外れ続きのラッキーデイ

 ふらっとコンビニに寄って、ショーケースから炭酸飲料を取り出した。


 このコンビニチェーンにはレジがない。正確に言うと出入り口にポツンと置かれている、手のひらよりも小さな読み取り装置。あれが会計だ。


 炭酸飲料を持ったまま読み取り装置にリストバンド型のデバイスをかざす。デバイスはわたしの〈ブレインネット〉と連動リンクしていて、視界の右端で決済手続きが一瞬で済まされる。わたしが炭酸飲料を1本持っていることは既にスキャンされているのだ。


「イマペイッ♪」と高音の声が脳内で響いた。〈ImagineTalkイマトーク〉と同じ会社が提供している電思決済、〈ImaginePayイマペイ〉の決済完了を知らせる音だ。


 と、今日この時はこれだけで終わらなかった。何やら視界にくじ引きマシーンが現れた。なになに、最大100%キャッシュバックキャンペーン? ガラガラガラ……とマシーンがゆっくり回り出す。


 コンビニを出た先で少し立ち止まり、わたしはくじ引きの行方を見届けた。マシーンから出てきた玉がさらに光り出して色を隠す。けっこう焦らす感じの演出だ。


 ――デレレレレ、デン! 『は☆ず☆れ ざんねん……』


「外れかぁ……」


 うーん、外れた。微妙に悔しいのはきっと演出のせいだ。商売上手め。


 わたしは炭酸飲料を開けながら再び歩き出した。道の傍らに『国内シェアNo1』をうたう〈ImaginePayイマペイ〉の広告看板が立っていた。


◆◆◆


 このキャッシュバックキャンペーンはそこそこ長い期間やるみたいで、その後も買い物をするたびにわたしの視界でくじ引きマシーンが回り続けた。


『は☆ず☆れ ざんねん……』

「またか」

『はずれだょ♡ ごめーんね?』

「演出違いあるんだ」

『はずれ(笑) すばらしく運が無いな君は(笑)』

「……」


 ぬぅ。外れしか出ないんですけど。ビルの壁面に大きく描かれた広告では、2頭身のキャラクターが札束風呂に浸かって『最大10万人に当たる!』と吹聴していた。


「――ホントに当たるの? あれって」


 と、ある日の放課後みふゆに思わず愚痴る。


「〈ImaginePayイマペイ〉くじ? あたしも1回だけ回ったけどかすりもしなかったわ」

「〈QuShiBoクシーボ〉見てるとなんか高い買い物をするほど当たりやすくなってるっぽい、って言われてるけど」

「当たりやすくなるって言っても若干疑わしいよねぇ。1等とか出してる人、インフルエンサーとか有名人で固まってるように見えるよ」

「えー。ズルじゃんそんなの」

「まぁこっちが別に損するものでもないしさ、最初からくじなんてなかったって思えば?」

「まぁねー。でも演出がめっちゃ悔しいんだよねあのくじ」


 そんなことを話しながら渡り廊下を歩いていると、向かい側からテクテクと歩いてくる人影が。ダボダボな服に斜めった眼鏡、この教師らしからぬ恰好は……!?


「狐森先生!? こんにちは!?」

「こんちゃ! って何よ何よ先生のこと見て驚いちゃって~」

「いや、先生が普通に廊下歩いてるところ、はじめて見た気がして……」

「確かにいつもテレポートっすよね、狐森先生」

「あーね。確かに激レア映像だな? SSR歩いてる狐森だな? きみら今日いいことあるかもだぞ~♪」

「レアと言えば先生、〈ImaginePayイマペイ〉のくじってどう思いますか? あれ全然当たらなくって」

「あぁ、あれ? 闇よ」

「闇っすか」

「広告見たことある? 『最大10万人に当たる!』ってやつ。あれ姑息よー。なんでか分かる?」

「えーと……あっ、『最大』だから?」

「いぐざーくとり! 最低当選数をどこにも保証してないのよね! あれ普通に景品表示法違反だと思います」

「あー、やっぱりですか」

「高い買い物をするほど当たりやすくなってるって噂もありますけどどうなんですかね?」

「それはそうじゃなーい? 手数料ビジネスだもんげ。有名人への忖度そんたくもしてるだろね。そーゆー人らに1等渡しても拡散力で生まれる利用率増加のリターンがでかいんじゃないかな知らんけど」

「んー……嫌な世の中ですね……」

「ま、あと数日すればきっと謝罪のお知らせ出て詫びポイント貰えるよきっと。ガハハ炎上してらーって高みの見物しとくのがヨシさね。あっそうだせっかくだしよもやま話したろ」

「何ですか? よもやま話って」

「ここだけの話なんだけどね、ネウロン社も電思決済やろうとしたことあんのよ。NEURONネウロン WALLETウォレットっての。知ってた?」

「えっそんなのあったんですか」

「おあー、今調べたんっすけど5年前に半年だけサービスやってたやつ、なんですか?」

「おっ流石ね千葉ちゃん。そそ、当時は〈BrainPayブレインペイ〉って名前だった〈ImaginePayイマペイ〉に完全敗北して即サ終したの。ネウロン社のホームページからも完全に抹消された黒歴史よん♪」

「それ言っちゃって大丈夫なんですか先生……」

「へっはっはっはっは! 都合のいいことばっか教えたかぁないの! まままとにかく、ネットのくじキャンペーンにゃ踊らされないよーに、てとこかな!」


 そう言って狐森先生はテクテク去っていった。身長がわたしとそう変わらないのもあって、シルエットは全然教師に見えない。


「――なんかさ、教師というより『狐森先生』というオンリーワンの役職な気がするよね、狐森先生」

「んね。あんな先生は他にいないよ」

「しっかし、なんか話聞けてスッキリしたかも。〈ImaginePayイマペイ〉のくじ全然当たらなかったのがさ」

「今まで外れてた分のラッキーがここで使われたのかもねん。ある意味さ」

「歩いてる狐森先生で?」

「歩いてる狐森先生で」


 それから数日後、狐森先生の言う通りに『〈ImaginePayイマペイ〉のキャンペーンに関するお詫び』という案内が届いた。お詫びのポイント贈呈も。


 キャンペーンは一応継続しているらしく、買い出しに行ったスーパーで再び視界にくじ引きマシーンが映りこんだ。確率は見直されてちゃんと当たるようになったって、〈QuShiBoクシーボ〉じゃ言われてるけどさてどうだろう。


 ――デレレレレ、デン! ウエエエエエイ! 『特別賞 限定ぺいまる〈ImagineTalkイマトーク〉スタンプ!』


「……実質外れな気がする」


 微妙に可愛くない、あの2頭身のキャラクターが視界の隅で踊っていた。

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