイチェルさんはよくロボットたちの見分けがつくなぁ。アニムスさんといい、プロの
それで、みんなでみふゆの敗北を見届けた後、就寝の時間になった。
真っ白い寝室には、窓際にシングルベッドがポツンと置かれていた。けど今日はそこじゃなくて、床に4枚敷かれたお布団にみんな固まって寝る。
「わはぁ。なんだかお泊り会って言うよりプチ旅行な気分だね」
「ですね。しのぶさんのおうちは非日常でいっぱいでした」
「でもめっちゃ楽しかった。ありがとね、しのぶちゃん」
「アタシこそありがとう。みんなで一緒に過ごせて、スゴく嬉しい」
「しののんが大丈夫なら、何回でも遊びに来たいよ」
電気が消えても会話はしばらく止まらない。これぞ女子のお泊り会。それでも少しずつテンポが遅くなってきた頃、わたしは喋りすぎで少し喉が渇いたのでリビングに向かった。
真っ暗で静かな大部屋には、ポツンと赤い点がひとつ。ロボットのセンサーライトだった。
『あれ、まだ寝てなかったんだ』
「飲み物取りに来た。他のロボットは?」
『見回りしてるよ。ボクたちは家事ロボットって肩書だけど、その実何でも屋みたいなものさ。ホームセキュリティーも兼任してる』
「ふぅん……そういえばさ、しのぶちゃんのご家族って?」
『少なくとも、彼女と遺伝上関連する存在がここに来ることはないよ。気になる?』
「変な言い回しするね。だってなんか、家族の物が全然無い気がしたから」
『確かにね。ここで一緒に暮らしているのは、しのぶとレイチェル、そしてボクたちが全てだ』
「そうなんだ……やっぱり、複雑な感じなのかな」
『複雑だと表現できるね』
「そっか。分かった、ありがと」
『聞かないんだ?』
「聞くときは本人から聞く。でも言いたくなさそうなら、聞かない」
『
「なんか、あなたがしのぶちゃんの保護者みたい」
『保護者ではないよ。ボクたちは彼女と契約をしているだけに過ぎない』
「契約?」
『そう。彼女の願いを叶える代わりに、ボクたちの願いに協力してもらう、そういう契約をね。だけどボクたちができたのは場所を探すことまでだった。真の意味で彼女の願いを叶えられるのは、キミたちという偶然の
「……」
『おっとっと。ボクっていつも喋りすぎちゃうんだよね。とにかく、これからもしのぶと友達でい続けてあげて。キミたちは彼女にとって、いちばん必要な存在だから』
寝室に戻ると、みんなギュッと固まって眠っていた。4人分それぞれの布団が敷かれているっていうのに、やれやれ。わたしもしのぶちゃんの隣に身を寄せた。
「ゆかぴ……」
「ごめん、起こしちゃった?」
「ううん。少し、くっ付いてもいい?」
「ん」
そっとしのぶちゃんがわたしに抱きつく。お風呂で感じたのは確かにしのぶちゃんの温かさだったって、そう思いながら抱き返した。
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