藤田しのぶと食べること

『にゃっほー。今だいじょぶ?』


 休日、お昼が近づいてきた頃。お母さんの手伝いでアイロンがけをしているとしのぶちゃんから突然着信があった。


『うん。どうしたの?』

『にゃはは、実はアタシ、今東京にいるの☆』

『おお、そうなんだ? じゃあどこか一緒に遊ぶ?』

『それなんだけど……お昼ご飯って、どうかな?』

『え、お昼? ちょっと待ってね……お母さんに聞いてみる』


 通話をいったんにして、シワをキレイに取った服と共にお母さんのもとへ。〈ImagineTalkイマトーク〉の通話は考えていることを相手に伝えちゃうから、現実世界で誰かと話すときはいったんミュートにしないと混線しちゃうのだ。


「お母さーん、急でごめん、お昼友達と食べに行っても大丈夫?」

「あら本当に急だね。うさぎちゃん?」

「いや、しのぶちゃん。今東京来てるんだって」

「そうなんだ。全然いいよ、行ってらっしゃい。元々今日のお昼は昨日の残り出るだけだったし」

「おっけー、ありがとお母さん。あとこれアイロン終わった」

「ん、ありがとう」

『OKもらえたよしのぶちゃん。待ち合わせは午後1時くらいがいいかな? 12時だと混んでるかもだし』

『にゃは♪ おっけー!』

「あっ、ゆかり、どこ食べに行くか決まってるの?」

「『あーちょっと待ってねー、どこ食べに行くか決まってる?』」

「うーんと、お寿司! どうかな?」

「『お寿司だってー』」

「お寿司か。ならクーポンあったかも……あ、このへんだ」


 チャットでクーポンをもらった。お母さんにサムズアップして通話に戻る。あれ、ミュートできてなかった。


『……聞こえてた?』

『にゃはは、クーポンありがと! お母さんと仲良しなんだね。なんかそういうの、スッゴくいいな』


 そういうわけで2時間後、しのぶちゃんと合流した。というかマンションの入り口にいた。相変わらず気づいたらそこにいる、不思議な子だ。


「というかわたしの家って教えたことあったっけ?」

「にゃは、うさぴに聞いちゃった」

「あー、なるほどそっか。ま、来たかったらいつでもおいで。行こ行こ」


 うさぎちゃんは都合が合わず、本日は不参加。しのぶちゃんとふたりきりだ。

 訪れたのは『回転寿司レストラン マグロヤ』というチェーン店。カクカクしたフォントの看板を見ながらしのぶちゃんが呟いた。


「なんで回転寿司って、『回転寿司』って名前なんだろね? 何も回転してないのにね」

「あー、昔は本当に寿司を回してたみたい。こう、輪っかにしたレールに乗せて席の前にさ。平成館で見たことあるんだ」

「へー! 何それ面白そう!」


 阿佐ヶ谷平成館には、当時の回転寿司を再現した展示物もあったっけ。もちろん回ってたのは食品サンプルで食べれはしなかったけど。


 さて現代の回転寿司のほうだけど、わたしたちは10分ほど順番待ちしてテーブル席に案内された。テーブルの横には大きなタッチパネル付きの壁があって、隣のテーブルとは半透明の仕切りがある。タッチパネルには『注文を開始』のボタンと共に、今月のオススメネタがデカデカと映されている。チリコンカングンカン。語呂はまぁいい感じ。


「しのぶちゃん先注文いいよ」

「ありがと! じゃあ人工水産蛋白さかなの握りで……とりあえず、マグロかな?」

「あ、わたしもマグロ」

「おっけー。2つだねっ」


 ポチポチと注文を進めていく。そういえば飲み物がまだだった。ドリンクのタブから無料の緑茶を2つ選ぶ。すると、壁の中央にある『提供口』と書かれた小さな扉が上に開いて、中のトレイが前にせり出してくる。上には緑茶の入ったカップが2つ。

 しばらくするとまた提供口が開いて、寿司が2皿出てきた。楕円形に固められたご飯の上には、キレイに成型された赤い長方形のプレートが乗っている。マグロだ。

 平成館の食品サンプルとは全然違う見た目だけど、わたしの感覚だと『寿司』ってこっちのイメージ。


「「いただきます」」


 ふたりで手を合わせていざ食事開始。食感はちょっと固めだけど、薄く付いた醤油味が美味しい。そのまま食べ進めていると次々に注文した寿司が届いてきて、しのぶちゃん側のテーブルが埋まり始めた。


「けっこうたくさん注文したんだね……」

「にゃはは、最初に頼みすぎちゃったかも。でも食べるのって好きだから」

「食べるの……ねぇ、少し聞いてみたいことがあるんだけど、いい?」

「なぁになぁに?」

「その、サイボーグの体でご飯って、消化とか大丈夫なのかなって。埼玉のカフェでも普通に食べてたけど、どうなのかな」

「にゃはは、全然大丈夫! 全身サイボーグっていうけど、体の中はまだちょっと生身が残ってるの。だからちゃんと消化もできるし、栄養も採れてるよ!」

「そっかそっか。ならよかった。……ところで今何皿目?」

「えーっと……」


 しのぶちゃんの食べた皿は、わたしの倍くらい積み上がっている。そこへさらに提供口から新しい品が出てきた。寿司……じゃなくてラーメン!?


「……もしかしてサイボーグの体って、太らない……?」

「にゃ、にゃはは~☆」

「む~……よし、わたしもラーメンだ」


 カロリー消費のための運動は、しのぶちゃんにも付き合ってもらおう。


◆◆◆


 ふぅ。お腹いっぱいだ。マグロに、サーモンに、ナスにラーメン。色々食べちゃった。


 しのぶちゃんはかなり食べたのに、最後にデザートまで注文していた。正方形のベジティラミスを丁寧に切り分けて口に運んでいく。


「ん~♡」

「……ふふっ。なんかしのぶちゃん、スゴく美味しそうに食べるね」

「にゃはは、そうかな? ――アタシさ、首から下がサイボーグでしょ? でも逆に言えば、まだここは元の人間のまま、だから」


 だから、味覚は自分自身のもの。


 美味しいものを『美味しい』って、自分自身の感覚がそう思えている。それがいちばんの幸せ。


 笑いながらしのぶちゃんはそう言った。


「そういうことか。いつかしのぶちゃんに、何か作ってあげたくなる」

「ゆかぴの料理……!? 絶対食べたい! 約束!」

「ん。約束ね」

「楽しみにしてるねっ♡ あっゆかぴ、ひと口食べる?」

「ん~~~~、ランニング2キロ追加! あーん!」

「はい、あ~ん♪」


 ああ、美味しい。


 そう笑い合いながら、ふたりでごちそうさまをした。

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